公共の危険の意義(最決平成15・4・14、百選(第6版)86事件、百選(第7版)84事件)
[事実の概要]
被告人Xは,妻Yと共謀の上,長女が通学する小学校の担任教諭の所有に係る自動車(以下「被害車両」という。)に放火しようと企て,本件当日午後9時50分ころ,同小学校教職員用の駐車場に無人でとめられていた被害車両に対し,ガソリン約1.45リットルを車体のほぼ全体にかけた上,これにガスライターで点火して放火した。
本件駐車場は,市街地にあって,公園及び他の駐車場に隣接し,道路を挟んで前記小学校や農業協同組合の建物に隣接する位置関係にあった。
また,本件当時,前部を北向きにしてとめられていた被害車両の近くには,前記教諭以外の者の所有に係る2台の自動車が無人でとめられており,うち1台(以下「第1車両」という。)は被害車両の左側部から西側へ3.8mの位置に,他の1台(以下「第2車両」という。)は第1車両の左側部から更に西側へ0.9mの位置にあった。
そして,被害車両の右側部から東側に3.4mの位置には周囲を金属製の網等で囲んだゴミ集積場が設けられており,本件当時,同所に一般家庭等から出された可燃性のゴミ約300kgが置かれていた。
被害車両には,当時,約55リットルのガソリンが入っていたが,前記放火により被害車両から高さ約20ないし30cmの火が上がっているところを,たまたま付近に来た者が発見し,その通報により消防車が出動し,消火活動により鎮火した。
消防隊員が現場に到着したころには,被害車両左後方の火炎は,高さ約1m,幅約40ないし50cmに達していた。
本件火災により,被害車両は,左右前輪タイヤの上部,左右タイヤハウス及びエンジンルーム内の一部配線の絶縁被覆が焼損し,ワイパーブレード及びフロントガラスが焼けてひび割れを生じ,左リアコンビネーションランプ付近が焼損して焼け穴を作り,トランクの内部も一部焼損し,更に第1,第2車両と前記ゴミ集積場に延焼の危険が及んだ。
※被告人X、及び妻Y(第1審においては、Yも被告人)が小学校担任の女性教諭の車に放火した理由は、(一方的な)怨恨です。当時小学校5年生であった長女の担任の女性教諭が、長女と他の児童との間のトラブルについて長女に対してのみ注意したことなどを理由に長女を不当に扱っているとして、憤懣を募らせていたそうです。そして、XもYも他の教諭の車にも放火したり、職員室に殴りこんで校長やその他の教員に対して、暴行を加えたり、「証拠なしに消すことができるんやで」と脅迫したり、脅迫罪、暴行罪、放火罪等計7つの行為が起訴されています。モンスターペアレントなんてレベルじゃありませんね。
[裁判上の主張]
検察側は、
(上記放火行為については、)他人所有建造物等以外放火罪(110条)に該当する、と主張した。
弁護側は、
① 刑法110条1項にいう公共の危険とは,放火行為によって,不特定の多数人をして同法108条及び109条の物件に延焼する結果を発生するおそれがあると思わせるのに相当な状態をいうと解すべきである。とすれば、他の自動車等に延焼するおそれのある状態を発生させたことのみをもって公共の危険を生じさせたと解釈することはできず,建造物等以外放火罪の成立は否定される。
② 仮に、他の自動車等に延焼するおそれのある状態を発生させたことを公共の危険に含めるとしても、本件の事実関係の下においては、公共の危険は発生していない。
・・・ゆえに、被告人の所為は、器物損壊罪(261条)が成立するにすぎない、と主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(大津地判平成12・11・21):
被告人Xを懲役3年に、被告人Yを懲役2年6月に各処する。
被告人Yに対し、この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予し、その猶予期間中同被告人を保護観察に付する。
控訴審判決(大阪高判平成13・7・17):本件控訴を棄却する。
第1審判決は、事実を淡々と処理した上、量刑について、
「被告人両名は、本件犯行の発端となる二回の長女のトラブルについて、虎姫小学校教諭らに特に不適切な対応をした点は見当たらないにもかかわらず、当初から長女の正当性を一方的に主張することに終始して憤懣を募らせ、同校教諭らに対して暴力等に訴えて自己の主張、要求を押し通そうとし、あるいは同校教諭ら及びその家族の財産にまで危害を及ぼして懲らしめようとするものであって、犯行の動機は自己中心的で酌むべき点はない。」
