わいせつ物の意義(最決平成13・7・16、百選(第6版)
106事件、百選(第7版)101事件)
[事実の概要]
被告人Xは、NTT電話回線を利用していわゆるパソコンネットである「Yネット」を開設・運営しているものであるが、右パソコンネットの不特定多数の顧客にわいせつな画像を送信し、再生閲覧させてわいせつ物を公然陳列しようと企てた。
そして、Xは、平成5年11月ころから同7年7月31日までの間,右「Yネット」の開設場所である大阪府内の部屋において、男女の性器、性交場面等を露骨に撮影したわいせつ画像のデータ合計約4182画像分を順次、右「Yネット」のホストコンピューターであり、右電話回線に接続したNEC製パーソナルコンピューターのハードディスク内に記憶させて、ホストコンピューターの管理機能に組み込み、電話回線を使用して、パソコン通信の設備を有する不特定多数の顧客に右わいせつ画像が閲覧可能な状況を設定し、右わいせつ画像の情報にアクセスしてきたAら不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させ、もって、わいせつ物を公然陳列した。
[裁判上の主張]
検察側は、
被告人の行為は、わいせつ物陳列罪(刑法175条)に該当する、と主張した。
弁護側は、
(第1審段階において、)
(1)「わいせつ物」にあたるか
コンピューターのハードディスク内に記憶されたわいせつ画像データは、有体物ではないので、刑法175条にいう「わいせつ物」に該当しない。
(2)被告人が「陳列」した範囲
(1)に理由がないとしても、被告人が自らアップロードしたのは、約4182画像のうち700画像~800画像分であり、残りは会員がアップロードしたものであって、これらについては、被告人は刑事責任を負わない
・・・と主張した。
(控訴審段階において、)
(1)「わいせつ物」にあたるか
(ハードディスクが「わいせつ物」と判断した第1審判決に対して、)わいせつ画像データを記憶・蔵置させた被告人のコンピューターのハードディスクは、そのままでわいせつ画像が見える訳ではなく、これを見るためには、ユーザーがパソコンを起動し、通信ソフトを立ち上げ、被告人のパソコン通信サーバにアクセスして、画像データをダウンロードし、自分のパソコンの画像閲覧ソフトを立ち上げて当該画像データファイルを読む込むなど、ユーザー側の一連の動作が不可欠であり、ダウンロードした画像データの内容は、右閲覧ソフトを立ち上げるまで明らかにならないから、本件ハードディスクは、わいせつ物には該当しない
(2)被告人が「陳列」した範囲
パソコンネットの会員が、被告人のホストコンピューターのハードディスクにアップロードして記憶・蔵置させたわいせつ画像データについては、被告人は、刑法一七五条の責任を負わないし、(第1審判決は、)被告人がユーザーからアップロードされたわいせつ画像データの存在を知りながら、それらを削除しなかった不作為を被告人の責任の根拠としているが、ハードディスク上のファイル管理という技術レベルでの管理を根拠に、ユーザーがアップロードした情報内容全般について、被告人を「情報の番人」として位置付けて、削除という作為義務を認めるべきではない
(3)「陳列」にあたるか
被告人が、わいせつ画像データをコンピューターのハードディスク内に記憶・蔵置させて、ホストコンピューターの管理機能に組み込み、電話回線を使用して、パソコン通信の設備を有する者が閲覧可能な状況を設定し、これにアクセスしてきた者に、右データを再生閲覧させた方法は、刑法一七五条にいう「陳列」に該当しない
・・・等と主張した。
※第1審判決と控訴審判決の番号を合わせるために、この順番にしたのであって、論理的にはもちろん(3)「陳列」にあたらないのではないか→(2)「陳列」にあたるとしても全部について責任を負わないのではないか、である。
[訴訟経過]
第1審判決(京都地判平成9・9・24):
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
控訴審判決(大阪高判平成11・8・26):本件控訴を棄却する。
第1審判決は、
(1)「わいせつ物」にあたるか
「本件わいせつ画像のデータは、証拠上明らかなように、被告人の所有・管理する特定のハードディスク内に記憶・蔵置されているところ、本件アルファーネットの利用者が被告人のホストコンピューターにアクセスし、右画像データをダウンロードして再生しさえすれば、容易にわいせつ画像を顕出させることができることも証拠上明らかであるから、本件におけるわいせつ物とは、わいせつ画像のデータが記憶・蔵置されている特定の右ハードディスクであると考えることができる。この理は、わいせつな映像が記憶されたビデオテープの場合と同じである。ただ、本件ハードディスクの場合には、ビデオテープの場合に比べて、そこに記憶・蔵置されたわいせつ画像を顕出させるために、より複雑な操作・機器等が必要であるに過ぎない。」
(2)被告人が「陳列」した範囲
「被告人は、わいせつ画像を見せて、会員を増やせば金儲けになるとの考えから、会員がわいせつ画像のデータをハードディスクにアップロードするのを単に黙認していたというのではなく、自ら電子掲示板で会員に対し、わいせつ画像をアップロードするよう奨励するとともに、わいせつ画像のデータを三〇画像分アップロードした会員には二ケ月分の会費を免除し、多数あるわいせつ画像データを会員がアクセスしやすいように分類するなどしていた。」
さらに、「被告人は、会員がアップロードした画像データの内容のすべてを確認した訳ではないとしても、画像データのおよその数を把握していたばかりでなく、その内容がわいせつ画像のデータであろうとの認識を有していた。右のような事実によると、会員がアップロードした画像データの分についても、被告人が正犯として刑責を負うのは明らかである。」
・・・と判示した。
控訴審判決は、
(1)「わいせつ物」にあたるか
