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名義人の承諾と私文書偽造(百選101事件)


名義人の承諾と私文書偽造(最決昭和5648、百選(第6版)101事件、百選(第7版)97事件)

 

[事実の概要]

 

被告人Xは、酒気帯び運転等により昭和53928日に90日間の運転免許停止処分を受けた。そして、その後行われた講習の結果、同年1019日に停止期間を45日短縮された。

 

被告人Xは株式会社Aを、Bと共に設立して、共同経営していたところ、昭和5310月初め頃、右会社事務所において、被告人が右Bに対し「90日の停止処分になった。」と打ち明けると、右Bが、「免許がなかったら困るだろう。俺が免許証を持っているから、俺の名前を言ったら。」と勧めて、自分の運転免許証を見せ、メモ紙に自分の本籍、住居、氏名、生年月日を書いてこれを交通安全協会発行のカードとともに被告人に交付した。

 

そして、被告人Xは、公安委員会の運転免許を受けないで(運転免許の効力停止中)、昭和531018日午前030分ころ,東京都目黒区内の道路において、普通乗用自動車を運転し、

 

(警察官に呼び止められ、)その際、取締りの警察官から運転免許証の提示を求められたが、「免許証は家に忘れて来ました。」と言って右Bの氏名等を称し、交通事件原票中の「供述書」欄の末尾に「B」と署名し、これを右警察官に提出し、免許証不携帯による反則金2000円ということで、その場を切抜け、右同日右反則金を納付した。

 

昭和531019日頃、被告人Xは右Bに対し右の経過を報告したが、これに対し右Bは抗議等をしなかった。

 

 

[裁判上の主張]

 

検察側は、

 

免許なく自動車を運転した行為が、無免許運転罪(道路交通法64条、11811号)、交通事件原票中の「供述書」欄の末尾に「B」と署名した行為が有印私文書偽造(刑法1591項)、それを警察官に提出した行為が、偽造私文書行使罪(刑法1611項、1591項)にあたる、と主張し、懲役1を求刑した。

 

弁護側は、

 

被告人XBから交通取締りにあつた場合、交通反則切符にその氏名を書くことも包括的に承認を得ていたのであるから、交通事件原票中の供述書の末尾に「B」の氏名を書いたからといつて、それは、ほしいままに「B」と冒書したことにはならず、本件の書合には私文書偽造、同行使罪は成立しない、と主張した。

 

 

※交通反則切符自体は、公文書ですが、その中の交通事件原票中の供述書欄は、「上記違反をしたことは相違ありません」という不動文字で示された供述を内容とする「事実証明に関する文書」ですので、取締り対象の私人が自書することが予定されている私文書です。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(東京地判昭和54327):被告人を懲役8に処する。

 

控訴審判決(東京高判昭和54828):本件控訴を棄却する。

 

 

1審判決は、事実に法令を淡々と当てはめているのみで、見るべきところはない。

 

控訴審判決は、

 

上記弁護側の主張(=Bの同意があったので、私文書偽造罪は成立しない)に対して、

 

Bは事前に被告人に対し、単に取調べの警察官に口頭で自己の氏名等を申告することのみならず、道路交通法違反で交通切符を切られる場合には、その供述書欄に自己の氏名で署名することも承諾していたものと認めるのが相当である。」

 

・・・とした上で、

 

「しかしながら、本件のように道路交通法に違反をした者が交通切符を切られる際あらかじめ他人の承諾を得ておいたうえ、交通事件原票中の供述書欄の末尾に当該他人の名義の署名をして右供述書を作成した場合に、刑法一五九条一項の私文書偽造罪が成立するか否かは、さらに慎重な検討を要する問題であり、当裁判所は、右のような場合には、他人の事前の承諾を得ていても私文書偽造罪が成立するものと考える。」

 

「すなわち、一般に名義人以外の者が私文書を作成しても、内容が名義人において自由に処分できる事項に関するかぎり、事前に名義人の承諾を得てあれば、右の作成は偽造罪に該当しないものと解されている。通常の私文書の場合には、名義人の承諾を得れば、その名義で文書を作成する権限が作成者に与えられ、このような権限により作成された文書は、名義人の意思を表示するものであって、当該文書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることもなく、私文書偽造罪の成立を認めるべき理由はないからである。」

 

「しかし、本件における供述書の場合、交通事件原票下欄に道路交通法違反現認・認知報告書の欄があり,その下部に、司法巡査の「違反者は、上記違反事実について、昭和五三年一〇月一八日次のとおり供述書を作成した。」との記載があり、その下方に供述書甲と題し「私が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次のとおりであります。」との不動文字が印刷されていて、その最下部に署名すべきものとなっている。」

 

「従って、その文書としての形式、内容からすれば、事実証明に関する私文書というべきものであるが、その内容は自己の違反事実の有無等当該違反者個人に専属する事実に関するものであって、名義人が自由に処分できる性質のものではなく、専ら当該違反者本人に対する道路交通法違反事件の処理という公の手続のために用いられるものである。そのような性質からすると、名義人自身によって作成されることだけが予定されているものであり、他人の名義で作成することは許されないものといわなければならないから、当該違反者は、名義人の承諾があってもその名義で供述書を作成する権限はないものというべきである。」

 

「従って、本件のように、他人名義で作成された供述書は、たとえ当該名義人の承諾を得ていたとしても、権限に基づかないで作成されたものであり、当該名義人の意思又は観念を表示しているものとはなり得ないものであって、供述書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることは明らかである。」

 

「以上のように考えれば、原判示第二事実については、Bが事前に承諾していたとしても、被告人は、作成権限がないのに、ほしいままに、「供述書」欄の末尾に「B」と冒書したものと認めるべきであって、原判決がこれを私文書偽造罪に当ると認定したことに所論のような事実誤認はない。」

 

・・・と判断した。

 

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

 

 

理    由(ほぼ全文)

 

「弁護人の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、適法な上告理由にあたらない。」

 

「なお、交通事件原票中の供述書は、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令上許されないものであって、右供述書他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立すると解すべきであるから、これと同趣旨の原審の判断は相当である。」

 

「よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

 

[コメント&他サイト紹介]

 

本判決は、名義人が偽造について承諾していた場合においても、作成者による偽造が有形偽造となりうる事を示した点、及び、その理由が「文書の性質」という観点から考察し、「法令上」許されなくなることにある事を示した点に意義があります。

 

高裁のように、「一般に名義人以外の者が私文書を作成しても、内容が名義人において自由に処分できる事項に関するかぎり、事前に名義人の承諾を得てあれば、右の作成は偽造罪に該当しない」という上位規範を立てると、「文書の性質」から「内容が名義人において自由に処分できる事項」かどうか判断すれば良いだけですから処理は楽なのですが、

 

最高裁のように「法令上」許されない場合がある、という上位規範を立ててしまうと、当然のことながら丁寧に論証しようと思えば、どの法令に反するの?という点を論証する必要が生じます。ところが、最高裁はその点について何ら判示してくれていないため、これは物凄く使いにくい規範だと思います。

 

この「法令上許されない」という規範の意味について、百選解説(6版)において井田良教授が丁寧に分析して下さっていますので、これは必読であると思います。

 

他サイト様としましては、立命館大学の松宮教授の

 

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/99-2/Matumiya.htm

 

・・・というミニ論文をご紹介させて頂きます。難易度が高いので、とりあえず読むのは、本論点に関係のある4と5だけでよいと思います。

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