(マンガ: まんがで気軽に経営用語 様)
ステークホルダーというのは、利害関係者の事ですね。
――――― 完 ―――――
……では、寂しいですよね(笑)
法律用語ではありませんので、あまり重要な用語ではありませんが、少し詳しく見てみることにしましょうか。
以下は、「法と経済学」の観点からの分析を推し進めている(と、私が勝手に位置づけている)落合誠一先生の『会社法要説(初版)』(有斐閣、2010年)21頁以下のご分析に負うところが大きいです。
さて、ステークホルダーという用語は、利害関係者の事を指す言葉でしたね。
上記のマンガでは、株主・従業員・客(消費者)・債権者が出てきています。どの人も、その企業と大なり小なり利害関係がありますので、ステークホルダーです。
のみならず、他にも地域社会やら官公庁やらもステークホルダーの例として挙げることができます。
その企業と何らかの(直接又は間接の)利害関係を有していれば、ステークホルダーと呼ぶことができるのです。
では、具体的に、各類型の人達は、どのような内容の利害関係を有しているのでしょうか。
この利害の絡み合いを解き明かし、時として発生する利害対立を適切に調整するための法ルールが、「会社法」のあるべき姿です。
逆から言えば、「会社法」の制度設計の構築やその理解の為には、どのような利害関係を持つプレーヤー(=ステークホルダー)がいるのかの適切な把握が不可欠なのです。
落合先生は、上記書籍において、「株主」、(取引先や銀行等の通常の)「債権者」、(健康被害の被害者等の)「不法行為債権者」、「従業員」、「経営者」というプレーヤーを主として想定され、ご分析されています。以下の記述もそれに従っております。
(1) 株主
株主の特徴は、「間接有限責任」のみを負い、「剰余権者(残余権者)」であることです。
株主は、既に投下した資本を失っちゃうかも、という限度で責任を負っており、これを間接有限責任と言うんでしたよね?(「間接有限責任」が、あまりピンとこない方はコチラの記事をご覧ください。)
また、株主の権利は、未確定であり、会社債権者に劣後するため、株主の取り分は「会社のその時点での資産から、契約で定められた債権者の取り分を除いた、残りの部分」ということになります。この「残りの部分」の権利者である、という株主の特徴を「剰余権者」あるいは「残余権者」と(経済学では)呼ぶのです。(「株主の権利が未確定」という意味がピンとこない方はコチラの記事のラストをご覧ください。)
(補足です。この「剰余権者(残余権者)」という用語と、「残余財産の分配を受ける権利」という際の「残余財産」とは少しだけニュアンスが異なります。「残余財産」という用語は、会社がコケて清算手続に入った際、(債権者の取り分を除いた)「残余」部分しかお金貰えませんよ、という言葉です。これに対し、今回登場した「残余権者」という用語は、会社の平常運転時も清算時もひっくるめて、株主の利害は、「残余」部分と連動していますよ、という言葉です。意識的に区別して下さいね。もちろん、会社の平常運転時には、株主には「残余」部分を受け取る「請求」権はありません。「剰余金の配当を受ける権利」は、配当決議がない限り具体化しない未確定な権利だからです。とはいえ、利益状況としては(配当としてインカムゲインになるにせよ、内部留保に回ってキャピタルゲインになるにせよ)「残余部分」は間違いなく株主の利益と連動していますので、株主は会社の平常運転時においても「残余権者」なのです。会計的に見れば、より簡単に分かるはずです。貸借対照表の「資産」から、債権者の取り分である「負債」を除いた部分こそが、株主の取り分である「純資産」でしょう?)
この株主の特徴から、次の事が言えます。
「剰余権者」であれば、合理的に行動する限り、剰余部分を増加させる行動をとるはずですので、企業の業績向上に対して一番インセンティブを本来的に有しているプレーヤーです。つまり、利害状況から言えば、(利益の最大化を目指すべき)企業運営に一番向いているプレーヤーですので、基本的には株主こそが企業運営の中心的存在となるべきなのです。
また、「間接有限責任」のみを負担しているということは、いざという時の被害が限定されているという事なので、ハイリスク・ハイリターンの企業運営をするインセンティブが存在します。もっと言えば、企業が債務超過の状態であれば、株主としては小さな利益を上げても、どうせ自分の取り分に大した変更はないので、大博打を打つインセンティブが存在するということになります。
一番重要なステークホルダーである「株主」の利害状況分析が終わりました。
少し長くなりましたので、他のプレーヤーの分析は、(もう一歩前へ)ですることにいたしましょう。
(補足です。「株主」をもう少し細かく分析することも可能です。株主を「現在の株主」と「将来の株主(潜在的な株主)」とに分類すると、「現在の株主」は現在の配当を優先するのに対し、「将来の株主」は、現在の配当ではなく、利益の留保を優先する、ということが言えます。このような視点からは、経営者として、「現在の株主」に力点を置き、(敵対的TOB対策に一定の効果を有する)安定株主確保の為の増配路線で行くのか、「将来の株主」に目線を据え、留保利益を設備投資などに回し、配当を控える路線で行くのかの分岐が見えてくることになります。)
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(もう一歩前へ)
では、続きです。
(2) (通常の)債権者
債権者は、「一定額の支払いを請求する権利」を有しています。
