放火罪の既遂時期(最判昭和25・5・25、百選(第6版)82事件、百選(第7版)80事件)
[事実の概要]
被告人Xは貸家業を営んでおり、昭和21年9月中旬頃、親の代から知り合いのAと契約し、同人より東京都品川区にある合計68坪の土地を3年間無権利金、無地代で提供を受けた。
被告人Xにおいて、右地上に4棟8戸の店舗を建設し、その権利金及び家賃等の収益はすべて右Aと平分取得することとし、同年同月下旬頃建築に着手し、同年11月25日頃東京都建設局建築課にA名義をもつて建築許可申請をした。
その申請に対して、昭和22年1月6日付で、一棟二戸(申請第4号)及び一棟二戸(申請第1号)は許可されて、建築もすでに完成していた。
しかし、申請第4号と申請第1号の両者の中間に位置する申請第3号の分は、その面する道路が狭くて、市街地建築物法第8条に抵触するという理由で許可されなかった。
また、申請第2号の一棟二戸の建物については、同様の理由で不許可となるべきところ、既に工事に着手し半ば完成していた関係上、一応敷地の拡張を求められたが、関係地主の承諾を得ることができず敷地の拡張不可能となり結局建物を取壊さなければならないこととなった。
ところが、被告人は当時既に申請第2号の建物のうち、一戸をBからは金7500円、他の一戸をCからは金5000円の各権利金を受取って、賃貸することとしていた。
そこで、右建物を取壊して賃貸借契約を解除する場合は、右権利金の倍戻しとしてBに対しては15000円を、Cには金10000円を支払はなければならず、その金策に苦慮していた。
そんな折、たまたま被告人において右建物を目的とし、昭和21年12月頃D株式会社との間に保険金額25000円の火災保険契約を締結していたことを思い出し、建築不許可による不面目を免れ、かつ、右保険金をも得て苦境を脱しようとして、昭和22年2月4日、正午頃山梨県下で木材取引をした帰途の電車内において、すでにBが同年2月1日からその家族と共にその一戸のうちに居住していた前記申請第2号の木造平家建物に放火しようと決意した。
そして、2月4日帰宅して、午後4時頃作りかけの五合桝に底をつけその三方に高さ約四寸の杉板を打付けその底部に機械油を浸した襤褸を入れ、更に鉋屑を詰めた上これを風呂敷に包んで同日午後7時半頃ひそかに前記B方三畳間の裏手に至り、同室押入の床下にこれを仕掛けておいて、
6日の午前4時半頃、木炭買入のため群馬県に出発する前、右B方裏手に至り、被告人方から用意しておいた,スレート包装紙を約一尺五寸程の長さに捻り、前記五合桝に仕掛けて放火の仕掛けをすべて完了し、携えていたライターでこれに点火して放火し、よって現にB及びその家族の住居する同家三畳間の床板約一尺四方及び押入床板及び上段各約三尺四方等を焼燬した。
[裁判上の主張]
検察側は、
被告人Xの行為は、現住・現在建造物等放火罪(刑法108条)に該当すると主張した。
弁護側は、
油が燃え上がっただけで、客体である建造物は独立燃焼していないため、放火は未遂にとどまる、と主張した。
※余談です。今回は、Bらが現住かつ現在する申請第2号の建造物への放火でしたので、所有の所在は問題となりませんでしたが、例えばほとんど今回と同じような事例で、申請第3号への放火でしたら、非現住かつ非現在の建造物への放火ですので、109条が問題となります。そして、Xの所有物ですので、109条2項に該当しそうですが、(3号の建造物についても賃貸借契約を締結していた場合は、)「賃貸し」にあたりますし、(賃貸借契約を未だ締結していなかったとしても)「保険に付したもの」にあたりますので、115条が適用される結果、109条1項が適用されることになります。
[訴訟経過]
第1審判決:不明
控訴審判決(東京高判昭和24・12・24):
被告人を懲役2年6月に処する。
押収のライター1個はこれを没収する。
控訴審判決は、事例に法令を淡々と当てはめているだけで見るべきところはない。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
上記弁護側の主張(=未だ「焼損」には至っておらず未遂にとどまる)に対して、
「証人Bの原審における供述予審における供述記載その他原判決挙示の証拠を綜合すれば、B及びその家族の現に居住する本件家屋の一部たる三畳間の床板約一尺四方並びに押入床板及び上段各約三尺四方を焼燬したる原判示事実の認定を肯認することができる。」
「そして原判決は右のごとき現に人の居住する家屋の一部を判示程度に焼燬したと判示した以上被告人の放火が判示媒介物を離れて判示家屋の部分に燃え移り独立して燃焼する程度に達したこと明らかであるから、人の現在する建造物を焼燬した判示として欠くるところはないものといわなければならない。」
[コメント&他サイト紹介]
本判決は、独立燃焼説を判例が採っているぞ、という点で意義があります。
独立燃焼説については、例えば「燃焼継続可能性」を要件とすべきか、という理論的問題から、難燃性の建物への放火についてどう分析するの、という実践的問題まで色々あります。
そこで、あくまで独立燃焼説に立って、諸問題をどう処理するかについて「法・税・会計研究室」において記事を書きましたので、ご一読頂けますと幸いです。