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窃盗罪の保護法益(百選25事件)


窃盗罪の保護法益(最決平成177、百選(第6版)25事件、百選(第7版)26事件)

 

[事実の概要]

 

被告人Xは、衣料品の製造販売の仕事のかたわら、同業者に金を貸したりしていたが、本格的に貸金業を営むに至った。

 

そして、知人から自動車を担保に金を貸せば貸し倒れがないからもうかるとの話を聞いて、被告人Xは、いわゆる自動車金融の形式により、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律による利息の制限を免れる外形を採って高利を得る一方、融資金の返済が滞ったときには自動車を転売して多額の利益をあげようと企てた。

 

そこで、友人から紹介を受けた暴力団員であるYを共同経営者として、その営業を開始した。

 

そして、「車預からず融資、残債有りも可」という広告を出し、これを見て営業所を訪れた客に対し、自動車の時価の二分の一ないし一〇分の一程度の融資金額を提示したうえ、用意してある買戻約款付自動車売買契約書に署名押印させて融資をしていた。

 

契約書に書かれた契約内容は、借主が自動車を融資金額で被告人に売渡してその所有権と占有権を被告人に移転し、返済期限に相当する買戻期限までに融資金額に一定の利息を付した金額を支払って買戻権を行使しない限り、被告人が自動車を任意に処分することができるというものであった。

 

しかし、契約当事者の間では、借主が契約後も自動車を保管し、利用することができることは、当然の前提とされていた。

 

また、被告人としては、自動車を転売した方が格段に利益が大きいため、借主が返済期限に遅れれば直ちに自動車を引き揚げて転売するつもりであったが、客に対してはその意図を秘し、時たま説明を求める客に対しても「不動産の譲渡担保と同じことだ。」とか「車を引き揚げるのは100人に1人位で、よほどひどく遅れたときだ。」などと説明するのみであり、客には契約書の写しを渡さなかった

 

借主は、契約後も、従前どおり自宅、勤務先等の保管場所で自動車を保管し、これを使用していた。また、借主の中には、買戻権を喪失する以前に自動車を引き揚げられた者もあり、その他の者も、次の営業日か短時日中に融資金を返済する手筈であつた。

 

被告人又はその命を受けた者は、一部の自動車については返済期限の前日又は未明、その他の自動車についても返済期限の翌日未明又は数日中に、借主の自宅、勤務先等の保管場所に赴き、同行した合鍵屋に作らせた合鍵又は契約当日自動車の点検に必要であるといって預かったキーで密かに合鍵屋に作らせたスペアキーを利用し、あるいはレッカー車に牽引させて借主等に断ることなしに(計32回にわたって、)自動車を引き揚げ、数日中にこれらを転売し、あるいは転売しようとしていた。

 

 

[裁判上の主張]

 

 

検察側は、

 

     貸付金額よりずっと価値が大きな自動車を担保とする金員の貸付は、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(出資法)51(=金銭の貸付を行う者が所定の割合を超える利息の契約をし又はこれを超える利息を受領する行為を処罰する規定)違反であり、

 

     自動車の無断での引き上げ行為は、窃盗罪(刑法235条)を構成する

 

・・・と主張した。

 

 

他方、弁護側は、

 

     出資法51項違反については、本件各融資が売買契約の方法をもってなされている以上、出資法の適用はないものと誤信していたため、故意がないし、

 

     買戻し期限内に権利を行使しなかった売主(=お金を借りた人)からその車を引き揚げた行為は窃盗罪にあたらないと誤信していたため、故意がない

 

・・・と主張した。

 

※ちなみに、何故弁護側が、本権説的主張を前提としながら、端的に、「車の引き上げ行為は、自己が権利を有する物を回収しただけであるから「他人の財物」にあたらない」、と主張しなかったのかというと、本件被告人は、返済期日直後に車を引き揚げているケースのみならず、返済期日直前に車を引き揚げたケースもあったため、この場合には、所有権的にも未だ車は借主の物であり、「他人の財物」にあたる事が明らかだからである。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決:被告人を懲役2及び罰金15万円に処する

 

控訴審判決:

 

原判決を破棄する。

被告人を懲役18か月及び罰金15万円に処する

 

 

1審判決は、端的に事実を認定し、法令を適用しただけであり、さして見るべきところはない。

 

 

控訴審判決は、

 

(1)①の点(=出資法違反)について

 

「関係証拠によれば、被告人は、本件の各融資が買戻約款付自動車売買契約の形式で行なわれていても、その実質が金銭の貸付であって出資法の適用があり、その利息の定め(天引額も含む)が同法に違反していることを十分に認識していたものであることが認められるので、右の所論は採用し難い。」

