キセル乗車(大阪高判昭和44・8・7、百選(第6版)51事件、百選(第7版)53事件)
[事実の概要]
※キセル乗車というのは、鉄道の乗車駅から降車駅までの区間を継続乗車する意思であるにかかわらず、乗車駅および降車駅付近だけの乗車券を購入し、途中区間の運賃を支払わないで輸送させる不正乗車の方法により運賃を浮かす、という手法です。両端は金で出来ているのに、中は空洞であるキセルに例えて、キセル乗車と呼んでいるそうです。上手い例えを思いつくものですよね。
※今回の事実の概要は、ほぼ特筆すべき事実認定・評価に繋がるものではありませんので、さらっと流し読みでも構わないと思います。もし、理解しようと思うのであれば、Xは、京都市から松江市まで往復するために、「京都市→(車)→松江市→(国鉄)→米子駅→(国鉄、キセル乗車)→京都駅」という行動をしたこと及び、「米子駅――上井駅――――――園部駅――京都駅」という順番であることを頭に入れておくと、理解が早まると思います。
被告人Xは、京都市内の有限会社Aに勤務し、自動車陸送の業務に従事していたが、昭和43年6月7日、松江市B株式会社へC一台を陸送することとなり、同日午前10時頃1300円(米子、京都間の国鉄乗車料金にあたる。)を所持し、右自動車を運転して京都市内を出発した。
その際、過去に数回試みた経験があるので、自動車を陸送したのち国鉄を利用して京都駅まで帰る際にいわゆる「キセル乗車」の方法により途中区間の運賃の支払をしないで輸送させようと企て、同日午前11時過頃、山陰本線園部駅に立ち寄り、あらかじめ園部駅、京都駅間の往復二等乗車券一枚(片道であると通用期間が一日と考えて)を280円で購入したうえ、さらに自動車を運転して、同日午後4時頃、前記B株式会社に納車したのち、国鉄を利用して一旦米子市内に行った。
米子駅発京都駅行普通列車に乗車するに際し、以前に同列車に乗車した際には上井駅付近で車内検札を受けたことがあったので、上井駅までの乗車券を買っておけば無事に車内検札を受け「キセル乗車」が成功するだろうと考え,米子駅出札口で米子駅、上井駅間の片道二等普通乗車券一枚を二〇〇円で購入した。
同日午後8時40分頃、同駅改札係員Dに対し、真実は米子駅から京都駅まで乗車し、その間、上井駅、園部駅間の運賃860円については、「キセル乗車」の方法によりその支払をしない意思であるにかかわらず、その意図を秘し、米子駅上井駅間の正当な乗客であるように装い、同区間の乗車券を呈示して同係員をその旨誤信させ、これに入鋏させて入場し、前記京都駅行普通列車に乗車し、上井駅の3つ4つ米子寄りの地点で車内検札を受け、翌朝京都駅に着くまでに京都駅、園部駅間の往復乗車券の復券を車外に捨てた。
8日午前5時21分京都駅に到着下車し、国鉄山科駅まで帰る電車は相当時間待たなければならなかったため、タクシーで帰ろうと思い、京都駅南口へ出るつもりで係員のいない東海道新幹線東口改札口の柵を押しあけて中にはいろうとしていたところ、被告人の行動に不審をいだいて尾行していた鉄道公安員に乗車券の呈示を求められ、同人に対し前記園部駅京都駅間の往券を示したが、入鋏がなかったため職務質問され、逮補されるに至った。
[裁判上の主張]
検察側は、
被告人の行為は、詐欺利得罪(刑法246条2項)にあたるとのみ主張したのに対し、
※鉄道営業法上の不正乗車罪については起訴しなかったということを「のみ」は意味しています。
弁護側は、詐欺利得罪にはあたらず、無罪と主張した。(具体的な主張は載っていませんでした)
[訴訟経過]
第1審判決(京都地判昭和43・10・11):被告人は、無罪とする。
第1審判決は、
「刑法246条2項の詐欺利得罪にいう欺罔行為は、被欺罔者が処分行為をするかしないか、その決定の資料となる部分に錯誤を生ぜしめるよう、それに指向されたものでなければならず、また、処分行為は、結果たる利得を直接生ぜしめるようなものでなければならない。すなわち、欺罔は処分行為に指向されることを要し、処分行為の結果に対する因果関係は直接的でなければならない。」
「被告人が正当に購入した米子駅、上井駅間の第一原券と園部駅、京都駅間の第二原券とを所持し、途中区間である上井駅、園部駅間の運賃を免れる目的で第一原券、第二原券を使用して途中区間を乗車した場合は、旅客及び荷物営業規則(以下単に規則という)一六七条一項六号によりその全券片が無効とせられるのであつて、(中略)このような結果は途中区間の乗車を開始したと認められる時以降においてはじめて生ずるものであつて、途中区間の乗車を開始しない限り、その全券片はいまだ無効となるものではない。」
「したがって、被告人が第一原券を呈示する以上、乗車駅たる米子駅の改札係員はこれに入鋏のうえ入場せしめ所定の列車に乗車することを許容しなければならないものである。」
「かような関係にある以上、被告人が上井駅、園部駅間の乗車運賃を前記「キセル乗車」の方法により免れようとするものであるのに、その情を秘し、第一原券を呈示して改札係員に改札を求めた所為の客観的意味は、改札係員の運賃前払の請求を免れ、やすやすと入場し乗車する機会を得るために、それに対してのみ右の欺罔行為が指向されているとみるべきものであって、それを越えて、「キセル乗車」の終局目的である途中区間乗車の許諾処分に対して直接向けられた欺罔行為であるとすべきものではない。」
「また、これに対する改札係員の所為の客観的意味は、運賃前払の請求をすることなく入場、乗車を許容したというに止まり、途中区間の乗車まで許容した趣旨ではないのである。いわゆる「キセル乗車」の中心である途中区間乗車の許諾処分からすれば事はすべてその前にあり、間接的である。」
