名誉毀損罪における公然性(最判昭和34・5・7、百選(第6版)18事件、百選(第7版)19事件)
[事実の概要]
被告人は昭和31年4月6日午後10時過ぎ頃,自宅寝室において窓硝子に火が反射したのに不審を抱き外部を見たところ同所より南方10メートル位離れた場所で菰が燃えていたのを発見した。
その消火に赴く際、たまたまその附近で男の姿を見て近所のAと思い込み、確証のないのにAをあたかも其の菰に放火したものであると称して同年5月20日頃自宅においてAの弟B及び村会議員として火事見舞いに来ていたCに対し、「右Aの放火を見た」、「火が燃えていたのでAを捕えることは出来なかつた」旨放言し、更に6月10日頃前記A方においてAの妻D、長女E、及び近所のF、G、Hの居る面前で右事実を再び放言した。
なお、高裁の認定によると、Aが放火したという噂は、村中相当にひろまった状況となっていた。
[裁判上の主張]
検察側は、
被告人の行為は、名誉毀損罪(刑法230条)にあたると主張した。
それに対して、弁護側は、
① 私人の住宅内において個人間の対談中になされた名誉毀損該当の供述は、「公然と」とはいえず、公然性がないことになり、従って違法性の認識を欠如し名誉棄損の故意がないことになる。
② (Aが放火したという事実は、刑法230条の2第2項にいう「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実」にあたるため、「公共の利害に関する事実」であり、)被告人はその事実を真実であると信じ、そのように信じる事に過失がなかったのであるから、故意責任が阻却される。
・・・として無罪を主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(鰺ヶ沢簡判昭和33・2・24):被告人を罰金4000円に処する。
控訴審判決(仙台高判昭和33・10・29):
原判決を破棄する。
被告人を罰金4000円に処する。
但し本判決確定の日より2年間右罰金刑の執行を猶予する。
第1審判決は、
(1)弁護側の①の主張(=公然性がない)に対し、
「刑法230条にいう公然たるには必ずしも事実摘示をした場所に現在した人員の衆多であることを要せず、二、三人に対して事実を告知した場合でも他の多数人に伝播すべき事情があれば公然というべく、本件被告人の事実を摘示した場所に居合せた者から他の多数人に伝播すべきことは自ら明かであるから、右の主張も理由がない。」
(2)弁護側の②の主張(=真実だと誤信していた)に対し、
「名誉毀損罪において、行為者がその事実を真実であると信じておつた場合は故意をかくものとみる説もあるが、本来刑法は外観上の名誉をも保護しようとする根本的態度を持しているものと考え、刑法二三〇条ノ二に「真実ナルコトノ証明アリタルトキ」とある法文は、ただ証明あるときに限り処罰しない趣旨と解するを相当とするから、弁護人の右見解を採ることはできない。」
・・・と判断した。
控訴審判決は、
(1)弁護人の主張①(=公然性がない)に対し、
「名誉毀損罪は他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然告知するにより成立する犯罪であって公然事実を告知するとは不特定多数人の視聴に達しうべき状態において事実を摘示すること」である。
「被告人は特殊の関係により限局せられた者に対してのみ事実を摘示したものではなく不定の人に対してなしたものというべく要するに被告人の行為は事実の摘示を不定多数の人の視聴に達せしめうる状態において行われたものとなすべきで右事実の摘示が質問に対する答としてなされたものなりや否は犯罪の成立に何等の消長を来さないものというべきである。されば右の如く私人の住宅で対談中になされたとの理由で公然性を否定したり違法性なしとか犯意なしとかいう主張は採るをえない。」
(2)弁護人の主張②(=真実だと誤信していた)に対し、
