黙示の処分行為と恐喝罪(最決昭和43・12・11、百選(第6版)59事件、百選(第7版)61事件)
[事実の概要]
被告人は、
第一、昭和42年6月24日頃、飲食店A(経営者はC)において、Bに対し返済の意思及び能力がないのにこれがあるように装い「明日又は遅くとも明後日までには必ず返すから3万円貸してくれ」と申し向け、Bをしてその旨誤信させ、よって即時同所において同人から現金2万円の交付を受けてこれを騙取し、
第二、同月30日午前2時頃、喫茶店D(経営者は右B)において、同店従業員E(21歳)が飲食代金2440円の支払方を請求したところ、Eを脅迫して右請求を断念させようと考え、E等に対し「そんな請求をしてわしの顔を汚す気か、お前は口が過ぎる、なめたことを言うな、こんな店をつぶす位簡単だ」等と申し向けて脅迫し、E等をして右代金の請求を断念しなければいかなる危害を加えるかも知れないと畏怖させて、その請求を一時断念するに至らせ、右代金2440円の支払いを免れ、もつて財産上右相当額の不法の利益を得た。
※第二行為は、より具体的には、29日午後6時30分頃、被告人は女性一人を伴って、喫茶店Dに赴き、チェリーブランデー、ビール等を注文して合計2440円相当の飲食をし、同店のバーテンEに「また後で来るから代金はつけておいてくれ」と申し向けて一旦店を出て、その際は、Eも被告人が後程来店して支払うものと考え、それを了承していた。
※そして、その後被告人は30日の午前1時半頃(つまりは、約7時間後)、再び同店を訪れ、ビールや付出など370円相当の飲食をした。Eから370円と、前の2440円の二口の請求書を呈示され、まず370円の方を1000円札で支払ったのち、Eから「この分もお願いします」といって、右2440円の支払を督促されるや、「こんなに飲んでおらんで」などと因縁をつけて開き直り、経営者のB等が居合せるなかで、上述の脅迫文言を申し向けて、右E等を畏怖させ、その結果E等をして右代金の請求を一時断念するに至らせた、というものであった。
[裁判上の主張]
検察側は、第1行為につき、詐欺罪(刑法246条1項)、第2行為につき、恐喝利得罪(刑法249条2項)の成立を主張した。
弁護側は、
第2行為について、恐喝罪においても被害者の処分行為を必要とすると解すべきところ、本件では、被害者側の弁済時期延期の意思表示その他の具体的処分行為がない。また、本件のような請求の一時断念は財産上の利益に該当せず,その経済利益の可罰性には疑問がある、として恐喝罪は成立しない、と主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(松江地判昭和43・2・15):被告人を懲役1年2月に処する。
控訴審判決(広島高判昭和43・7・22):本件控訴を棄却する。
第1審判決は、事実に法令を淡々と適用しているにすぎず、見るべきところはない。
控訴審判決は、
上記弁護側の主張(=処分行為や財産上の利益侵害がなく、恐喝罪は成立しない)に対し、
「本件では被害者の側から被告人に対し右飲食代金の支払猶予やその免除方等を明示的に申出た形跡は認められず、被告人が右代金の支払を永久に免れたとまでは認定できないけれども、恐喝罪における財産上不法の利益とは、必ずしも積極的な利得だけに止どまらず、消極的に、しかも一時債務の支払を免れる場合のように一時的便宜を得ることもこれに含むと解するのが相当であり、また本件において、被害者側が飲食代金の即時支払方を請求したのに対し、被告人が原判示の脅迫文言を申し向けて被害者等を畏怖させ、よって被害者側の請求を一時断念せしめた以上、そこに被害者側の黙示的な少なくとも支払猶予の処分行為が存在するものと認めて差支えないところである」
・・・とその主張を斥けている。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由(全文)
「弁護人Lの上告趣意は、判例違反をいう点もあるが、所論引用の判例は本件と事案を異にし、その余は単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由にあたらない。(なお原裁判所が、被告人が一審判決判示の脅迫文言を申し向けて被害者等を畏怖させ、よって被害者側の請求を断念せしめた以上、そこに被害者側の黙示的な少なくとも支払猶予の処分行為が存在するものと認め、恐喝罪の成立を肯定したのは相当である。)また、記録を調べても、同法411条を適用すべきものとは認められない。」
「よって、同法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
[コメント&他サイト紹介]
高裁判決を最高裁判決が、そのまま是認した事を踏まえますと、本判決の意義は、恐喝利得罪においては、①「財産上不法の利益とは、必ずしも積極的な利得だけに止どまらず、消極的に、しかも一時債務の支払を免れる場合のように一時的便宜を得ることもこれに含む」こと、及び、②(2項強盗の場合とは異なり、処分行為は必要だけれども、)「黙示的な」もので足りるとしたことです。
本判決については、岡上准教授の百選解説(第6版)がおススメです。本判決への分析という点では物足りない気もしますが、処分行為や財産上の利益について、詐欺利得罪と恐喝利得罪を比較しながら丁寧に説明してくださっています。
他サイト様としましては、
「ほりかわ行政書士事務所」様の、
http://www.hhl.jp/iframe/accfrm/acckj005.html
・・・が、この判例について分析してくださっています。