「被告人のホストコンピューターのハードディスクに記憶・蔵置されたわいせつ画像データは、被告人が運営する「Yネット」の会員が、電話回線を通じて、パソコンによりアクセスすれば、ダウンロードすることができ、画像表示ソフトを使用して右画像データを容易にわいせつ画像として顕現させ、閲覧することができるものであり、このようなわいせつ画像データが記憶・蔵置された被告人のコンピューターのハードディスクは、刑法一七五条所定のわいせつ物に包含されるというべきである。そして、本件ハードディスクは、絵画や写真等の伝統的な図画の概念からは外れるとしても、象形的な方法でパソコン画面に容易に表示できるわいせつ画像のデータが記憶・蔵置されていることから、規範的な意味において、同条にいう「図画」の概念に当てはまるというべきであり、ハードディスクのままでは視覚的にわいせつ画像を見ることができないことが、本件ハードディスクのわいせつ物該当性を否定すべき事由になるとはいえない。」
(2)被告人が「陳列」した範囲
第1審判決と同じような事実(=わいせつ画像アップロードの推奨、画像データの概数及びわいせつ画像である蓋然性の認識等)を認定して、
「被告人が、自らホストコンピューターのハードディスク内にアップロードして記憶させたわいせつ画像データのみに止まらず、会員をしてハードディスク内にアップロードさせたわいせつ画像データについても、これらを会員に閲覧させ収益を上げるという自らの用途に資する目的で、ハードディスクに蔵置させ続け、会員がいつでもアクセス、ダウンロードして閲覧することが可能な状態にしつつ、これを積極的に管理していたものと認められるから、被告人は、右わいせつ画像データ全部について、わいせつ物公然陳列罪の責任を免れない」
(3)「陳列」にあたるか
「わいせつ物を公然陳列したというためには、これを不特定又は多数の者が閲覧することができる状態に置くことをもって足りるところ、本件において、被告人は、わいせつ画像データをコンピューターのハードディスク内に記憶・蔵置させて、ホストコンピューターの管理機能に組み込み、会員が、電話回線を通じてパソコンにより被告人のホストコンピューターのハードディスクにアクセスしさえすれば、いつでも、容易に右ハードディスク内に記憶・蔵置されたわいせつ画像のデータをダウンロードすることなどにより、右データをわいせつ画像としてパソコンのディスプレイ上に顕現させ、閲覧することが可能な状態を作出し、もってわいせつ画像が社会内に広範に伝播することを可能にし、健全な性風俗が公然と侵害され得る状態を作出したものであるから、被告人が、本件ハードディスクを右のような状態に置き、ホストコンピューターにアクセスしてきた不特定多数の会員に、右データをダウンロードさせて再生閲覧させた所為が、わいせつ物の陳列に該当するとした原判決の認定・判断に誤りはない。」
・・・と判断した。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
(1)「わいせつ物」といえるか
「【要旨1】まず,被告人がわいせつな画像データを記憶,蔵置させたホストコンピュータのハードディスクは,刑法175条が定めるわいせつ物に当たるというべきであるから,これと同旨の原判決の判断は正当である。」
(3)「陳列」といえるか
「【要旨2】次に,同条が定めるわいせつ物を「公然と陳列した」とは,その物のわいせつな内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいい,その物のわいせつな内容を特段の行為を要することなく直ちに認識できる状態にするまでのことは必ずしも要しないものと解される。」
「【要旨3】被告人が開設し,運営していたパソコンネットにおいて,そのホストコンピューターのハードディスクに記憶,蔵置させたわいせつな画像データを再生して現実に閲覧するためには,会員が,自己のパソコンを使用して,ホストコンピューターのハードディスクから画像データをダウンロードした上,画像表示ソフトを使用して,画像を再生閲覧する操作が必要であるが,そのような操作は,ホストコンピューターのハードディスクに記憶,蔵置された画像データを再生閲覧するために通常必要とされる簡単な操作にすぎず,会員は,比較的容易にわいせつな画像を再生閲覧することが可能であった。そうすると,被告人の行為は,ホストコンピューターのハードディスクに記憶,蔵置された画像データを不特定多数の者が認識できる状態に置いたものというべきであり,わいせつ物を「公然と陳列した」ことに当たると解されるから,これと同旨の原判決の判断は是認することができる。」
・・・と判断した。
[コメント&他サイト紹介]
本判決は、わいせつ物は、有体物のみを対象とする(本件でいうとハードディスク)という立場を維持しつつ、わいせつ画像のネット上の公開について、わいせつ物公然陳列罪の成立を認めた点で意義があります。
高裁が認定していることなのですが、わいせつ物公然陳列罪は、抽象的危険犯ですから、本件におけるわいせつ物公然陳列罪が既遂に達した時期は、被告人が、わいせつ画像データを記憶・蔵置させたハードディスクをホストコンピューターの管理機能に取り込み、会員による右データへのアクセスが可能な状態にした時点、という事になります。具体的な法益侵害結果は必要とされていません。
本判決については、百選解説(第6版)の山口厚教授の解説が、とてもおススメです。マイナー論点ですので、このページを見て頂いた事に加えて、この百選解説を読んで頂いたのであれば、それだけで勉強としては必要十分なのではないでしょうか。
他サイト様は、マイナー論点なのに良いものが多いです。
まず、「弁護士布野貴史」様の、
http://park.geocities.jp/funotch/keiho/kakuron/shakaihoueki3/fuzoku1/22/175.html
次に、「東京弁護士法律事務所」様の、
http://seihanzai-bengo.com/seihanzai/adultchat/waisetsubutsu/
・・・が、かなりオススメです。