猿払事件判決(最判昭和49・11・6、百選15事件)
[事実の概要]
ぺたぺたー♪ぺたぺたー♪
被告人は、鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官で、猿払地区労働組合協議会事務局長を勤めていたものであるが、昭和四二年一月八日告示の第三一回衆議院議員選挙に際し、右地区労協での決定に従い日本社会党を支持する目的をもつて、勤務時間外に、
同党公認候補者の選挙用ポスター六枚を宗谷郡猿払村字鬼志別市街に設置された6箇所の公営掲示場に掲示し、
また、他の場所に掲示してもらうために、選挙用ポスター計約184枚を数人に郵送配布した。
勤務時間外とはいえ、中立であるべき公務員なのにダメだろ!訴えてやる!
[訴訟上の主張]
国家公務員法102条1項
「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」
国家公務員法110条1項19号
「第102条第1項に規定する政治的行為の制限に違反した者」について、「三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する」
当時の人事院規則14の7は、第1項で、政治的行為の禁止に関する規定は、すべての一般職に属する職員に適用すると定め、4項は、右の禁止は6項16号のものを除き、職員が勤務時間外において行う場合にも適用される旨規定していた。
そして、人事院規則5項3号、6項13号の特定の政党を支持することを目的とする文書すなわち政治的目的を有する文書の掲示又は配布という政治的行為をしてはならないと規定されていた。
勤務時間外でもそんな行為しちゃダメってちゃんと人事院規則と国家公務員法に書いているでしょ!
いや、私は非管理職だから、職務に裁量の余地がない!だから、国家公務員法102条が恐れているような事態は、私のような非管理職の行為には生じない!ましてや、勤務時間外ならなおさらだ!それなのに、形式的に被告に罰則を適用する行為こそ憲法21条、31条違反だ!
※国家公務員法102条が恐れているような事態というのは、判例の表現を引用すると、
「もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損なわれ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損なわれることを免れない。」という事態である。被告人側の主張は、任されている職務が下っ端のする機械的な仕事なら、党派的偏向を招くおそれなんてないじゃんって事である。
[訴訟経過]
1審(旭川地判昭和43・3・25):無罪
2審(札幌高判昭和44・6・24):無罪
1審、2審共に、被告人が非管理職の現業公務員で、職務内容が機械的であり、その行為も勤務時間外に国の施設を利用することなくなされたという事実を重視し、国家公務員法110条19号は、このような被告人に適用される限度で、憲法21条、31条に反し違憲であると判断した。
[判示内容]
主 文
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
被告人において右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
原審及び第一審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理 由(意訳)
国家公務員法の罰則の規定が憲法21条違反かどうか判断するにあたっては、国家公務員法が国民全員じゃなくて、公務員だけを対象としているって事に留意するべき。
だって、国政は、国民全体の奉仕として行うべきものだけど、それを担う公務員も、憲法15条2項で「全体の奉仕者」って位置付けられているから、特別の考慮がなされてしかるべきだから。
「したがって、公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。」
「国公法一〇二条一項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたっては、①禁止の目的、②この目的と禁止される政治的行為との関連性、③政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。」
① 禁止の目的
「もし、公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることを免れない。」
「したがって、このような弊害の発生を防止し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである」
② 目的と禁止との関連性
「右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであって、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない」
③ 利益衡量
「公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎず、かつ、国公法一〇二条一項及び規則の定める行動類型以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではなく、他面、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるから、得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない」
「したがつて、国公法一〇二条一項及び規則五項三号、六項一三号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものということはできない。」と結論づけている。
このように判示した上で、さらに、第1審、第2審判決に反論している。
「ところで、第一審判決は、その違憲判断の根拠として、被告人の本件行為が、非管理職である現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なく、労働組合活動の一環として行われたものであることをあげ、原判決もこれを是認している。しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によってされる場合には、当該公務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差異をもたらすものではない。」
「第一審判決及び原判決は、また、本件政治的行為によって生じる弊害が軽微であると断定し、そのことをもつてその禁止を違憲と判断する重要な根拠としている。しかしながら、本件における被告人の行為は、衆議院議員選挙に際して、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布したものであつて、その行為は、具体的な選挙における特定政党のためにする直接かつ積極的な支援活動であり、政治的偏向の強い典型的な行為というのほかなく、このような行為を放任することによる弊害は、軽微なものであるとはいえない。」
そして、
「政治的行為の中でも党派的偏向の強い行動類型に属するものであり、公務員の政治的中立性を損うおそれが大きく、このような違法性の強い行為に対して国公法の定める程度の刑罰を法定したとしても、決して不合理とはいえず、したがつて、右の罰則が憲法三一条に違反するものということはできない。」として、憲法21条、31条違反の疑いを完全に否定した上で、主文の通りの判決をしたのである。
[コメント&他サイト紹介]
丁寧に判示内容を引用しすぎて、長くなってしまった・・・。
ただでさえ洗練された文章である最高裁判決をさらに短くまとめるのは、予想以上に難しかったです。
日本国憲法の基礎知識様の、
http://kenpou-jp.norio-de.com/sarufutu-jiken/
・・・というページが本判例のご学習の第1歩目にはオススメです。
元司法試験受験生の方が書かれているだけあって、とても分かりやすいページでした。