「つまるところ、被告人が改札係員に対し右のような欺罔手段を講じ、その結果、運賃前払の請求を免れ、やすやすと入場し乗車する機会を得たとしても、その欺罔行為は詐欺利得罪にいう欺罔行為には該当しないものというべきである。」
「右の事実関係からすれば、被告人の所為は鉄道営業法29条にいう不正乗車罪に該当するとしても、刑法246条2項の詐欺利得罪を構成するものではない。そして、検察官が鉄道営業法29条にいう不正乗車罪についての判断を求める意思はないのであるから、結局本件については犯罪の証明がないことに帰着する。」
・・・として、無罪とした。
これに対して、検察側が控訴したのが、本判決である。
[判示内容]
主 文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三月に処する。
但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
理 由
「刑法二四六条二項の詐欺利得罪は、他人に対して虚偽の事実を告知し、もしくは真実の事実を隠ぺいするなどして欺罔することによりその他人を錯誤させ、その結果、処分行為をさせて、財産上の利益を得、または第三者をして得せしめた場合に成立するものであって、その利得は処分行為から直接に生ずるものでなくてはならないことはいうまでもない」
しかし、「被欺罔者以外の者が右の処分行為をする場合であっても、被欺罔者が日本国有鉄道のような組織体の一職員であって、被欺罔者のとった処置により当然にその組織体の他の職員から有償的役務の提供を受け、これによって欺罔行為をした者が財産上の利益を得、または第三者をして得させる場合にも成立するものと解すべきであり、また、乗車区間の一部について乗車券を所持していても、その乗車券を行使することが不正乗車による利益を取得するための手段としてなされるときには、権利の行使に仮託したものに過ぎず、とうてい正当な権利の行使とはいえないから、その乗車券を有する区間を包括し、乗車した全区間について詐欺罪が成立するといわなければならない。」
「本件についてこれをみるに、」被告人の途中まで有効な乗車券の呈示行為は、「キセル乗車という不正乗車の目的を達するための手段としてなされたことが明らかである。したがって、その呈示は、被告人が正常な乗客を装うためにした仮装行為であって、とうてい正当な権利行使とはいわれない。」
「そして、昭和33年9月日本国有鉄道公示第325号旅客及び荷物営業規則(旅客編)167条1項14号は、その他乗車券を不正乗車船の手段として使用したときは、その乗車券の全券片を無効として回収するものと規定し、右呈示にかかる乗車券がこれに該当するものと解せられるところ、米子駅改札係員がこれを回収する措置をとらなかったのは、被告人を正常な乗客と誤信したためであって、以上の被告人の行為は、単純な事実の緘黙ではなく、改札係員に対する積極的な欺罔行為といわなければならない。」
「また、右欺罔行為により改札係員をして正常な乗客と誤信させた結果、同係員が乗車券に入鋏して改札口を通過させ、京都駅行列車に乗車させ、国鉄の職員が被告人を京都駅まで輸送したことは、被告人に対し輸送の有償的役務を提供するという処分行為をしたものというべきであり、右の処分行為により被告人が輸送の利益を受け、不法の利益を得たことは明らかである。」
「したがって、被告人の改札係員に対する欺罔行為は、国鉄職員の右の処分行為に直接指向されたものというべきであり、また、右処分行為は被告人の利得と直接因果関係があるから、詐欺利得罪にいう欺罔行為および処分行為があったといわなければならない。」
・・・として、詐欺利得罪の成立を認め、原判決を破棄した。
[コメント&他サイト紹介]
事案もややこしいし、高裁判決の理屈も(やや苦しい上に)分かりづらい、という何ともいえない判例でしたね。
本判決につきましては、百選解説(第6版)において、丸山教授がとても丁寧に分析してくださっています。これは、一読の価値があると思います。
特に「営業規則が不正乗車に用いた乗車券を無効としているのは、割増運賃の徴収に際して正規の乗車券分の料金を差し引かずに計算するという趣旨であって、その乗車券では乗車ができないとするまでの趣旨ではない」とされているのは、そりゃそうだよな~と思う点です。
「昭和33年9月日本国有鉄道公示第325号旅客及び荷物営業規則(旅客編)167条1項14号」なんてものを探して読む気にはなれませんでしたので、こう書いてくださっているのは有難かったです。
それと、(本判例のような変な論法を採らなくとも、)「無銭飲食の事案・・・において、正当な注文者・・・を装って注文・・・をする行為を欺罔と評価できるのであれば(=判例・通説です)、正当な乗客を装って改札を通過する行為も欺罔と評価することができる」、というご指摘も参考になるはずです。
他サイト様としては、「東京ギコ大学講義録」様の、
http://professorgiko.fc2web.com/kougi24/kiserujousya.html
・・・が、キャラを使って、意外と分かりやすく解説してくれています。
あと、「弁護士吉成安友のブログ」様の、
http://ameblo.jp/yoshinari-myp/entry-10532419889.html
・・・が、そこそこご参考になる気がします。