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2項強盗における不法の利益(百選38事件)


2項強盗における不法の利益(最判昭和32913、百選(第6版)38事件、百選(第7版)40事件)

 

[事実の概要]

 

被告人は、真言宗教師試補Aと信仰関係で知合の間柄で、同女が多額の金銭を貯えこれを他に融通しているところから、被告人自身も昭和292月頃6万円、同年3月頃5万円、計11万円を自己の営業費や家族の生計費等に資するため借り受けると共に、その頃同女の他人に対する貸金の斡旋取立等を委任されるに至った。

 

しかし、交付を受けた金員について被告人がほとんど同女の手許までその返済をしなかったため、被告人に対して不信をいだくようになった同女から再三その返済方を督促され、これに対し被告人は、長崎県島原の実兄に依頼して預金がしてあり、それが320万円位になっている旨虚言を弄していた。

 

同年612日夜、路傍で同女に出逢った際にも強く返済を迫られた上「もうこれ以上だますと警察や信者にばらす」といわれたので、被告人は「明日の晩全部支払うから待ってくれ」といってその場をいいつくろったものの、これが返済の手段がなかったので、前記貸借につき証書もなくその内容は分明を欠き、また、同女が死亡すれば被告人以外にその詳細を知る者のないことに思をいたし、むしろ同女を殺害して債務の履行を免かれようと企図した。

 

そこで、同女に対し「明晩金を渡すから芝居を観に行って一幕早く帰って来てくれ、家では人が来るといけないから何処かの家をかりてそこで支払うことにしよう」と申し向け、翌13日夜、被告人の言葉に従い観劇に行った同市通町劇場「B」を一幕先に立ち出て被告人方に立ち寄った同女と共に被告人方を出て、同市大字C水門より約85メートル上流の人家がなく人通りの稀な道路上に差しかかるや、同女の後部にまわり矢庭に所携の薪様の兇器をもつて同女の頭部等を殴打し、よって頭部、顔面等に多数の裂創挫創等を負わせ人事不省に陥らしめたが、同女が即死したものと軽信しそのままその場を立ち去ったので、同女の右創傷が被告人の意に反し致命傷に至らなかったため殺害の目的を遂げなかった。

 

 

[裁判上の主張]

 

検察側は、

 

被告人の行為は、2項強盗による強盗殺人未遂罪(刑法2362項、240条後段、243条)に該当すると主張した。

 

弁護側は、

 

     被告人には、殺害する意図はなかったし、

 

     大判明治43617の先例は、2項強盗の成立には、処分行為が必要であり、「債務者が債務の履行を免れる目的を以て単に債権者を殺害する行為の如きは同条項の強盗罪を以て論ずることを得」ないと判示しており、被告人の行為は2項強盗の対象とはならない

 

・・・ので、傷害罪にとどまると主張した。

 

※ちなみに、仮に①の主張のみ認められたら、被告人の行為は、強盗傷害罪となり、②の主張のみ認められたら、被告人の行為は、殺人未遂罪となる。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(福岡地判昭和291223):被告人を懲役15に処する。

 

控訴審判決(福岡高判昭和31516):

 

原判決を破棄する。

被告人を懲役10に処する。

 

 

1審判決は、事案を淡々と処理しているのみで見るべき点はない。

 

控訴審判決は、

 

弁護側の主張①(=殺意がなかった)に対し、

 

午後九時より同十時の間において人通りのない川の堤防上で本件犯行が行われたこと年齢当時68であった被害者の後頭部を殴打していること及び創傷の部位程度より見て致命傷となる可能性の存すること並びに被告人が当時原判示の如く被害者河野に対する債務履行につき窮地にあつた事情」

 

・・・等から、殺意の存在を認定した。

 

 

また、弁護側の主張②(=処分行為がなく、2項強盗ではない)に対しては、

 

「債務者が債務の履行を免れる目的を以て単に債権者を殺害する行為の如きは同条項の強盗罪を以て論ずべきではない」

 

・・・として、大判明治43617の先例の立場を引き継ぎつつも、

 

