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住居侵入罪の保護法益(百選16事件)


住居侵入罪の保護法益(最判昭和5848、百選(第6版)16事件、百選(第7版)16事件)

 

[事実の概要]

 

被告人Xは、釜石郵便局に郵便集配係として勤務し、本件当時全逓信労働組合(以下全逓という)岩手地区本部釜石支部書記長をしていた。

被告人Yは、釜石郵便局に郵便集配係として勤務し、本件当時全逓岩手地区本部釜石支部青年部長をしていた。

 

―――時代背景―――


全逓岩手地区本部は、「大幅賃上げ、合理化労務政策反対、年金の大幅改善、ストライキ権の奪還」等を要求項目としたいわゆる七三年春季闘争(昭和四八年)の一環として、全逓中央本部の指令にしたがい、昭和四八年四月九日に、「ストライキ権確立、腕章、ワツペン着用、ビラ貼り、決起大会開催」等の闘争方針を決議した。

 

また、同年四月一七日の年金スト、四月二二日から二八日にかけての波状ストライキの実現に向けて全逓組合員の意識統一、支援態勢を盛り上げるよう、同地区本部内の下部組織である各支部に伝達した。

 

これを受けて被告人XYが属する釜石支部では、同支部がストライキの拠点として予定されていなかったため、同年四月一〇日の支部執行委員会で、情宣活動として支部内の全局にビラ貼りをすることをも含めたいわゆる大衆行動としての春季闘争方針を決議した

 

―――417日大槌郵便局―――

 

同月一七日午前、大槌郵便局長Aは、東北郵政局の連絡官からビラ貼りを注意するようにとの電話連絡を受け、この旨を右大槌局々長代理のBに伝えた。

 

しかし、ビラ貼り阻止のため他局の全逓組合員の入局を阻止するよう宿直員に指示をしたり、厳重に門などを施錠するとか、局長らにおいて泊まり込み態勢をとるなどの特別な措置はとらなかった

 

もっとも、局長Aと局長代理Bの二名で交替で見回りをすることにした。

 

17日は午後9時から午後12時までの間一時間交替で局舎に立ち寄り、ビラ貼りの有無を確認するという方法の警戒態勢をとっていた。

 

―――418日大槌郵便局―――

 

同月18日午後9時には、局長代理Bにおいて、郵便物をポストに出しに行ったが、局舎には異状がなかった旨局長Aに電話で報告していた。

 

同日午後930分ごろ、被告人XY及び他6名の計8名が前記大槌郵便局に至り、右のビラを貼付する目的で、施錠していない通用門から中庭を通り、同局舎の同じく施錠していない郵便局発着口から、宿直員に「おい来たぞ」と声をかけて土足のまま同局舎内に立ち入り、右のビラ約一〇〇〇枚を窓ガラス、備品等に貼付していた。

 

同日午後10時過ぎごろ、局長Aが見回りに立ち寄り、局舎に既にビラが貼られ、被告人らが中にいる気配を察した同局長は、同郵便局の近くに居住している局長代理のBを呼び出して二人で同局舎に戻り、郵便発着口から局舎内に入り、同局長において、被告人らに「やめなさい。」と大声で制止し、被告人Xにおいて「このビラ貼りは、どこでも組合活動としてやっているんだ。」と言ったのに対し、「それは関係ない。ビラをはがしなさい。」等のやりとりがしばしあった後、同日午後1045分ごろ、被告人ら8名は同局舎を退出したものである。

 

[裁判上の主張]

 

検察側は、

 

被告人XYらの行為は、建造物侵入罪(刑法130条)にあたるとして、提訴した。

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(盛岡地判昭和53322):被告人両名はいずれも無罪

 

控訴審判決(仙台高判昭和55318):控訴棄却

 

 

1審判決は、

 

(1)「侵入」とは

 

「刑法一三〇条が保護しようとする法益は住居等の事実上の平穏と解される。したがって、住居等に立ち入る行為が侵入にあたるか否かは、その行為が住居等の平穏を害する態様のものであるか否かによって決定される。」

「そして、住居等の平穏を害するか否かは、立ち入り行為について主観客観の両面から総合的に判断さるべきである。通常、故なく人の管理する建造物に侵入したというためには、正当な理由がないのに建造物の管理権者の意思に反して立ち入つたかどうかによって判断される。」
「しかし、管理権者の意思に反する立ち入り行為がすべて侵入行為に該当するとはいえない。侵入行為に該当するか否かはその行為が住居等の平穏を害する態様のものであるかによって決定されるべきもので、管理権者の意思はその判断の重要な資料にすぎないからである。」

