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不燃性建造物に対する放火(百選83事件)


不燃性建造物に対する放火(最判平成177、百選(第6版)83事件、百選(第7版)81事件)

 

[事実の概要]

 

被告人は、集合住宅である鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根12階建マンション内部に設置されたエレベーターのかご内で火を放った。

 

この放火はライターで新聞紙等に点火し、これをエレベーターのかごの床上に設置されたガソリンのしみ込んだ新聞紙等に投げつけて火を放つ方法でなされた。

 

また、本件エレベーターのかごの側壁は、厚さ1.2ミリメートルの鋼板の内側に当たる面に商品名フルオールシートなる化粧シートを合成樹脂粘着剤(アクリル系樹脂)で貼りつけた化粧鋼板でできていた。このフルオールシートそのものは可燃物であった。

 

放火の結果、新聞紙等にしみたガソリンの火気による高温にさらされた結果、かごの南側壁面中央部下方約0.3平方メートルの部分において、壁面表面のフルオールシートが溶融、気化して燃焼し、一部は炭化状態となり、一部は焼失した。

 

[裁判上の主張]

 

検察側は、被告人の行為は、現住・現在建造物放火罪(刑法108条)に該当すると主張した。

 

弁護側は、

 

     エレベーターのかごは、鋼板製であり、化粧シートも準不燃材であって展炎性はないのだから、点火物から独立して燃焼することはなく、「焼損」することは不可能であり、本件は不能犯である。

 

     エレベーターのかごは、毀損しないで取り外し可能であるため、これを放火の対象である「建造物」の一部と認めることはできない。

 

     本件では、化粧シートの一部が媒介物であるガソリンの燃焼により溶融した過程で炭化したにすぎず、独立して燃焼するには至っていない

 

・・・と主張した。

 

Cf. ①と②は、現住建造物放火罪の成立を否定し、③は現住建造物放火罪の既遂ではなく、未遂にとどまるという主張です。

 

[訴訟経過]

 

1審判決:不明(但し、現住建造物放火罪の成立を肯定している)

 

控訴審判決(札幌高判昭和6398):控訴棄却

 

 

控訴審判決は、

 

(1)弁護側の主張②(=エレベーターは「建造物」の一部ではない)に対し、

 

建造物の一部性に関する過去の判例(最判昭和251214)が示した「毀損しなければ取り外すことができない状態にある」か否かという判断基準を踏襲し、

 

「本件エレベーターは、本件マンションの各居住空間の部分とともに、それぞれ一体として住宅として機能し、現住建造物である本件マンションを構成している」

 

「本件エレベーターのかごをその収納部分から取り外すには、最上階でかごから重りを外した後最下階に移したうえ、解体してエレベーター扉から搬出するなど、作業員約4人かかりで1日の作業量を要するのであるから、本件エレベーターのかごの部分は、最高裁判所の判例にいう「毀損しなければ取り外すことができない状態にある」場合に該当し、刑法108条の適用上も、建造物たる本件マンションの一部を構成する」

 

・・・としている。

 

Cf. 「建造物」性として議論されている問題には、位相の異なる2つの側面があります。一つは、純粋に放火罪の対象たる「建造物」といえるか、という問題です。これは、上記最判昭和251214が布団や畳が「建造物」の一部とは言えない事を示したように、純粋に対象物の範囲の問題で、判例は「毀損しなければ取り外すことができない状態」か否かを限界事例における基準としています。そして、本判決は、「毀損」を取り外しの物理的困難性という形で実質的に捉え、著しく手間と時間を要する事を理由にエレベーターのかごについても肯定したのです。

 

もう一つの「建造物」性として、「現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物」か否か、という側面があります。これは、建造物の「現住、現在」性の問題ですが、「現住、現在」性が認められる建造物(及びその一部)はどこまでか、という形で問題となるのです。そして、本判決は平安神宮放火事件(最判平成1714)の前に出されたものですが、同様の判断基準、すなわち物理的一体性のみならず機能的一体性をも含めて「現住建造物」性を判断しています。それが、上述の「本件エレベーターは、本件マンションの各居住空間の部分とともに、それぞれ一体として住宅として機能し、現住建造物である本件マンションを構成している」という部分です。これは、「毀損」云々の理由づけとは関係ありませんので注意して下さい。

 

これら二つの側面は一度きちんと分けて考えることが重要であるように思います。本判決のように一緒に処理しようとすると、こんがらがるはずです。)

 

 

(2)弁護側の主張①(=「焼損」は不可能であり、不能犯)、③(=「焼損」していないため、未遂にとどまる)に対して、

 

事実の概要で示したように、フルオールシートが一部炭化し、一部消失したことを事実認定して、

 

「そうである以上、建造物たる本件マンションの構成部分である本件エレベーターのかごの南側側壁の一部(すなわち建造物の一部)が媒介物であるガソリンから独立して燃焼したと認めるに十分である」

 

・・・として、「焼損」を肯定し、主張①、③を斥けた。

 

 

[判示内容]

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

 

 

理    由

 

「弁護人の上告趣意は、判例違反をいうが、原審認定に沿わない事実関係を前提とする主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。なお、一、二審判決の認定によれば、被告人は、12階建集合住宅である本件マンシヨン内部に設置されたエレベーターのかご内で火を放ち、その側壁として使用されている化粧鋼板の表面約0.3平方メートルを燃焼させたというのであるから、現住建造物等放火罪が成立するとした原審の判断は正当である。よって、同法414条、38613号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

 

 

[コメント&他サイト紹介]

 

「建造物」の理解については、既にcf.内で記述しました。「焼損」については、処理が難しいですが、難燃性建造物において独立燃焼説の立場から既遂を肯定していくには、本判決のように建造物を構成要素にまで分解して検討し、可燃性物質があれば、その物質についての炭化、消失を検討し、独立した燃焼の存否を認定するという手法を採らざるをえないでしょう。(媒介物の燃焼による可燃性物質の炭化、消失では足りないのはもちろんです。)

 

燃焼の継続可能性を要求する(独立燃焼説の中での通説的な)立場からしても、燃焼の継続を認定すればよいのです。これは、火の燃え広がる可能性ではなく、燃焼が一定時間継続する可能性のことですので、可燃性物質の炭化、消失の具合から、事後的に一定程度認定することは可能です。これは、燃焼が一定時間継続すれば、展炎性がなくとも、燃焼作用によって生じる有毒ガス等の危険が生じる危険があることを前提としています。

 

以上のコメントに違和感を覚える方も多いでしょう。本コメントの理解は、「公共の危険」は延焼の危険以外の危険も含まれるものと考え、(燃焼の存在を前提として、)「公共の危険」の徴表として「焼損」を構成する立場(星周一郎『放火罪の理論』)に依拠しています。私はこの星先生の見解が、一番判例の立場を合理的に説明できるものと考えています。

 

詳しくは、私の別HPの記事である

 

放火罪の既遂時期

をご参照ください。

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