 

・・・として、弁護側の主張を斥け、

 

(2)②の点(=窃盗罪)について

 

「当初の買戻約款付売買契約が内容において暴利的要素を含むのみならず、方法においても借主側の無知窮迫に乗じた悪質なものであり、契約の無効ないしは取消の可能性も大いに考えられ、所有権が被告人側に移転しているかどうかにつき法律上紛争の余地を十分に残している」

 

「仮に契約が有効だとしても、担保提供者は、被告人側の了解のもとに、従前どおりその自動車を平穏かつ独占的に利用保管していたものであり、しかも、返済期日の前日又は当日の未明に無断で引き揚げたものについては未だ買戻権が喪失していない時期に権原なくしてなされた不法のものであり、」

 

「また、プラザが営業しておらず、従って返済金の受領態勢にない休日等が返済期日に当たっていたものにつき、その当日又は翌日の未明のうちに無断で引き揚げたことについても買戻権喪失事由が発生しているかは疑問であり、少なくとも権利濫用とみられないではなく、」

 

「また、返済期日当日ないし数日のうちに無断で引き揚げたものについても、被告人らにおいて受領遅滞、あるいは権利濫用により買戻権喪失事由が発生しているかは疑問があり、その他返済期日の延伸を承諾したことにより同様の疑問のあるものがあって、担保提供者において、返済期日の前日はもとより、当日ないしは数日のうちに承諾もなく、これが引き揚げられるとは予想もし難い事情にあつたものであることなどの事情を考慮すると、担保提供者の占有はいまだ法律上の保護に値する利益を有していたものと認められるので、被告人らの行為が窃盗罪を構成するものであることは明らか」

 

・・・と評価した上で、弁護側の窃盗罪の故意を欠くという主張に対し、

 

「被告人において、仮に、所論のような警察官との応接、弁護士からの助言、新しい契約書の作成等の事情により本件各引揚行為が窃盗罪にならないと誤信していたとしても、法律上の錯誤(窃盗罪に該当するかどうかの錯誤)は、故意を阻却しないと解するのが相当であるから、右所論も採用しない。」

 

・・・として、その主張を一蹴している。

 

(3)おまけ(=第1審判決を破棄した理由)

 

このように、大筋は、第1審判決も控訴審判決も検察側の主張を概ね認めたものであまり変わらないのだが、出資法51項に違反して色んな人に金を貸した行為を包括一罪と評価するか、併合罪と評価するかで判断が分かれ、これを理由に第1審判決は破棄された。

 

すなわち、「原判決(=第1審判決)は、法令を適用するにあたり、同判示(起訴状引用)の出資法五条一項違反の各所為を包括一罪と評価したうえで罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で処断していることが明らかである。」

 

「ところで、出資法五条一項は、金銭の貸付を行う者が所定の割合を超える利息の契約をし又はこれを超える利息を受領する行為を処罰する規定であるところ、その立法趣旨はいわゆる高金利を取り締って健全な金融秩序の保持に資することにあり、業として行うことが要件とされていないなど、右罰則がその性質上同種行為の無制約的な反覆累行を予定しているとは考えられない。」

 

「したがって、法五条一項違反の罪が反覆累行された場合には、特段の事情のない限り、個々の契約又は受領ごとに一罪が成立し、併合罪として処断すべきであり,営業行為としてされたことをもつて包括して一罪との評価をすべき事由とするのは相当でない」

 

・・・その結果、原判決のように出資法51項違反について罰金刑を選択したとき、包括一罪とした場合の処断刑は30万円以下であるのに対し、併合罪とした場合の処断刑は900万円以下であって、処断刑がかなり異なり得るため、原審は原判決とは異なる刑を言い渡していた可能性があり、法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、「原判決中、出資法違反に関する部分は破棄を免れない」としたのである。

 

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

 

 

理    由

 

 

「以上の事実に照らすと、被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有権があったとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない。したがって、これと同旨の原判決の判断は正当である。」

 

 

 

[コメント&他サイト紹介]

 

本判決によって、占有説を採用する判例の立場が再確認されると共に、「社会通念上」受忍の限度内なのであれば、違法性が阻却される可能性があることが示唆されたものと評価されています。

 

他サイト様としては、

判例分析は例によって存在せず、

窃盗罪を概観しているものとしましては、正直オススメはないのですが、「司法試験」様の、

http://blog.goo.ne.jp/ministry-of-sound/e/bd2296390d74c613b067a89bf0cf585e

・・・が、色々探しました結果、一番分かりやすくまとまっているような気がします。

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