昭和女子大事件(最判昭和49・7・19、百選13事件)
[事案の概要]
原告は、元昭和女子大学の学生2名(X1,X2)、被告は、学校法人昭和女子大学である。
―――昭和女子大学教室内(休み時間)―――
政防法反対~!署名お願いします~
(その他の生徒)
は~い・・・
原告(X1)は、昭和女子大学3年生のときに、学生当局に届出をすることなく、数日にわたり政治的暴力行為防止法案(以下、政防法)反対請願の署名を収集していた。
これは、休憩時間や休み時間を利用したもので、このため原告が学業を放棄した訳ではなかった。
しかし、この行為は、昭和女子大学「生活要録」6の6(「学内外をとわず署名運動、投票・・・などしようとする時は事前に学生課に届出その指示を受けなければならない」)に違反するものであった。
また、X1はそのころ、学外の左翼団体である民主青年同盟に加入申請をしており、X2はすでに民主青年同盟に加入していた。
これは、昭和女子大学「生活要録」8の13(「学生は補導部の許可なくして学外団体に加入することができない」)に違反するものであった。
昭和女子大学は従来、学生の思想の穏健中正を標榜し、いわゆる左傾学生なるものを出していないことを誇りとし、パンフレットにまで記載していたため、この事態を重視したが、最初は、自主的に退学してもらうか、団体と縁を切って復学してもらうか等穏便にことを解決することにしていた。
この間、学内の民主青年同盟加入者の名を明かすように学生当局は迫ったり、自宅謹慎を言い渡してはいるが、反省を促すような補導措置をとったとは言い難いものであった。
ところが、学外団体の昭和女子大学に対するデモ隊を原告(X1)が誘導したという嫌疑や、X2が林という仮名を用いて、週刊女性自身の記事やラジオ番組で昭和女子大学の対応を批判したことを知るに至り、昭和女子大学は、態度を硬化させ、
一連の原告らの行動、態度が昭和女子大学学則第36条第4号の「学校の秩序を乱しその他学生の本文に反した者」に該当するものとして、教授会において退学を決議し、原告らを退学処分に処した。
[裁判上の主張]
まだ私たちが昭和女子大学の学生の地位を有する事を確認してください
原告は、退学処分が無効であることを前提に、まだ原告らが学生の地位を有すると主張した。
退学処分が無効である理由は、
① 退学処分が、原告らの思想を嫌悪してなされた思想信条による差別的取扱いであり、公序良俗に違反するため無効である
② ①に理由がないとしても、(上記)生活要録6の6や、8の13は、政治活動の自由及び思想・信条の自由を不当に制限するもので、無効であり、この生活要録の当該項目違反を理由としてなされた退学処分もまた無効である
③ ①②に理由がないとしても、本件退学処分は、教育機関に任された懲戒権を濫用して行われた無効なものである
・・・というものであった。
[訴訟経過]
第1審判決(東京地判昭和38・11・20):請求認容
控訴審判決(東京高判昭和42・4・10):第1審判決取消、請求棄却
第1審判決は、要約すると、私学であっても、学生の教育を引き受けた大学である以上、処分の前に反省を促す措置と採る義務がある上、大学は「公共性」を有し、大学には「学生の思想に対する寛容」であるべき義務があるため、(具体的な教育環境が乱れたという事実もないのに)思想のみを理由とする退学処分は裁量権の濫用であり無効とした。
控訴審判決は、私立大学においては、処分の前に学生を反省させる措置を経由すべき義務があるとまではいえないとして、退学処分に瑕疵はない、とした。
そこで、原告側は、裁判上の主張①~③を強化する形で、下記の上告理由①~③を主張した。
① 裁判上の主張①と対応
本件退学処分は、上告人らの学問の自由を侵害し、かつ、思想、信条を理由とする差別的取扱であるから、憲法二三条、一九条、一四条に違反するものであり、また、かかる違憲の処分によって上告人らの教育を受ける権利を奪うことは憲法一三条、二六条にも違反するにもかかわらず、原審が右退学処分を有効と判断したのは、憲法及び法令の解釈適用を誤ったものである
② 裁判上の主張②と対応
学生の署名運動について事前に学校当局に届け出てその指示を受けるべきことを定めた被上告人大学の原判示の生活要録六の六の規定は憲法一五条、一六条、二一条に違反するものであり、また、学生が学校当局の許可を受けずに学外の団体に加入することを禁止した同要録八の一三の規定は憲法一九条、二一条、二三条、二六条に違反するものであるにもかかわらず、原審が、これら要録の規定の効力を認め、これに違反したことを理由とする本件退学処分を有効と判断したのは、憲法及び法令の解釈適用を誤ったものである
③ 裁判上の主張③と対応
大学が学生に対して退学処分を行うにあたっては、教育機関にふさわしい手続と方法により本人の反省を促す補導の過程を経由すべき法的義務があると解すべきであるのに、原審が右義務のあることを認めず、適切な補導過程を経由せずに行われた本件退学処分を徴戒権者の裁量権の範囲内にあるものとして有効と判断したのは、学校教育法一一条、同法施行規則一三条三項、被上告人大学の学則三六条の解釈適用を誤ったものである