大判昭和658(タクシー運転手の首を絞めて逃走した事案において、「運転手が乗客に顔なじみがない為、事実上その運賃の支払請求を為し得ない結果、犯人は運賃の支払を免かれ」ることを理由に、2項強盗成立に処分行為を必要とする大判昭和43617の立場を引き継ぎながらも、「不作為による財産上の処分を強制した」と評価し、2項強盗の成立を認めた)を本件と軌を一にする先例として挙げ、

 

「本件の被害者Aには実子もなく全くの独り暮しであり、その被告人に対する貸付金はもとより形式上被告人を金主として被告人を通じて他人に貸付けたもの及び被告人に其の取立を委任した第三者に対する貸金についてもこれを証する借用証等がないのみならず被告人とA以外に貸金の内容を知る者がなく且両者間においてすらAの被告人に貸付けた合計金11万円の金員を除いた第三者への貸付金の額が分明でない事実が原判決引用の証拠によって明白に認定できる」

 

「従って被告人がAを殺害すれば被告人以外に前記貸借の真相を知る者のない本件においては被告人自身右貸借の内容を発表しない限り右は全く五里霧中に帰し結局被告人は其の債務の履行をなすを要しない結果を招来し終局的に財産上不法の利益を得るに至ることは自明の理であり、かかる被告人の所為が刑法第二百三十六条第二項の強盗罪を構成すること勿論である」

 

・・・と判示した。

 

 

なお、控訴審が第1審判決を破棄したのは、

 

「本件犯罪の動機態様より見れば被告人の所為は全く凶悪と謂うべきであるけれども其の犯行が未遂であったことと被害者Aのその後の健康状態が特に悪化したとも思われない事実その他諸般の事情を綜合すれば原審の被告人に対する懲役15年の量刑はやや重きに過ぎ不当である」・・・という理由である。

 

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

 

 

理    由

 

弁護側の主張②(=処分行為がなく、2項強盗ではない)に対し、

 

「所論のとおり大審院明治43617日判決は、刑法2362項の罪の成立するがためには犯人が他人に財産上作為又は不作為の処分を強制することを要し、債務の履行を免れる目的をもって単に債権者を殺害するがごときは同罪をもって論ずることを得ないものとしている。」

 

「しかし、右2362項の罪は1項の罪と同じく処罰すべきものと規定され、1項の罪とは不法利得と財物強取とを異にする外、その構成要素に何らの差異がなく、1項の罪におけると同じく相手方の反抗を抑圧すべき暴行、脅迫の手段を用いて財産上不法利得するをもって足り、必ずしも相手方の意思による処分行為を強制することを要するものではない。犯人が債務の支払を免れる目的をもって債権者に対しその反抗を抑圧すべき暴行、脅迫を加え、債権者をして支払の請求をしない旨を表示せしめて支払を免れた場合であると、右の手段により債権者をして事実上支払の請求をすることができない状態に陥らしめて支払を免れた場合であるとを問わず、ひとしく右2362項の不法利得罪を構成するものと解すべきである。」

 

「この意味において前示明治四三年判例は変更されるべきである(なお、大審院昭和658日判決が、犯人において債務の支払を免れるため暴行の手段を用い債権者をしてその支払の請求をなすことを不能ならしめる状態に陥らしめたことをもって、前示明治43年判例のいわゆる他人に不作為による財産上の処分を強制したものに外ならない旨の附加説示をしている点は、強いて明治43年判例との調和を図ろうとした説示という外はない)。」

 

・・・と判示している。

 

 

[コメント&他サイト紹介]

 

今回の内容は、大判明治43617→大判昭和658→本判決という流れを押さえられたら、簡単に理解できると思います。まぁ結論としては、2項強盗成立に処分行為は要らないってだけですしね。

 

本判決については、安田先生の百選解説(6版)がおススメです。本判決に関わる部分を一言でまとめるなら、本判決の①債務者が事実上債務の支払を免れられたという事情と、②債権者から強く返済を迫られていた事情は、2項強盗成立にとって、判例上とても重要なファクターだよ~という話ですが、分かりやすい解説ですので、一読をおススメいたします。

 

他サイト様としては、本判例を分析されたものはありませんでした。

 

2項強盗における処分行為の要否に関しまして、「答案振り返りブログ」様の、

 

http://blog.livedoor.jp/hokurikuno_chung/archives/786884.html

 

・・・が論証の叩き台としては、ご参考になるかもしれません。

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