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三菱樹脂事件(百選12事件)


三菱樹脂事件(最判昭和48・12・12、百選12事件)

[事実の概要]

 

原告は、三菱樹脂株式会社から雇用を拒否された者、被告は、三菱樹脂株式会社である。

 

―――原告の東北大学在学時代―――

 

kanako13

 

(デモ隊)

安保改定反対~

 

 

tika3

 

 

 反対~

kanako12

 

(デモ隊)

岸内閣を倒せ~

 

tika4

 

 

 倒せ~

 

 

 

 原告は、東北大学在学中、大学当局の承認を得ていない東北大学川内分校学生自治会に所属しており、日米安全保障条約改定反対デモに参加する等していた。

 

 

―――三菱樹脂株式会社面接―――

 

yumi8

 

 

学生運動をやりましたか?

 

 

tika10

 

 

学生運動には興味がありません(キリッ

 

 

tika17

 

 

私が興味があるのは、合成樹脂だけです(チラッ

 

 

yumi14

 

そ、そうですか・・・

 

 

 

ところが、原告は、三菱樹脂株式会社の面接において、面接官の「学生運動をやったかね?」という質問に対して、「学生運動には興味がない。生活部が忙しく、実際行動も、なにも、やっていない」と答えていた。

 

そこで、被告は、3か月の試用期間を設けて原告を採用したが、試用期間の満了直前に、入社試験の際に、身上書および面接において学生運動等を秘匿する虚偽の申告をしたことを理由として、本採用を拒否するという通知を行った。

 

[裁判上の主張]

 

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原告は、被告に対して雇用契約の権利を有することを確認してください。

あと、被告は原告に対し、1438289円を支払ってください

 

 

原告の主張としては、被告の本採用拒否という通知は無効であり、原告は未だ雇用契約上の被用者としての地位を有しているため、その確認と、同期に入社した奴が貰った分と同額の給料とボーナスをくれ、というものである。(請求原因)

 

本採用拒否という通知が無効であることの法律構成は、

 

     雇用拒否の意思表示について(被告の抗弁への反論)

 

会社が設定している3か月の試用期間は、見習期間を意味するにすぎず、原告は当初から本採用されており、会社が原告に本採用拒否の意思表示をしても、法律上意味がない。

 

     雇用取消の意思表示について(被告の抗弁への反論)

 

仮に、原告が虚偽の事実を申告していたとしても、それは会社が思想信条による差別待遇を行おうとしたことへの正当な自衛手段であり、なんらの違法性がなく、これを理由に、雇用契約を取り消すことはできない。

 

     解雇の意思表示について(再抗弁)

 

仮に、会社が原告に対し解雇の意思表示をなしたとしても、原告は試用期間中誠実に勤務したのであり、原告を解雇すべき合理的理由はなかったから、その意思表示は、恣意に出たものであり、無効である。

 

・・・というものであった。

 

他方、被告としては、

 

     雇用拒否の意思表示について(抗弁)

 

3か月の試用期間は、その期間中の解約権を留保するとともに、解約権を行使しないで期間が経過することを停止条件として本採用するという性質のものであり、被告の雇用拒否の意思表示は、この雇用契約上留保されていた解約権を行使したものである。

 

     雇用取消の意思表示について(抗弁)

 

原告は、過激な学生運動をしたのに、これを秘匿し、そのような事実がなかったものとして会社を欺罔し、これによって会社に雇い入れられたから、原告に対し、詐欺による雇用契約の取消しの意思表示を行った。

 

     解雇の意思表示について(再抗弁への反論)

 

解雇の理由は、ある。原告のような東北大学の卒業見込者ならば、虚偽の申告をしてまで、会社に採用される必要があったものでもないのに、会社に全くの虚偽の申告をして会社を欺罔したのは、会社の信頼を裏切るも甚だしいからである。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(東京地判昭和42717):

 

原告が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する
被告は原告に対し金一〇三二三三九円を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は五分し、その四を被告の、その余を原告の各負担とする。

 

控訴審判決(東京高判昭和43612):

 

第一審被告の控訴を棄却する
原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す
さらに第一審被告は第一審原告に対し金一二一万三、五〇三円三三銭の支払をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

 

 

・・・両判決ともに、原告の完全勝利である。

原告主張の金額に少しだけ届かなかったのは、原告側が、本来どれだけ貰えたはずなのか(労働組合と会社との間で、賃金やボーナスの支払についてどのような協定があったのか)について具体的に主張・立証しなかったからである。

 

1審は、巧妙な論理構成をしており、

 

3か月の試用期間の性質(①の点)について、

 

「大学卒業の新規採用者で試用期間終了後に本採用されない事例は、かつてなかったこと」

「大学卒業者を雇用するについて、契約書の作成及び辞令の交付をせず、ただ本採用にあたり、当人の氏名及び職名並びに配属部署を記載した辞令を交付するにとどまっていること」

 

・・・という事実から、その性質を(被告主張のような)雇用契約の効力発生又は消滅に関して条件又は期限をつけたものではなく、

 

雇用契約の効力は契約締結と同時に確定的に発生しており、ただ、右期間中は、会社が管理職要員として不適格と認めた場合、それだけの事由で雇用を解約し得ることとし、解約権に対する制限を排除する趣旨であったと理解したのである。

 

これを前提に、そうはいっても、解約権に対する一般法理による制限までは合意で排除することはできないため、本件のような解雇権の濫用にあたる事例においては、その解約権行使は無効であると構成したのである。

 