ここから、株主とは異なり、企業がどれだけ利益を伸ばしても、債権者の関心事項は「一定額が回収できるか否か」だけですから、債権者に企業の業績向上のインセンティブはあまりない、と言えます。自分の債権がしっかり回収できる程度の利益が出たのであれば、たくさん儲かっていても、ちょっとしか儲かっていなくても、債権者にとっては一緒です。
つまり、(利益の最大化を目指すべき)企業運営にはあまり向いていないプレーヤーです。
また、株主がハイリスク・ハイリターン経営へのインセンティブがあったのに対し、債権者にはローリスク・ローリターン経営へのインセンティブがあります。リターンが大きくても、債権者はその分け前がもらえる訳ではないし、リスクが現実化してしまえば、債権が回収できなくなる可能性が高まるからです。
(3) 不法行為債権者
このプレーヤーが、「債権者」と区別されているのは、意図的に利害関係を有した訳ではない、という点にあります。通常の債権者が、企業がこけることによって損をするのは、事前の情報収集やリスク分析・対策が甘かったね、自己責任だね、ということで基本的には片づけることができます。
しかし、意図的に利害関係を有した訳ではない「不法行為債権者」は、そのような理屈は通用せず、特別に保護する法ルールを構築する必要があるからです。
(4) 従業員
従業員は、雇用契約に基づいて給料をくれ!という権利を持っているのですから、「債権者」としての地位を持っています。ただし、それのみならず、雇用契約により、会社に対して指揮・命令に服すべき従属的な地位に立たされているのですから、その点にも配慮した法ルールが構築される必要があります。日本では、この法ルールは、労働法の関心事ですね。
また、従業員には(成果給ではなくて定額の給料であれば)、業務に励むインセンティブがありません。四六時中従業員を監視することは不可能なので、従業員がサボる可能性は常に存在してしまうことになります。このような問題をエージェンシー問題と言います。
この問題への対応としては、例えばストックオプションを付与したり、優秀な社員を表彰してみたり、会社業績が上向いたら臨時ボーナスを出す制度にしたり、様々な対応がありえます。(ストックオプションについては、こちらの記事をご覧ください。)
(5) 経営者
経営者は、委任契約に基づいて報酬をくれ!という権利を持っているのですから、「債権者」としての地位を持っています。また、仕事を任されているのですから、当然会社と経営者との間にもエージェンシー問題は存在します。それも、経営者にはとても広範な裁量権があるのですから、かなり深刻なエージェンシー問題が存在しています。サボるだけじゃなくて、会社を食い物にして自分の利益を図る事すら容易だからです。
経営者と会社との間のエージェンシー問題に対する対応としては、経営者にストックオプションをあげる方法の他に、会社を食い物に出来ないように株主と経営者との間に存在する情報ギャップ(=情報の非対称性)を埋める方法(いわゆるIRです)、そして、法ルールが会社を裏切った場合の不利益や罰則を用意する、という方法などが取られています。ラストは具体的には、会社法355条の忠実義務やら(受任者としての)善管注意義務やら、会社法423条の任務懈怠責任やら様々な法ルールが用意されています。
(補足です。エージェンシー問題を一から簡単に説明しますね。とある経済主体が、他の経済主体にお金や仕事を任せる場合、任せる側を「プリンシパル」、任される側を「エージェント」と呼びます。(所有と経営が分離した)会社と経営者の場合は、会社が「プリンシパル」で経営者が「エージェント」です。そして、「プリンシパル」は「エージェント」の活動を逐一監視することは出来ませんし、監視する能力にそもそも欠けている場合もあります。このように考えますと、「エージェント」は機械ではなく人間ですので、自己の利益(ex.プリンシパルを食い物にしてお金が欲しい、楽するためにサボりたいなどなど)を「プリンシパル」の利益よりも優先させてしまうインセンティブが存在することになります。これは、「プリンシパル=エージェント関係」にあれば、必然的にこのインセンティブが存在してしまう、ということです。これが「エージェンシー問題」です。これでは、任せる側の経済主体に、(お金を横領される、サボられる等の)何らかの損失が発生してしまいます。この損失を「エージェンシーコスト」と呼び、このコストを最小限にする方法を「経済学」やら「金融論」やらは模索し続けているのです。)
(なお、会社と経営者との間の「エージェンシー問題」であれ、会社(や経営者)と従業員との間の「エージェンシー問題」であれ、エージェンシーコストを最小にするための、プリンシパルの最も効果のある対策の一つが、「信頼のおける人をエージェント(従業員・経営者)にする」事であるのは疑いを容れないはずです。法学も経済学も金融論も、「(人間を均一化して)どのような法システム・配当政策・資源の配分が最適か」などという議論をやっていますから、上のような話となりますが、上述の文脈で言っても、「人の役に立ちたい」、「誠実でありたい」、「この人の信頼に応えたい」という思いが、「エージェント」個人の「自己の利益」として重要なのだとしたら、それは「自己の利益」の内容が「プリンシパルの利益」に近づいているのですから、「エージェンシーコスト」は小さくなるはずです(私見)。まぁこのあたりは「人を動かすには」みたいな自己啓発本的な内容になりそうですので、このくらいにしておきますね。)
これで一応、主要5プレーヤーの利害状況の簡単な説明が終了しました。
「残余財産」の記事の後半で、「経営者」と「株主」の関係に絞って、この分析を前提にもう少しだけ話を進めてみようかな、と思っております。
それでは、今回は以上です。