どぶろく裁判(最判平成1・12・14、百選25事件)
[事案の概要]
おいしくな~れ!おいしくな~れ!
・・・ヒック・・・むにゃむにゃ・・・
酒税法上、酒類を製造しようとする者は、酒類の種別および製造場ごとに税務署長による免許を受けなければならず(7条)、無免許で種類を製造した者には、5年以下の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰も用意されていた(54条1項)。
そして、この免許の要件としては、
年間製造見込数量が法定製造数量に達しない場合には免許を付与しないこと(7条2項)や、税務署長による裁量的拒否要件(10条)が定められており、業として酒類を製造しようとする者のほかは、事実上免許を受けられず、自己消費目的のための酒類製造は、事実上不可能であった。
被告人は、このような法制度の下において、
清酒を製造しようと企て、所轄税務署長の清酒製造の免許を受けないで、自宅において、
① 昭和56年12月3日に清酒約27リットルを製造したこと
② 昭和56年12月19日頃清酒10.11リットルを製造し、同時に清酒の原料となる雑酒約34.5リットルを製造したが、雑酒については、12月21日に収税官吏により差押えられたため、清酒製造の目的を遂げなかったこと
③ 昭和59年2月27日に清酒の原料となる雑酒約26.1リットルを製造したが、同日、収税官吏によりこれを差押えられたため、清酒製造の目的を遂げなかったこと
の3つの行為に関して、起訴された。
[裁判上の主張]
無罪だ!
こんな酒も自由に作れない世の中なんて!
世の中なんて・・・何?
え!?・・・よ、世の中なんて・・・ダメです!
(やっぱり、考えてなかったか・・・)
弁護人は、考えうる限りの様々な主張を繰り広げているため、少し詳しく見てみる。
一 ③に関する公訴事実は、上述のように清酒の無免許製造未遂行為であるが、実は告発された犯則事実は、雑酒の無免許製造行為であった。酒類の製造免許は、酒類の種類ごとに受けなければならない(酒税法7条)のであるから、1個の製造行為であっても、受けるべき免許の種類ごとに別個の犯罪行為とせざるをえない。とすれば、犯則事実と公訴事実との間に同一性はなく、③に関する公訴提起は、訴訟条件である有効な告発を欠くことになるから、公訴を棄却すべきである。
二 酒税法の規定の中には種類の製造を一般的に禁止する規定もなく、また、7条2項においては、製造免許は、例えば清酒であれば年間60キロリットルに達しなければ受けることができない旨定めている。ここから、少なくとも酒税法7条1項、54条1項違反の罪は、商品としての酒類を業として製造する行為のみを対象とするものであることが明らかであるから、本件のように自己消費を目的とした酒類の製造は、酒税法7条1項、54条1項には該当しない。
三 酒税法の製造「免許」は、行政法学上、「一般的な不作為義務を特定の場合に解除し、適法に一定の行為をなすことを得しめる行為」として、「許可」の一種である。とすれば、酒税法54条1項の「免許を受けないで」という構成要件は、不作為犯における作為義務に関する規定ではなく、行為者が一般的な不作為義務を解除された者ではないという「消極的身分」を示す構成要件である。しかし、酒税法には、酒類の製造について、これを一般的に禁止する明文の規定はないから、一般的禁止条項がないままの「免許を受けないで」という構成要件は、通常一般人が可罰行為の基準を理解できる程度に達したものとはいえず、明確性の原理に反する。
四 個人が自己の材料で自家用に酒を作り、それを飲んで楽しむということは、個人が料理を作ってこれを食することなどと同様、全く私的事項に属することであって、憲法13条の規定する幸福追求権のなかの人格的自律権に含まれ、「2重の基準」の厳しい基準による合憲性の裏付けが必要であるところ、酒税法の定める酒類製造の免許制度には、立法目的自体に疑問があるばかりか、自己消費目的の酒類製造をも禁止するような規制には、必要性も合理性もない。
[訴訟経過]
第1審判決(千葉地判昭和61・3・26):被告人を罰金三〇万円に処する。
控訴審判決(東京高判昭和61・9・29):控訴棄却
第1審判決が、上記弁護人の主張にいかに応じたのか載せておく。
(1) 一について
「右公訴事実及び告発にかかる反則事実は、被告人に清酒製造の意図があったかどうかによって相違が生じているものの、違反行為の具体的行為、態様は、いずれも「被告人が、税務署長の免許を受けないで、昭和五九年二月一五日ころ、被告人方において、容量約七二リットルの木樽に、白米約一〇キログラム、米こうじ約五キログラム及び水約一二・六リットルを原料として仕込み、同月二七日ころまでに発酵させ、その他の雑酒約二六・一リットルを製造した。」というものであって、社会的に全く同一の行為を対象としているものであるうえ、たとえ、受けるべき免許の種類ごとに別個の無免許製造犯が成立するとしても、被告人の犯意如何によって、清酒の無免許製造犯が成立したり、或は雑酒の無免許製造犯が成立することがあるに過ぎないものであるから、右公訴事実と犯則事実との同一性に欠けるところはないというべきである。」
(2) 二について