控訴審は、このような第一審の試用期間の性質の認定を引き継いだ上で、正面から憲法19条の保障する思想・良心の自由の重要性を押し出す方法で論理を構成し、労働基準法3条に反することを根拠に被告の解雇は無効であるとして、原告勝訴の結論を導き出した。

 

 

[判示内容]

 

主   文

 

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す

 

 

理   由

 

(1)   学生運動をしたという事実は、思想・良心に関する事実か

 

「元来、人の思想、信条とその者の外部的行動との間には密接な関係があり、ことに本件において問題とされている学生運動への参加のごとき行動は、必ずしも常に特定の思想、信条に結びつくものとはいえないとしても、多くの場合、なんらかの思想、信条とのつながりをもっていることを否定することができない」

 

「必ずしも上告人の主張するように被上告人の政治的思想、信条に全く関係のないものということはできない。」

 

(2)   思想・良心に関するとして私人間に憲法規定が適用されるか

 

憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。

 

「私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであって、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできない

 

「私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。」

 

「私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。」

 

(3)企業の契約締結の自由に関する基本的な考え方

 

「憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。」

 

(4)労働基準法3条の意義

 

「労働基準法三条は労働者の信条によって賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。」

 

(5) (3)(4)を経た上での雇い入れ前における本件調査の違法性に関する結論

 

「企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。」

 

「本件において問題とされている上告人の調査が、前記のように、被上告人の思想、信条そのものについてではなく、直接には被上告人の過去の行動についてされたものであり、ただその行動が被上告人の思想、信条となんらかの関係があることを否定できないような性質のものであるというにとどまるとすれば、なおさらこのような調査を目して違法とすることはできない」

 

(6) 雇い入れ前における本件調査は適法としても、雇い入れ後になされた解雇行為は適法か

 

「企業者は、労働者の雇入れそのものについては、広い範囲の自由を有するけれども、いったん労働者を雇い入れ、その者に雇傭関係上の一定の地位を与えた後においては、その地位を一方的に奪うことにつき、肩入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではない。労働基準法三条は、前記のように、労働者の労働条件について信条による差別取扱を禁じているが、特定の信条を有することを解雇の理由として定めることも、右にいう労働条件に関する差別取扱として、右規定に違反するものと解される。」

 

・・・と一般論を述べた上で、本件の試用期間の法的性質について、第1審や控訴審の判断を是認し、解約権の留保と捉えるべきことを明言している。

 

「したがって、被上告人に対する本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」

 

もっとも、試用期間の設定も合理性があるため、通常の解雇よりは広い解雇の自由が認められるべきであるとして、

 

「前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」

 

という基準を設定した。そして、この基準の考慮要素として、以下のものを挙げた。

 

「本件において被上告人の解雇理由として主要な問題とされている被上告人の団体加入や学生運動参加の事実の秘匿等についても、それが上告人において上記留保解約権に基づき被上告人を解雇しうる客観的に合理的な理由となるかどうかを判断するためには、まず被上告人に秘匿等の事実があったかどうか、秘匿等にかかる団体加入や学生運動参加の内容、態様および程度、とくに違法にわたる行為があったかどうか、ならびに秘匿等の動機、理由等に関する事実関係を明らかにし、これらの事実関係に照らして、被上告人の秘匿等の行為および秘匿等にかかる事実が同人の入社後における行動、態度の予測やその人物評価等に及ぼす影響を検討し、それが企業者の採否決定につき有する意義と重要性を勘案し、これらを総合して上記の合理的理由の有無を判断しなければならない」

 

・・・よって、この点について審理を尽くしていない原審は違法であり、原審に差し戻すという結論になっているのである。

 

 

なお、差戻審である東京高裁において、和解が成立している。和解内容は、本採用拒否の撤回・原告の職場復帰・和解金1500万円の支払であり、原告の全面勝利と言ってよい内容である。

 

[コメント&他サイト紹介]

 

和解内容が原告の全面勝利だったのは、(6)の判示内容が、被告に厳しい内容だったからだと思います。試用期間の性質を解雇と認定されてしまったら、被告としてはそれだけで相当厳しいのですよね。その上、入社後の行動予測まで考慮要素と明言されてしまっては、「学生運動に参加していた」だけでは解雇の合理的理由としては全く足りず、また、過去の学生運動における原告の挙動の立証は、過酷を極めることが予想されるため、白旗を上げることもやむなしということなのでしょう。それにしても、1500万円とはずいぶん額が跳ね上がったような・・・。

あと、後日談ですけど、原告さんは、この後、関連会社の社長さんにまでのし上がったそうですよ。社内の目はさぞ冷たかったでしょうに、凄すぎですよね。

他サイト様としては、憲法判例解説様の、

http://ameblo.jp/ut-liberi-esse-possimus/entry-10172105174.html

・・・がとてもオススメですね。このサイト様は、基本的にどれもかなりレベルが高いです。

他には、甲斐素直教授の、

http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/1101privat_effect_of_human_right.htm

・・・が、関連論点も含めての整理には最適だと思います。

甲斐先生によれば、

三菱樹脂事件を例にとれば、その事実関係の下において、「単純に憲法上の問題点を論ぜよ」と聞かれたら、試用期間における雇用契約解約の自由と勤労の権利(憲法27条)が中心論点となる。そして、27条は社会権だから、私人間効力が認められるのは当然で、論点にはならないのである。三菱樹脂事件では、訴訟当事者が27条ではなく、19条を問題にしたことからそれが論点となったのである。三菱樹脂事件の事実関係に忠実に則った事例問題においては、本問のように、それがわざわざ示されない限りは27条だけを論じるのが正しい。

・・・らしいですね。

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