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国会議員の発言と国賠責任(百選187事件)


国会議員の発言と国賠責任(最判平成999、百選187事件)

 

[事実の概要]

 

被告Tは、昭和601121日当時衆議院議員であったが、同日、第103回国会衆議院社会労働委員会において、医療法の一部を改正する法律案件の審議に際し、札幌市のとある病院の問題を取上げ質疑し、その病院の院長について、

 

概要、院長は五名の女性患者に対して破廉恥な行為をした、同院長は薬物を常用するなど通常の精神状態ではないのではないか、現行の行政の中でこのような医師はチェックできないのではないか等と言及した。

 

この発言の翌日、この院長は自殺した。

そこで、院長の妻であるXが、名誉を棄損された上、自殺に追い込まれたとして、被告T及び被告国に対し、1億円の損害賠償を求めて出訴した。

 

 

[裁判上の主張]

 

 

原告Xは、全く事実無根のありもしない数多くの具体的行為を事実として発言して院長を中傷し、これにより院長の名誉を棄損して同人を自殺に追い込んだのであるから、被告Tに対して、民法709条、710条に基づいて、また、被告国に対して国家賠償法11項に対して損害を賠償する責任があるはずだと主張した。

 

損害額は、院長の慰謝料3000万円、逸失利益7000万円、原告Xの慰謝料1000万円である。(合計1億円―――足し合わせたら11000万円になるが、第1審判決には、こう書いてある―――)

 

原告側は、被告Tの行為の違法性に関して、

 

     憲法51条は、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない。」と規定しているが、右にいう「演説、討論又は表決」とは、国会の働きを充実させる、国政レベルに関する事実や意見についての発言をいうところ、特定の者を誹謗する発言は、国会審議にふさわしくない低次元の内容であり、国会の場で演説、討論又は表決すべき事柄に関するものでなく、また、国会の働きを充実させるものでもないから、同条にいう演説等に該当しない。

 

     憲法五一条の免責特権は、絶対的免責特権を規定したものではなく、相対的免責特権を規定したものであり、被告Tの本件発言には適用されない。

 

     憲法五一条は、国会議員が議院において演説、討論、又は表決をなすに当たり故意又は重大な過失によって違法に他人に損害を加えたとしても国から国家賠償法一条二項によって求償を受けることがないことを憲法上保障したにとどまるのであって,同条のために国が国家賠償法による責任を負わないことにはならない。

 

・・・と主張した。

 

これに対し、被告側は、

 

     本件発言は、当時、いわゆる宇都宮病院事件や富士見産婦人科病院事件など、医療モラルの低下や医療荒廃が社会問題化する中で、同被告が、国に対し、甲野病院を例に挙げて、地域医療計画における国の責任、医療圏・医療施設に関する都道府県の裁量権、地域利用計画策定と医療審議会の諮問などにつき、その改善を求めるためにしたものであって、憲法五一条の保障する免責の対象となることは明らかであり、同被告は民事上の責任を問われないのであるから、原告の主張自体失当である。 

 

・・・と主張するとともに、原告の主張①②③の全てに反論した。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(札幌地判平成5716):請求棄却

 

控訴審判決(札幌高判平成6315):控訴棄却

 

 

1審判決は、

 

1 被告Tに対する訴えの適法性
 原告の本件訴えは訴状の記載に不備があって補正をする余地がなく却下される場合又は被告及び事件が我が国の裁判権に服さない場合ないし訴えの提起自体不適法な場合に当たり却下される場合かどうか。
2 被告Tに対する請求の可否
(1) 被告Tの本件発言は憲法五一条にいう「演説、討論又は表決」に該当するか。
(2) 憲法五一条は、絶対的免責特権を規定したものか、それとも、相対的免責特権を規定したものか。
3 被告国に対する請求の可否
(1) 憲法五一条が妥当する場合には、国家賠償法一条一項にいう「違法」が生じる余地はなく、国は同法上の責任を負わないか。
(2) 国家賠償法一条一項の責任の有無

 

・・・と争点を整理した。

 

言うまでもないが、1は、被告の主張④と、2(1)は、原告の主張①と、2(2)は、原告の主張②と、3(1)は、原告の主張③と対応している。

 

そして、

 

1について(主張④について)、

 

「被告Tの本件発言が憲法五一条の免責の対象になるとしても、原告の本件訴えは、訴状の記載に不備があることにならず、記載に不備はなく、また、被告及び事件が我が国の裁判権に服さないことにならず、裁判権に服し、訴えの提起が不適法となることもなく、適法である。」・・・と被告の主張を斥けた。

 

2(1)について(主張①について)、

 

「憲法五一条は、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない。」と規定している。右にいう「議院で行った」とは、議院の活動として議員が職務上行った場合をいい、「表決」とは議題について賛否を明らかにすることをいい、「討論」とは表決を要する議題についての意見の発表をいい、「演説」とは討論以外の任意の主題についての意見の発表、事実の陳述をいい、質問や自由討議などがこれに含まれる。」

 

・・・とし、

 

