全逓プラカード事件(最判昭和55・12・23、百選16事件)
[事実の概要]
原告は、郵便屋さん、被告は、東京郵政局長である。
佐藤内閣を倒せ~
倒せ~
ベトナム戦争への加担反対~
反対~
原告は、郵便外務(配達)をその職務とする一般職に属する国家公務員であった。
ところが、原告は、日曜日で勤務時間外であるときに、東京都立代々木公園で行われた第37回中央メーデーの示威行進に参加し、約30分間「ベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒」と記載された横断幕を掲げて行進した。
原告は、全逓信労働組合本書支部の青年部副部長として、横断幕の記載文言の選定に参加し、自らその文言を書くなどして、その参加の態様は軽いものではなかった(指導的役割を果たしていた)。
国家公務員法違反だ!
戒告処分をする!
そこで、被告は、原告の行為は、国家公務員の禁止されている政治的行為であり、82条1号(現82条1項1号)に該当し、かつ、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるため、82条3号(現82条1項3号)に該当するとして、懲戒処分の一種である戒告処分を行った。
これに不服のある原告が、本件懲戒処分について人事院に審査請求をしたが、人事院は請求を棄却したため、原告が出訴した。
[裁判上の主張]
懲戒処分を取り消してください
国家公務員法102条1項(現在)
「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」
国家公務員法82条1項(現在)
「職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
1号 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合
2号 職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合
3号 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」
当時の人事院規則14の7は、第1項で、政治的行為の禁止に関する規定は、すべての一般職に属する職員に適用すると定め、4項は、右の禁止は6項16号のものを除き、職員が勤務時間外において行う場合にも適用される旨規定していた。
そして、被告は、
原告の横断幕を掲げて行進した行為は、人事院規則14の7第5項4号(「政治的行為」を定義し、「特定の内閣を支持し又はこれに反対すること」をその一つとしている)、第6項13号(「政治的行為」を定義し、「政治的目的を有する・・・文書・・・を掲示」することをその一つとしている)により禁止されている政治的行為に該当し、結局国家公務員法102条に違反する結果、82条1号・3号(現82条1項1号・3号)により、適法に懲戒処分をした旨主張していた。
原告としては、この主張を崩すために、
① 原告のような機械的労務を提供するにすぎない非管理職にある現業公務員が、勤務時間外に、国の施設を利用することなく行った政治活動まで規制するのは憲法21条1項に反する!
② 本件行為は、原告の個人的行為ではなく、労働組合の団結体の意思に基づく団体行為であって、主体はあくまで組合自身である。これを個人的行為に分解して労働者個人に懲戒責任を問う事は許されない!
③ 原告と同じように、横断幕やプラカードを掲げて示威行為をした全逓の組合員は、他にも多数いたのに、懲戒処分を受けたのは、原告だけである。これは、差別処分であり、裁量権の濫用として違法だ!
④ 憲法97条は、憲法を尊重し、擁護することを公務員の義務としている。ベトナム侵略に反対することは、平和憲法を尊重した結果であるから、これに対して懲戒処分をなすのは公務員の憲法擁護義務に反するものであり、違憲だ!
・・・等という主張を展開した。
[訴訟の経過]
第1審判決(東京地判昭和46・11・1):戒告処分を取り消す
控訴審判決(東京高判昭和48・9・19):戒告処分を取り消す
第1審、控訴審共に戒告処分を取り消したが、理由は少し異なっていた。
第1審は、
原告の地位、職務権限、職務内容の面から見ても(つまり、現業公務員であり、非管理職であること等)、
行為のなされた状況、行為の内容から見ても(つまり、デモ行進が労働組合運動の一環にすぎなかったことや、原告の職務上の地位や国の施設を利用して行われたものではなかったこと等)、
原告の行為は、憲法上禁止、制限が許容される政治的行為ではないと認定した上で、
「形式的文理上は、本件横断幕の文言は、人事院規則14の7第5項4号に、これを掲げて行進した行為は、同規則14の7第6項13号に該当し、原告の本件行為は、国家公務員法102条1項に違反するけれども、右各規定を合憲的に解釈すれば、本件行為は、右各規定に該当または違反するものではない。したがって、本件行為が右各規定に該当または違反するものとして、これに右規定を適用した被告の行為は、その適用上憲法21条1項に違反する」
・・・と判示した。
他方、
控訴審は、原告の行為は、憲法上禁止、制限が許容される政治的行為ではないと認定した点では、第一審と同様であったが、合憲限定解釈は不可能であるとして、端的に適用違憲であると判示した。
[判示内容]
主 文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理 由
(1)原判決の破棄(原告の主張①への反論)
「法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定の違背を理由として法八二条の規定により懲戒処分を行うことが憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(=猿払事件判決)の趣旨に徴して明らかであるから、原判決は憲法二一条の解釈適用を誤つたものというべきである。そして、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の点につき判断するまでもなく、破棄を免れない。」
(2)最高裁の本件事例の判断
「被上告人はメーデーにおける集団示威行進に際し約三〇分間にわたり、「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒」と記載された横断幕を掲げて行進したというのであるから、被上告人の右行為は特定の内閣に反対する政治的目的を有する文書を掲示したものとして規則五項四号、六項一三号に該当し法一〇二条一項に違反するものと解するのが相当である。」
・・・と端的に認定した上で、原告の主張②・④について、以下のように反論している。
「次に、被上告人は本件戒告処分は公務員の憲法擁護義務に違反すると主張するが、前記のとおり被上告人の本件行為を理由に戒告処分をすることは、憲法に違反するものではないから、右主張は採用することができない。また、郵政職員が法一〇二条一項に違反する政治的行為を行った場合には、それが労働組合活動の一環として行われたとしても、法八二条の規定による懲戒処分の対象とされることを免れない。」
さらに、原告の主張③についても以下のように反論している。
「したがって、被上告人の本件行為は、法八二条一号及び三号の懲戒事由に該当するというべきであるが、上告人が職員につき懲戒事由があると認める場合にいかなる処分を選択すべきかについては上告人の裁量に任されているものと解されるところ、一方において被上告人の行為が前記のとおりのものであり、他方において上告人の選択した被上告人に対する処分が懲戒処分として最も軽い戒告処分であることを考えると、仮に被上告人が主張するように他に被上告人と同様の行為をしながら処分を受けない者がいたとしても、右処分をもつて社会通念に照らし合理性を欠き懲戒権の濫用にあたるものということはできない。してみれば、被上告人の本件行為を理由としてされた本件戒告処分にはこれを取り消すべき違法はなく、同処分の取消を求める被上告人の請求は失当として棄却すべきものであり、これを認容した第一審判決は取消を免れない。」
[コメント&他サイト紹介]
訴訟上の原告の主張と、第1審判決を少し丁寧に引用してしまったため、長くなってしまった・・・。もちろん必要だと思ったから引用したのですが、もっと全体的に短くする事は可能だったと思うので、もっと精進いたします。
他サイト様は、法政大学大原社会問題研究所様の、
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/52/rn1982-534.html
・・・が、環裁判官の反対意見の概略をコンパクトに見れる点で、オススメです。