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観念的競合か併合罪か(百選103事件)


 

観念的競合か併合罪か(最大判昭和49・5・29、百選(第6版)103事件、百選(第7版)103事件)

 

【事実の概要】

 

(1) 被告人は、自動車運転の業務に従事していた者である

(2) 昭和45年8月6日午後8時30分頃から被告人経営の伊東市富戸伊豆海洋公園内食堂の調理場でウイスキー(ポケット瓶)一本半位を飲み、同日午後10時頃から同市松原丸山町の旅館で清酒4合位を飲み、

(3) 同市午後11時頃、同市南町にある自宅に帰ろうとして、呼気一リットルにつき1ミリグラム以上のアルコールを身体に保有しその影響により正常な運転ができないおそれがある状態で普通乗用自動車を運転した。

(4) そして、旅館を出発し、同市内の道路を時速約70キロメートルで進行中、酒の酔いのため前方注視が困難な状態に陥ったが、このような場合、自動車運転者としてはただちに運転を中止し事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、これを怠り、そのまま運転を継続した過失により、自車を道路の右側に進入させた上、進路前方道路の車道右端を同方向に向かって歩行中のA(当時20歳)を約24メートルに接近してはじめて発見し、急制動したが間に合わず、自車右前部をAに衝突させてAを路上に転倒させ、よってAをして翌7日午前3時25分頃同市中央町所在の伊東病院において全身打撲傷、脳挫傷、肺損傷等により死亡するに至らせた。

 

【裁判上の主張】

 

検察側は、「呼気一リットルにつき1ミリグラム以上のアルコールを身体に保有しその影響により正常な運転ができないおそれがある状態で普通乗用自動車を運転した」行為が、酒酔い運転の罪(改正前道路交通法65条、117条の2第1号)に該当し、

過失によりAを撥ね殺した行為が、業務上過失致死罪(刑法211条前段)に該当すると主張した。

 

【訴訟の経過】

 

第一審においても控訴審においても罪数関係は争点となっていない。淡々と処理しているのみである。

なお、本事件において、量刑不当を理由に控訴したのは検察側である。

 

第一審判決(静岡地沼津支部判昭和46・8・25)

 

  主   文

 

被告人を懲役1年2か月に処する。

未決勾留日数は、全部右本刑に算入する。

この裁判確定の日から3年間右刑の執行を猶予する

 

  理   由

 

「(法令の適用)

一 判示一の事実 道路交通法(右法律による改正前)65条、117条の2第1,道路交通法施行令(昭和四五年政令第227号による改正前)26条の2(懲役刑選択)

二 判示二の事実 刑法211条前段、罰金等臨時措置法3条1項1号(懲役刑選択)

三 併合罪加重(右各罪) 刑法45条前段、47条、10条(重い判示二の罪の刑に加重)

四 未決勾留日数算入(8日全部) 刑法21条

五 執行猶予 刑法25条1項1号」

 

控訴審判決(東京高判昭和47・8・15)

 

  主   文

 

原判決を破棄する。

被告人を禁錮10か月に処する。

原審における未決勾留日数中8日(全部)を右本刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

 

  理   由

 

「原判決が確定した事実に法律を適用すると、原判示一の所為は、改正前の道路交通法第65条、第117条の2第1号、改正前の道路交通法施行令第26条の2、罰金等臨時措置法第2条に、原判示二の所為は刑法第二211条前段、罰金等臨時措置法第2条、第3条に該当するので、所定刑中、前者については懲役刑を、後者については禁錮刑を選択の上、以上は刑法第45条前段の併合罪であるから、同法第47条本文及び但書、第10条を適用して、重い後者の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を禁錮10か月に処し、同法第21条により、原審に於ける未決勾留日数中8日を右本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百181条第1項本文により全部之を被告人に負担させることとして、主文の通り判決する。」

 

※ 控訴審が執行猶予をつけなかったのは、酒酔い運転による人身事故を惹起し業務上過失傷害等で罰金2万円に処せられていた同種前科がある上、速度違反で一回、駐車違反で二回と各罰金刑の処分を受けていたことや、被告人の酩酊度が、事故後1時間40分経過した時点においてもなお、強い酒臭が感じられ、歩行は未だふらふらしているような状態で、到底正常な運転は期待できない状態であり、そんな状況での自動車運転は、自他に対する危険性が極めて大きいこと、などを理由として挙げています。