「右発言は国政に関するものということができる。原告の主張するところは、発言の内容・表現に妥当でない点があることを指摘することに帰着するもので、右発言が「演説、討論又は表決」に該当することを否定することとならない。」

 

・・・と、原告の主張を斥けた。

 

2(2)について(主張②について)、

 

「憲法五一条は、国民の代表者による政治の実現を期し、議会における議員の言論の自由を最大限保障するために、右のような他人の名誉・プライヴァシーを侵害することによる責任を含め、議員の議会内における言論に基づく一切の法的責任を免除したものである。
 以上からすれば、憲法五一条は、議員の行った言論を絶対的に保障する趣旨に出たもの、すなわち、絶対的免責特権を規定したものと解するのが相当である。」

 

・・・と、原告の主張を斥けた。

 

3(1)について(主張③について)

 

「憲法五一条は、国会議員が議院で行った演説等に違法の点があっても、民事・刑事等の法的責任を負わない旨を規定したのみで、右違法がなくなる等の趣旨を含むものでないことは明らかである。したがって、憲法五一条が妥当したとしても、そのことから当然に国家賠償法一条一項所定の「違法」がないことにはならない。」

 

・・・として、被告の主張を斥けた。

そして、被告Tの行為の違法性を3(2)において検討した結果、被告Tの行為に違法性を肯定できるほどの主張・立証がなされているとはいえないため、被告国の国家賠償責任を否定した。

 

 

控訴審においては、憲法51条の免責によってではなく、公務員個人の賠償責任を否定している国家賠償法の構造によって、被告Tに対する請求は主張自体失当であるとされた。被告国に対しては、第1審と似たような判断であった。

 

※控訴審の被告Tへの請求に対する判断は、被告人の主張④とは似て非なるものであることに注意する必要がある。「国会議員が免責特権を有する」からではなく、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員」である国会議員が、「その職務を行うについて」なした行為であり、この場合は、国家賠償法は公務員への直接請求を否定しているから、主張自体失当とされているのである。

 

[判示内容]

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

 

 

理    由

 

(1)   被告Tに対する請求

 

「本件発言は、国会議員である被上告人Bによって、国会議員としての職務を行うにつきされたものであることが明らかである。そうすると、仮に本件発言が被上告人Bの故意又は過失による違法な行為であるとしても、被上告人国が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員である被上告人B個人は、上告人に対してその責任を負わない」

「本件発言が憲法五一条に規定する「演説、討論又は表決」に該当するかどうかを論ずるまでもなく、上告人(=X)の被上告人B(=被告T)に対する本訴請求は理由がない。」

 

・・・として、控訴審と同じ理由で、被告Tに対する請求を退けた。

 

(2)被告国に対する請求

 

「国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである。そして、国会でした国会議員の発言が同項の適用上違法となるかどうかは、その発言が国会議員として個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背してされたかどうかの問題である。」

 

「国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員の立法行為そのものは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法上の違法の評価は受けないというべき」

 

「この理は、独り立法行為のみならず、条約締結の承認、財政の監督に関する議決など、多数決原理により統一的な国家意思を形成する行為一般に妥当するものである。」

 

「これに対して、国会議員が、立法、条約締結の承認、財政の監督等の審議や国政に関する調査の過程で行う質疑、演説、討論等(以下「質疑等」という。)は、多数決原理により国家意思を形成する行為そのものではなく国家意思の形成に向けられた行為である。もとより、国家意思の形成の過程には国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益が反映されるべきであるから、右のような質疑等においても、現実社会に生起する広範な問題が取り上げられることになり、中には具体的事例に関する、あるいは、具体的事例を交えた質疑等であるがゆえに、質疑等の内容が個別の国民の権利等に直接かかわることも起こり得る。したがって、質疑等の場面においては、国会議員が個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うこともあり得ないではない。」

 

「しかしながら、質疑等は、多数決原理による統一的な国家意思の形成に密接に関連し、これに影響を及ぼすべきものであり、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を反映させるべく、あらゆる面から質疑等を尽くすことも国会議員の職務ないし使命に属するものであるから、質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべき」

 

とすれば、「国会議員が国会で行った質疑等において、個別の国民の名誉や信用を低下させる発言があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする」

 

・・・という基準を立て、このような「特別の事情」は、被告(被上告人)Tには見当たらないので、結局原告(上告人)Xの上告を棄却したわけである。

 

 

[コメント&他サイト紹介]

 

本判決のように、ゾロ目の日付の判例を取り扱うと、なんだか得した気分になりますね。

本判決については、百選(第5版)の原田教授の解説がとても分かりやすいので、ご一読の価値があると思います。本判決のポイントは、「統一的な国家意思を形成する行為」と「国家意思の形成に向けられた行為」との区別である事が明示されていますね

今まで一度もご紹介したことがなかったサイトですが、「日本国憲法を対話で学ぼう」様の、

http://bengosi.org/kenpou/kokkai/s_51.html

・・・これが、本判決理解の第一歩目としてオススメです。

そして、甲斐先生の

http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/826exemption_from_responsibility.htm

・・・が深い理解の手助けとなるはずです。

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