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
(1)上告理由②について
「憲法一九条、二一条、二三条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であって、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものでないことは、当裁判所大法廷判例(=三菱樹脂事件)の示すところである。したがって、その趣旨に徴すれば、私立学校である被上告人大学の学則の細則としての性質をもつ前記生活要録の規定について直接憲法の右基本権保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない」
(2)上告理由①について
「本件退学処分について憲法二三条、一九条、一四条等の自由権的基本権の保障規定の違反を論ずる余地のないことは、上告理由第一章について判示したところから明らかである。したがって、右違憲を前提とする憲法一三条、二六条違反の論旨も採用することができない」
「また、原審の確定した上告人らの生活要録違反の行為は、大学当局の許可を受けることなく、上告人A1が左翼的政治団体であるD同盟(以下、D同という。)に加入し、上告人A2がD同に加入の申込をし、更に、同上告人が大学当局に届け出ることなく学内において政治的暴力行為防止法の制定に対する反対請願の署名運動をしたというものであるが、このような実社会の政治的社会的活動にあたる行為を理由として退学処分を行うことが、直ちに学生の学問の自由及び教育を受ける権利を侵害し公序良俗に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判例(=ポポロ事件判決)の趣旨に徴して明らかであり、また、右退学処分が上告人らの思想、信条を理由とする差別的取扱でないことは、上告理由第三章について後に判示するとおりである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。」
(3)上告理由③について
処分の内容を判断するのは、基本的には学内の事情に精通している者でなければできないが、とはいえ、退学処分は、学生の身分を剥奪する重大な処分である事をも併せて考え、
「右補導の面において欠けるところがあったとしても、それだけで退学処分が違法となるものではなく、その点をも含めた当該事案の諸事情を総合的に観察して、その退学処分の選択が社会通念上合理性を認めることができないようなものでないかぎり、同処分は、懲戒権者の裁量権の範囲内にあるものとして、その効力を否定することはできないものというべきである。」
・・・という基準を導き出した。
そして、
「上告人らの前記生活要録違反の行為自体はその情状が比較的軽微なものであつたとしても、本件退学処分が右違反行為のみを理由として決定されたものでないことは、明らかである。」「上告人らには生活要録違反を犯したことについて反省の実が認められず、特に大学当局ができるだけ穏便に解決すべく説諭を続けている間に、上告人らが週刊誌や学外の集会等において公然と大学当局の措置を非難するような挙に出たことは、同人らがもはや同大学の教育方針に服する意思のないことを表明したものと解されてもやむをえないところであり、これらは処遇上無視しえない事情といわなければならない。」
・・・等と、この点を重視して、「結局、本件退学処分は、懲戒権者に認められた裁量権の範囲内にあるものとして、その効力を是認すべきである。」と評価した。
[コメント&他サイト紹介]
上告理由が、高裁までの原告の主張とほぼ同様であり、新たな主張をひねり出せなかった時点で、原告の負けはほぼ決まっていたような気がしますね。
他サイト様ですが、憲法判例解説様の
http://ameblo.jp/ut-liberi-esse-possimus/entry-10248794365.html
・・・この記事が素晴らしいです。必読といってよいはずです。
そして、甲斐教授の
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/1016partial_society.htm
・・・これも勉強になります。
「憲法訴訟論的な説明を加えると、こうなる。いわゆる部分社会論は、司法審査の対象となるか否かを論ずる。それに対して、私人間効力論は、司法審査の対象となることを肯定し、かつ民法90条を適用した上で、Yの処分が、公序良俗違反といえるレベルか否かを判断している。したがって、論理的には常にいわゆる部分社会論が先行する。」
というご指摘を含んだ最初の10行ちょいは特に必見だと思います。