「その犯行態様についてみても、暴行、脅迫については余りに執拗で常軌を逸しているというほかなく、」「車両に対する放火の犯行は、」「いずれも延焼等の重大な結果を招きかねない危険で悪質な犯行である。」・・・とした上で、
「他方、同和地区出身者として社会的差別を受けてきたという意識を背景として子供らに対する不当な扱いを絶対に許さないとする親としての愛情が被告人両名の罹患していた精神疾患と相俟って本件一連の犯行に駆り立てたとみる余地があること、前記〔1〕、〔7〕の被害車両の損害についてはいずれも保険金が支払われたことなど被告人両名にとって酌むべき事情もある。」
そして、被告人Xは、「執行猶予期間中の犯行であって、規範意識の欠如が著しく、その刑事責任は重大である」ため、実刑はやむをえないが、
被告人Yは、共謀はしたが、Xとは違って、放火の実行犯という訳ではないし、「行為の客観的側面において両者に大きな差異が認められる」。その上、Yには前科もない等を理由として、保護観察に付することを条件に執行猶予をつけた。
控訴審判決は、
上記弁護側の主張①(=公共の危険は、108条、109条1項の建造物への危険に限られる)に対して、
「刑法110条1項の公共の危険とは,不特定又は多数人の生命・身体・財産に対する危険であると解されるところ,同法108条や109条1項に記載された物件に放火してこれらの物件を焼損した場合には,その行為自体が当然に公共の危険を生じさせたものとみなされているのであるから,これらの物件以外の物件に放火して同法108条や109条1項の物件に延焼する危険が生じたときは,それだけで同法110条1項の公共の危険が発生したことは明らかであるけれども,同項の公共の危険の発生がこのような場合に限定されるわけではなく,それ以外の財産に延焼して火力による脅威を及ぼすおそれのある状態を生じさせた場合も,また,同項にいう公共の危険の発生と認めるのが相当である。所論は独自の見解に基づくものであって,採用することができない。」
弁護側の主張②(=本件事案において、公共の危険は発生していない)に対して、
犯行現場の駐車場の状況、被害車両の位置、火炎の大きさ、当日午後9時~10時の風向等を仔細に分析した上で、
「前記のとおり認められる被害車両の周囲の状況,火力の程度,被害車両の燃焼状況,当時の気象状況に,上記の供述をも考え併せると,上記火災は,駆けつけた消防士の消火活動によって鎮火したが,このまま放置すれば,一般通常人からみて,ガソリンタンクに引火して爆発し,燃え上がった火焔により,あるいは火の着いたガソリンが飛散することによって,被害車両近くにとめてある自動車に延焼する恐れがあると危惧される状況にあったものというべきであり,刑法110条1項の公共の危険が生じたと認めるのが相当である。」
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
・・・上述の弁護側の主張①に対して、
「【要旨1】同法110条1項にいう「公共の危険」は,必ずしも同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険のみに限られるものではなく,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解するのが相当である。」
弁護側の主張②に対して、
「【要旨2】市街地の駐車場において,被害車両からの出火により,第1,第2車両に延焼の危険が及んだ等の本件事実関係の下では,同法110条1項にいう「公共の危険」の発生を肯定することができるというべきである。本件について同項の建造物等以外放火罪の成立を認めた原判決の判断は,正当である。」
・・・と判断した。
[コメント&他サイト紹介]
愛情?保険金が支払われたから量刑が軽くなる?・・・まぁこれ以上は言いませんが。
第1審判決が認定した詳細な犯罪事実を見てみても、完全にX・Yは対等で、互いにやりたい放題です。執行猶予の有無の差を分けたのは、Xは前科があり、その執行猶予中の犯罪であるのに対し、Yには前科が無かったこと、及び、放火の実行犯かどうかです。
本判決は、110条1項にいう「公共の危険」が、(結果的加重犯としての延焼罪の存在にもかかわらず、111条1項所定の)「第108条又は第109条第1項に規定する物に延焼させたとき」に限られないと明示的に判断した点で意義があります。
本判決については、百選解説(第6版、p.174)の小林憲太郎先生の解説が、とても論理的に明快でおススメです。
「公共の危険の意義」に関して、より詳しい議論を紹介しているものとして、私が以前書いた、
・・・・・・を僭越ながらおすすめさせていただきます。