Home // 判例解説 // 刑法判例解説 // 窃盗罪の既遂時期(百選32事件)

窃盗罪の既遂時期(百選32事件)


窃盗罪の既遂時期(東京高判平成41028、百選(第6版)32事件、百選(第7版)34事件)

 

[事実の概要]

 

被告人は、スーパーマーケットA店の店内において、買物かごに入れた商品35点(時価合計6700円相当)をレジで代金を支払うことなく持ち帰って窃取しようと考え、店員の監視の隙を見て、レジの脇のパン棚の脇から、右買物かごをレジの外側に持ち出し、これをカウンター(サッカー台)の上に置いて、同店備付けのビニール袋に商品を移そうとしたところを、店員に取り押えられた。

 

なお、スーパーマーケットA店は、売り場区画の出口にレジ区域が設定されている「レジ通過型セルフ店舗」である。

 

※たいていのスーパーやコンビニは、「レジ通過型セルフ店舗」である。もっとも、大半のコンビニにおいては、買物かごからビニール袋に移す作業をする場所がなく、レジを通ればすぐ出口であるから、コンビニの場合は、このように分類する実益はない。

 

※これとは異なり、売り場面積の広い洋服店等に多いが、売り場区画の中にキャッシャーが複数存在して、そこでお金を払うタイプも多い。(「レジ通過型セルフ店舗」とは、売り場区域とレジ区域を明確に分離できない点で異なる)

 

 

[裁判上の主張]

 

 

検察側は、

 

被告人の行為は、窃盗罪(刑法235条)に該当すると主張した。

 

弁護側は、

 

被告人は、「商品をかごの中から取出してビニール袋に入れようとした際に、男子店員に取り押さえられた」のであり、右時点においては、商品の占有は未だ商店主にあったと認められ、窃盗は未遂に止まるというべきだから、窃盗未遂罪(刑法235条、243条)が成立するにすぎない、と主張した。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(松戸簡判平成4427):被告人を懲役10に処する。

 

 

被告人が実刑判決になったのは、後述するように同種前科等があったからである。

 

これに対し、弁護側が、①上記の未遂にとどまるという主張及び②量刑不当を理由として、控訴した。

 

それに対する判断が、下記の判示である。

 

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。
右猶予期間中被告人を保護観察に付する

 

 

理    由

 

(1)窃盗罪の既遂時期

 

「以上の事実関係の下においては、被告人がレジで代金を支払わずに、その外側に商品を持ち出した時点で、商品の占有は被告人に帰属し、窃盗は既遂に達すると解すべきである。なぜなら、右のように、買物かごに商品を入れた犯人がレジを通過することなくその外側に出たときは、代金を支払ってレジの外側へ出た一般の買物客と外観上区別がつかなくなり、犯人が最終的に商品を取得する蓋然性が飛躍的に増大すると考えられるからである。
 所論は、これと異なり、窃盗既遂罪の成立には、犯人が買物かご内の商品を別の袋に移転することを必要とする旨主張するが、右見解は採用することができない。」

 

(2)量刑判断

 

被告人は、「昭和54年以来、しばしば窃盗を繰り返し、昭和607月には窃盗罪(すり)により懲役1年・3年間刑の執行猶予の裁判を受け、昭和617月には右猶予期間中に犯した窃盗(すり)の罪により、再度刑の執行を猶予されるという恩典に浴しながら(懲役1年・4年間執行猶予・保護観察)、その猶予期間中である昭和624月またも窃盗(万引)を犯して起訴猶予処分に付され、更に猶予期間満了後一年数か月を経過した時点で、本件犯行に及んだ」し、

 

「家庭の経済状態も悪くはなく、窃盗を重ねなければ、生活に困るような事情は全くなかった」のに犯行に及んでおり、実刑判決とした第1審判決は十分に理解できるが、

 

「被告人は、昭和46年に長女を出産して間もなく、難聴に陥り、以後これが原因で精神状態が不安定になったと認められるが、前記一連の窃盗罪の前科前歴は、全てそれ以降のもの」であり、

 

「被告人は、原審公判の途中から再び精神科医師の治療を受けるようになり、その精神状態は以前に比べ改善されつつあること、被告人の夫は、単身赴任で家庭生活がおろそかになったことを深く反省し、本件後は二人の子供とともに努めて明るく振る舞うことで被告人の気持を引き立てる一方、買物は被告人にさせないようにするなど、家族一丸となって被告人のために配慮しており、今後もその更生に尽力する決意であること、被告人が服役することになれば、会社員の夫はもとより、未だ結婚前の長男、長女の将来にも悪影響を及ぼすおそれがあること、被告人自身も、これらの諸点を自覚し、今後は医師の指示に従って治療を継続し、犯行を誘発するような公の場所には、できる限り出入りしない決意を固めていること」等を考慮して、

 

「以上の情状のほか、幸い本件犯行の被害が比較的軽微なものに止まり、かつ、被害が速やかに回復されたこと等の事情を併せ考えると、被告人に対しては、今一度だけ長期間刑の執行を猶予し、保護観察実施機関の協力も得て、社会にあって更生への途を歩ませるのが相当である」

 

・・・と判断している。

 

[コメント&他サイト紹介]

 

何とも言えない話ですね。本件に執行猶予がつくか否かは、裁判官の考え方次第である気がします。執行猶予がつかない可能性の方が大きいような気が私はするのですが。

 

本判決のポイントは、本件スーパーマーケットAのような「レジ通過型セルフ店舗」においては、例え同一敷地内であっても、「レジ区画」を通過すれば、「犯人が最終的に商品を取得する蓋然性が飛躍的に増大する」ことから、代金を支払うことなくレジを通過することによって、窃盗は既遂に達する(=自己の支配下に移し、「窃取した」といえる)と考えていることです。

 

何故、「犯人が最終的に商品を取得する蓋然性が飛躍的に増大する」と言えるかというと、このような店舗においては、慣行上(従業員の意識としても周りの客の意識としても)、レジ外側は、会計を終えたものとみなされるため、「代金を支払ってレジの外側へ出た一般の買物客と外観上区別がつかなくな」る(=発覚が困難になる)からです。

 

以上からすると、本事例と似たような事案を処理する場合には、このように「レジ通過型セルフ店舗」における「レジ」の機能に着目して分析すればよいと思われます。

 

他サイト様としましては、

本判例を分析されたもの及び、窃盗罪の既遂時期に関する有益な記事は見当たりませんでした。

ただ、窃盗罪を簡単に概観できるものとして、「泉総合法律事務所」様の

http://www.spring-law.com/keiji/settou.html

・・・及び、著者不明の、

http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/4060/saeki/settou.htm

・・・が有益であると思います。

Top