「酒税法七条一項は、「酒類を製造しようとする者は、政令で定める手続により、所轄税務署長の免許を受けなければならない。」旨、営業目的であろうと自己消費目的であるとを区別することなく、一律に、酒類を製造するには所轄税務署長の免許を必要とする旨規定し、同法五四条一項も「七条一項の規定による免許を受けないで、酒類を製造した者は、五年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金に処する。」旨、営業目的であると自己消費目的であるとを問わず、無免許で酒類を製造した者に刑罰を科する旨規定しているものであるから、所轄税務署長の免許を受けないで酒類を製造した以上、たとえ、自己等の飲用に供するために製造したもので、販売、利得の目的がなかったとしても、また、その製造の量の多寡を問わず、すべて無免許酒類製造罪を構成するというべきである。」
(3) 三について
「確かに、弁護人が主張するように、酒税法中に酒類製造についての一般的禁止条項はないが、たとえ、右のような一般的禁止条項がないとしても、法の規定全体から見て、規制の対象が明確に示されていれば足りると解すべきところ、前述のように、酒税法は、酒類の製造免許付与に厳しい条件を付してはいるが、その七条一項において、営業目的であると自己消費目的であるとは問わず、「酒類を製造しようとする者は、政令で定める手続により、……所轄税務署長の免許を受けなければならない。」旨規定し、更に、同法五四条一項において「第七条一項……の規定による免許を受けないで、酒類を製造した者は、五年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金に処する。」旨規定しているものであるから、その構成要件の明確性に欠けるところはないというべきである。」
(4) 四について
「弁護人が主張する前記各権利も、個人の経済的自由のひとつであると考えられる。そして、憲法は、その第七章において財政について規定し、国の責務として積極的な国家財政の健全な運営、実施を当然に予定しているものであって、個人の経済的活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なって、右財政政策実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることも憲法は当然に予定し、かつ、許容している」
「財政政策上の目的のために、個人の経済的活動の自由に対してなされる法的規制措置は、その規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、その具体的内容及びその必要性と合理性については、主として立法政策の問題として、立法府の裁量的判断を尊重すべきである。」
「したがって、このような法的規制措置については、裁判所は立法府の政策的、技術的な裁量的判断を尊重するのを建前とし、その合憲性を判断するに当たっては、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限って、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である」
「酒類が生活必需品ではなく、代表的なし好品であり、諸外国においてもその対象に差異があるにしろ、酒類を課税物件として重視し、これに消費税を課し、また、免許制度を採用していること等を考慮すると、酒税法が、その七条一項において酒類製造について免許制度を採用し、二項で免許付与の条件として法定数量を定め、五四条一項で無免許による酒類製造を罰して自己消費目的の酒類製造を禁止しているのは、国が国家財政上重要な酒税収入の確保を図るという財政政策的見地から採用した法的規制措置であり、しかも、その目的において一応の必要性と合理性を認めることができ、また、その規制手段においてそれが著しく不合理であることが明白であるとは認められない。」
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
「酒税法の右各規定は、自己消費を目的とする酒類製造であっても、これを放任するときは酒税収入の減少など酒税の徴収確保に支障を生じる事態が予想されるところから、国の重要な財政収入である酒税の徴収を確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとしたものであり、これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるとはいえず、憲法三一条、一三条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(=サラリーマン税金訴訟判決)の趣旨に徴し明らかであるから、論旨は理由がない。」
[コメント&他サイト紹介]
最高裁の判示は、引用部分がほぼ全文でありまして、とても短文です。今回は、あくまで私の印象ですが、弁護人が物凄く頭がよくて、説得力のある理屈を次から次へと出しているので、それを中心に紹介してみました。結局被告人は負けてしまいましたけれど、かなり高レベルの弁護活動だったのではないかと私は思います。この弁護人の主張から学べることはかなり多いはずです。
他サイト様は、甲斐素直教授の、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/701doburoku.htm
・・・の中の「四 判例の立場」以降がオススメです。
また、聖地巡礼様の、
http://ameblo.jp/seichi-junrei/entry-11324658564.html
・・・この記事は、学習の参考になるというよりは、面白い試みで、このような試みは、個人的にかなり好きなので紹介してみました。