 

※ この控訴審判決に対して、弁護側が、「酒に酔い正常な運転ができないおそれのある状態で普通乗用自動車を運転した罪と酒酔いのため前方注視が困難な状態に陥り直ちに運転を中止し事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、これを怠って運転を継続した過失による業務上過失致死罪とが同一の機会に発生した事案につき、右両罪は併合罪の関係にあると判示しているが、この判断は最決昭和33・4・10に違反する」として、上告しました。

 

【判示内容】

 

  主   文

 

本件上告を棄却する。

 

  理   由

 

(1)最決昭和33・4・10と本事案は同一のケースと捉えるべきか否か

 

「(最決昭和33・4・10は、)極度の疲労と睡気を覚え、ために前方を十分注視することも、ハンドル、ブレーキ等の確実な操作もできない状態にあって正常な運転をすることができないおそれがあったので、運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠って仮睡状態のまま自動車の運転を継続した過失により前方を同方向に進行中の2台の自転車に相次いで衝突し、1名に傷害を負わせ、1名を死に至らしめたという事案につき、無謀運転と業務上過失傷害、無謀運転と業務上過失致死の間にはそれぞれ観念的競合の関係があり結局一罪として処断すべきであるとの原判断は正当であると判示したものである」

「が、これを本件事案と対比すると、いずれも、正常な運転ができないおそれがある状態での道路交通法規に違反した運転の継続中に運転中止義務違反の過失による業務上過失致死傷が行なわれたことは共通であり、ただ正常な運転ができないおそれがある状態が一方は過労と睡気のためであるのに対し、他方はアルコールの影響によるものであるという点を異にするにすぎないものであるから、両者は同種の事案というほかはない。したがって、所論のとおり原判決は右判例と相反する判断のもとになされたものといわなければならない。」

 

(2)最決昭和33・4・10は正しいか否か

 

「しかしながら、刑法54条1項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである。」

 

「ところで、本件の事例のような、酒に酔った状態で自動車を運転中に過って人身事故を発生させた場合についてみるに、もともと自動車を運転する行為は、その形態が、通常、時間的継続と場所的移動とを伴うものであるのに対し、その過程において人身事故を発生させる行為は、運転継続中における一時点一場所における事象であって、前記の自然的観察からするならば、両者は、酒に酔った状態で運転したことが事故を惹起した過失の内容をなすものかどうかにかかわりなく、社会的見解上別個のものと評価すべきであって、これを一個のものとみることはできない。」

 

「したがって、本件における酒酔い運転の罪とその運転中に行なわれた業務上過失致死の罪とは併合罪の関係にあるものと解するのが相当であり、原判決のこの点に関する結論は正当というべきである。以上の理由により、当裁判所は、所論引用の最高裁判所の判例を変更して、原判決の判断を維持するのを相当と認めるので、結局、最高裁判所の判例違反をいう論旨は原判決破棄の理由とはなりえない」

 

【コメント&他サイト紹介】

 

判例を変更しておきながら、「結局、最高裁判所の判例違反をいう論旨は原判決破棄の理由とはなりえない」とは……理不尽さが凄いですね、もっとこう申し訳なさそうにして欲しい気もしますが(笑)

今回は、54条1項前段にいう「一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいう」という表現を押さえることがとても重要です。「動態」って表現も忘れずに押さえておいてくださいね。判例は、「不作為もここにいう動態に含まれる」(最大判昭和51・9・22)と理解していますから、この定義が不作為も視野にいれた定義であるために、とても重要な表現なのです。

 

まぁ、後は具体的な帰結を覚えればそれでオッケーだと思います。

即ち、(酔いながら)自動車を運転する行為と、(過失により)人身事故を発生する行為は、「社会的見解上一個のものとの評価をうける」か否かです。

本判例を踏まえて、よく説明されるのが、自動車を運転する行為は、時系列で考えると線の行為であるのに対し、過失により結果を発生させる行為は、時系列で考えると点の行為であるため、別個の行為だ、という表現です。

それをもう少し格好よく言うと、本判例の「通常、時間的継続と場所的移動とを伴うもの」と、「運転継続中における一時点一場所における事象」とは別個の行為だ、という表現になるわけですね。

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