「被告人の前記Aに関する放火事実の摘示は同条第一項の公共の利害に関する事実に該当することは勿論である。されば被告人は右事実の摘示が其の目的において専ら公益を図るに出でたるものと認められ且つその事実が真実であることの証明があつた場合においてのみ罰せられないのであるが記録及び総ての証拠によるもAが本件火災に関する放火犯人なりと確認することは出来ない。従って被告人には前記陳述事実につき真実なることの証明がなされなかったものと断ぜざるをえないのであるから名誉毀損の罪責を免れることは出来ない。」
・・・として、弁護人の主張をいずれも斥けたが、
(3)第1審判決の量刑に対し、
「被告人は、本件火災はAの放火なりと即断したことにつき過りがあつたことが窺われるので原審が罰金四千円を科したのは量刑重きに失する不当があるというべきで原判決は破棄すべきものとする。」
・・・として、原判決を破棄し、罰金4000円を課したものの、執行猶予2年を付けた。
弁護側は、弁護側の主張①(公然性がない)について、憲法21条等違反と構成し、上告した。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
・・・上記弁護側の上告に対し、
「原判決は第一審判決の認定を維持し、被告人は不定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示したものであり、その摘示が質問に対する答としてなされたものであるかどうかというようなことは、犯罪の成否に影響がないとしているのである。そして、このような事実認定の下においては、被告人は刑法230条1項にいう公然事実を摘示したものということができるのであり、かく解釈したからといつてなんら所論憲法各法条の保障する自由を侵害したことにはならない」
[コメント&他サイト紹介]
Aの弟Bや、D、Eは、家族だからAと名字が同じなのは分かるのですが、被告人も、近所のF、G、Hも皆Aと同じ名字でした。それが、親戚だからなのか、たまたまなのかは判決からは判然としませんでした。
(もし被告人が、Aや、F、G、Hと親戚だったら、親戚以外の人間はCだけということになりますので、後述の「伝播性」がやや認めにくくなり、被告人にとって少しだけ有利な事情だと思います。)
判例の「公然性」に関する基準は、一貫して「多数若しくは不特定者」(=不特定又は多数人)です。
もっとも、過去の判例によれば、必ずしも事実の摘示の直接の相手方が不特定者又は多数人である必要はなくて、事実を摘示した場所が、他人も会話を聞くことができる状況にあったか(=「摘示場所の開放性」)や、直接の相手方から最終的に不特定又は多数人に伝わる可能性があるか(=「伝播性の理論」)をも考慮すべきでありまして、摘示の直接の相手方のみについて判断すればよい訳ではないようです。
このような観点からは、
判例は詳しく認定していませんが、今回の事案は、「摘示場所の開放性」については、被告人の居宅内及びAの居宅内であり、開放性は全く無かったものの、「伝播性の理論」に関して、7名(これのみをもって多数と評価するかは、微妙なところ)にも喋っており、そのうち3名はF、G、Hという近所とはいえAとは血縁関係のない(従って、身内の恥という考え方によって情報を秘匿する動機がない)、全くの他人にも伝えており、その内容が放火犯の特定という、近所の人にとっても防犯上重大な関心事であり、積極的に情報を共有すべきものに属する事を考えると、最終的に不特定多数の村民に伝播する可能性はかなりあったし、高裁は現に村中に相当広まっていたと認定したことがこれを裏付けていると言えるのではないでしょうか。
(この認定は、ただの私の思いつきで、ソースがある訳ではありません)
他サイト様としましては、
本判例を分析されたものはありませんでしたが、
弁護士ドットコム様の、
http://www.bengo4.com/bbs/200902/
・・・これが面白いですね。回答者も大変だなぁと思う記事です。
とはいえ、質問者の最初の問題意識は極めて正当なものでありまして、それに対して三輪弁護士が分かりやすく解説して下さっている部分は、一読の価値があると思います。
なお、最後の質問者の質問は、回答者はずっと公然性(及び実行行為性)についての話をしているのに、急に質問者が故意の話だと勘違いして、質問が故意の内容となったので、まずその誤解を解かなければならないし、また、際限なく質問が飛んできますので、心が折れたのだと推測します。