 

・・・として、

 

「建造物侵入罪が成立するといえるためには、行為者の目的、侵入の態様、管理権者の意思に反する程度等具体的な事情を考慮して、建造物内の平穏が乱されたか否かを判断する必要がある。」・・・という基準を立てた。

 

(2)本件立ち入りは「侵入」にあたるか

 

「被告人らの本件立ち入りは、昭和四八年春季闘争の一環として全逓の闘争方針のもとに行なわれた情宣活動の一つとしてビラを貼付するためなされたものであるが、その目的は組合活動としてのビラ貼り行為に止まり、それ以上の暴行にわたるような行為に出ることを目的としてはおらず、それは郵政省庁舎管理規程に反するという意味で違法な目的であったというほかないが、違法性の程度はそれほど強いとはいえない」

 

「そして、被告人らの立ち入りは先に検討したように管理権者たる局長の意思に反していたものであるが、管理権者が立ち入りを拒否する意思も客観的にそれほど強固なものであったとはいえないこと、局長が懸念していたのは、立ち入り行為よりもむしろ起訴されていないビラ貼り行為自体にあつたと認められること、特に本件では、その立ち入り行為自体の態様が、現実に局舎看守の任に当っていた宿直員が制止せず、これを黙認しており、被告人らは鍵のかかっていない通用門から中庭を通り、郵便発着口の戸を開けて宿直員に声をかけ、その黙認のもとに局舎内に立ち入るという、全く平穏なものであったこと、また、本件立ち入りは時間的にも勤務時間終了後で執務の妨害にもならなかったこと等の具体的事情を考慮すると、被告人両名の本件立ち入り行為は、いまだ建造物侵入罪の構成要件に該当しない

 

・・・とした。

 

 

控訴審は、

 

1審よりも厳しい「意思に反する立ち入りは原則として建造物侵入罪を構成する」という基準を立てたが、第1審と同様、立ち入りが予想された中において、局長が施錠したり、宿直員に立ち入りを認めないよう言い含めておく等の処置を採らなかった事から、立ち入り拒否の意思が外部に表明されていたとはいえない事を理由として控訴を棄却した(=無罪の結論を維持した)

 

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す

 

 

理    由

 

「刑法一三〇条前段にいう「侵入シ」とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきであるから、管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れない」

 

「(原判決が認定した)事実によれば、記録上他に特段の事情の認められない本件においては、被告人らの本件局舎内への立入りは管理権者である右局長の意思に反するものであり、被告人らもこれを認識していたものと認定するのが合理的である。局舎の宿直員が被告人らの立入りを許諾したことがあるとしても、右宿直員は管理権者から右許諾の権限を授与されていたわけではないから、右宿直員の許諾は右認定に影響を及ぼすものではない。」

 

「原判決は、局長が、被告人らのビラ貼り目的による局舎内への立入りを予測しながら、事前にこれを阻止するための具体的措置をとらなかったということなどから、本件においては、被告人らの立入りを拒否する管理権者の意思が外部に表明されていたとはいえないとし、被告人らの所為は、結局、管理権者の意思に反したといえないから、建造物侵入罪の構成要件に該当しないとしているのであって、右は、ひっきょう、法令の解釈適用を誤ったか、重大な事実誤認をした疑いがあり、原判決の右違法は、判決に影響を及ぼし、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。」

 

・・・として、仙台高裁に差し戻した。

 

 

なお、差戻審(仙台高判昭和6123)において、被告人XYは共に罰金8000となっている。

 

[コメント&他サイト紹介]

 

この判決のポイントは、①立ち入り自体は平穏であった事案において「侵入」を肯定し、管理権者の許諾を問題としていることから、住居権説に立っているとみられる点、そして、②「建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的など」を考慮要素としていることから、管理権者の立ち入り許諾の自由のみを問題とする純粋な住居権説とは一線を画していると思われる点の2点のようです。

 

他サイト様は、本判例の分析はありませんでした。

住居侵入罪関連論点のまとめとしましては、私が以前書いた記事である、

 

住居侵入罪総論(上)

・・・の一読を僭越ながらお薦めさせていただきます。

 

 

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