不法原因給付と横領罪(最判昭和23・6・5、百選(第6版)60事件、百選(第7版)62事件)
[事実の概要]
被告人Xは昭和21年5月28日頃、岩国警察署その他一個所で、原審相被告人A及びBからX等の収賄行為を隠蔽する手段としてX等の上司である岩国警察署司法主任等を買収するため、金2万2000円を受取り保管していたが、
同年6月1日頃から同月中旬頃までの間に、犯意を継続して数回に神戸市その他で右金員の内2万円を自己のモルヒネ買入代金等に費消した
※このA及びBは、山口県巡査として、岩国警察署に勤務していた者で、Xは、在日本朝鮮人連盟岩国支部の総務部長をしていた者です。重要ではないため取り上げませんが、被告人A及びBは、在日朝鮮人Cの生ゴム窃盗事件をもみ消して欲しいと請託を受け、事実もみ消しています。そして、今回のXの横領は、(A、Bに迷惑をかけた点で、)朝鮮人連盟の体面及び信用を汚すものと憂慮した(おそらく同連盟の幹部である)Yは、速やかにA及びBの損害(のうち1万円)を補填しています。そして、その補填行為が贈収賄であるとして、A、B、Yも被告人となっています。・・・というようなごちゃごちゃした事案です。
[裁判上の主張]
検察側は、
Xの行為は、横領罪(刑法252条1項)にあたると主張し、
弁護側は、
相被告人A、Bの右金員給付の原因は、司法主任等を買収するためであったから、民法第708条にいう不法原因による給付であって、給付者たる右相被告人A、Bは、被告人に対し給付した金員の返還請求権を有していない。従って、被告人は給付を受けた前記金員を自由に処分できる地位にあり、これを自己の用途に費消したとしても刑法第252条第1項の横領罪が成立する余地がない、と主張した。
[訴訟経過]
第1審判決:不明
控訴審判決:
被告人A、Bを各懲役2年に、被告人Xを懲役1年に処する。
押収の現金700円(証第二号)現金2000円(証第十一号)は被告人Aから、現金2700円(証第一二号)は被告人Bから、現金3000円(証第六号)はDからいずれも没収する。
被告人A、同Bから夫々金25800円を追徴する。
※被告人Yに対しては、第1審で確定しているようです。控訴審判決は、事実に法令を淡々と適用しているのみで、見るべきところはありません。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
上記弁護側の主張(=不法原因給付の規定が適用される結果、被害者側に返還請求権がなく、従って、「他人の物」とはいえず、横領罪は成立しない)に対して、
「ところで、不法原因のため給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができないことは民法第708条の規定するところであるが、刑法第252条第1項の横領罪の目的物は単に犯人の占有する他人の物であることを要件としているのであって、必ずしも物の給付者において民法上その返還を請求し得べきものであることを要件としていないのである。」
「そして前示原判示によれば被告人は他に贈賄する目的をもって本件金員を原審相被告人A及びBから受取り保管していたものであるから被告人の占有に帰した本件金員は被告人の物であるということはできない。」
「また、金銭の如き代替物であるからといって直ちにこれを被告人の財物であると断定することもできないのであるから、本件金員は結局被告人の占有する他人の物であってその給付者が民法上その返還を請求し得べきものであると否とを問わず被告人においてこれを自己の用途に費消した以上横領罪の成立を妨げないものといわなければならない。」
・・・と判示した。
[コメント&他サイト紹介]
本判決のポイントは、お察しの通り、判例が民法708条本文が適用可能で、かつ、刑法256条1項が適用可能な場合に、横領罪の成立を肯定したことです。
それ以上の意味をどう持たせるか(例えば、本件は不法原因寄託の事案であった、とか)、あるいは最判昭和45・10・21の民事大法廷判例(=不法原因給付物の所有権は、給付者が返還請求権を失う結果、(所有権の円満性から、)反射的効果として被給付者に帰属する)との整合性等については、論者によって区々です。
その辺を論文試験に必要な範囲で簡単に整理したものとして、
僭越ながら、「法・税・会計研究室」において私が書いた、
・・・の一読をおススメさせて頂きます。不法原因給付と詐欺・恐喝の記事も併せて読んで頂くと、より理解が深まると思います。