法人格の否認(最判昭和44・2・27、百選3事件)
[事実の概要]
原告Xは本件店舗の所有者であり、被告Y会社(代表取締役は訴外A)は本件店舗において電機器具類販売業を営み、現に本件店舗を占有していた者である。
昭和36年2月20日、原告・被告間において、本件店舗につき、賃料1か月金1万円、敷金5万円、権利金20万円、期間5年の約で賃貸借契約が成立した。
もともと、本件店舗賃貸借契約なるものは、被告の代表取締役であるAのいとこにあたるという人から、原告に対し、「うちのいとこが電気屋をやっているのだが、本件店舗を貸してやってくれないか。」との申入れがあり、原告においてこれを承諾した結果、成立したものであつて、法律にさして明るくない原告としては、その電気屋なるものが会社組織か、それとも、個人企業かなどという点についてまでは明確に認識せずに要するに、電気屋のAに本件店舗を賃貸した。
他方、被告は、株式会社とはいうものの、実質的にはAの個人企業であって、ただ、税金対策上会社組織にしたにすぎず、A自身、後記念書においては賃借人として「A」と表示している。
原告は、本件店舗の隣で医薬品販売業を営んでいるが、競争店に対抗して売上げを伸ばすためには、店舗の拡張が必要なので、Aに対して期限の昭和41年2月20日には本件店舗を明け渡してくれるよう申入れたところ、Aが「今すぐといわれても困る。」というので、あと、半年待つこととし、昭和41年2月21日、Aから「昭和41年8月19日までには必ず明け渡す。」旨のA名義の念書を得た。
ところが、右約定の昭和41年8月19日が過ぎても、Aは本件店舗の明渡しをせず、しかも、同年9月以降は家賃を原告に提供しないで、じかに法務局に供託するに至つたので、原告は同年11月29日Aを被告として本件店舗の明渡し請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。
そして、右訴訟の係属中、昭和42年3月4日、裁判所の勧告により、原告の代理人である弁護士とAとの間で、「〔1〕本件店舗賃貸借契約は昭和42年3月4日をもって合意解除する。〔2〕被告は、昭和43年1月末日限り、本件店舗を原告に対して明け渡す。〔3〕被告は、右明渡し済に至るまで毎月末日限り1か月金1万円の割合による使用損害金を支払う。」との趣旨の和解が成立した。
なお、右和解の際には、本件店舗の賃借人の名義が契約書上被告Y会社名義になっていたことは別段問題とされなかったが、被告会社の代表取締役でもあるA自身、特に個人としてのAと被告Y会社代表取締役としてのAとを意識的に区別し、後者としての資格を除外して右和解に応じた趣旨ではない。
しかし、和解成立後、Aが和解の当事者はAでありY会社であるため、会社が使用している部分は明渡さない旨主張したため、Xは再び本件建物の明渡し及び明渡済に至るまでの使用損害金の賠償請求を求め、提訴した。
[裁判上の主張]
原告は、自己所有、Y会社占有・家賃相当額の損害の発生、賃借権が遅くとも合意解除により効力を失ったことを請求原因(及び再抗弁)として主張して、
「被告は、原告に対し、昭和43年1月31日限り、別紙物件目録記載の建物部分から退去してこれを明け渡し、かつ、昭和42年3月5日以降右明渡済に至るまで1か月金1万円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
被告は、本件店舗について(和解したのは、A個人であり)Y会社は未だ賃借権を有していることを理由に、占有が適法であることを主張し、請求棄却を求めている。
[訴訟経過]
第1審判決(東京地判昭和43・1・19):
被告は、原告に対し、昭和43年1月31日限り別紙物件目録記載の建物部分から退去してこれを明け渡し、かつ、昭和42年4月1日以降右明渡し済に至るまで1か月金1万円の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
その理由として、
上記事実の概要に掲載した通りの事実を指摘し、
「本件店舗賃貸借契約は、おそくとも、前認定の昭和42年3月4日の和解をもって合意解除され、A個人はもとより、被告会社もその代表取締役であるAを通じて本件店舗を昭和43年1月末日限り明け渡すべきことを原告に対して約したものと認められる。従って、その余の点について判断するまでもなく、被告会社は昭和43年1月末日限り本件店舗を原告に対して明け渡すべき義務がある。」
・・・と判示している。
※支払義務発生時期が、3月5日ではなく4月1日になっているのは、「原告本人尋問の結果によれば昭和42年3月分の損害金1万円はAにおいて、すでに支払済である」と認定されているからです。事実上の原告の全面勝訴判決です。
控訴審判決(東京高判昭和43・6・3):本件控訴を棄却する。
理由としては、
「岸は、原審及び当審において、同号証は、Y会社としては拒絶する旨を断って、A個人として署名したものであり、被控訴人(=原告)主張の和解もA個人としてしたものである旨供述しているけれども、Y会社が依然本件建物部分を賃借してこれを使用しているのでは、A個人だけにその明渡を約束させても無意味であるし、甲第四号証によれば、右和解においてはAは被控訴人に対し和解成立のときから、本件建物部分明渡まで1か月1万円の割合による損害金を支払い、被控訴人はAに対し、遅滞なく右明渡しを履行することを条件として、5万円の移転料を支払うことと定められているが、控訴人が依然賃借人として1か月1万円の賃料を支払うのに、Aが二重に損害金として1か月1万円の損害金を支払うわけもなく、控訴人が依然賃借人として本件建物部分の使用を続け、被控訴人がこれを使用できないのに、Aだけがこれから退去したからといって、被控訴人が同人に5万円の移転料を支払うことも考えられないから、右各供述部分は到底信用できない。」
・・・として、被告(=控訴人)の主張を一蹴している。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
「およそ社団法人において法人とその構成員たる社員とが法律上別個の人格であることはいうまでもなく、このことは社員が一人である場合でも同様である。」
「しかし、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであって、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに、法的技術に基づいて行なわれるものなのである。」
「従って、法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合を生じるのである。そして、この点に関し、株式会社については、特に次の場合が考慮されなければならないのである。
「思うに、株式会社は準則主義によって容易に設立され得、かつ、いわゆる一人会社すら可能であるため、株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人則会社であって、その実質が全く個人企業と認められるが如き場合を生じるのであって、このような場合、これと取引する相手方としては、その取引がはたして会社としてなされたか、または個人としてなされたか判然しないことすら多く、相手方の保護を必要とするのである。ここにおいて次のことが認められる。」
「すなわち、このような場合、会社という法的形態の背後に存在する実体たる個人に迫る必要を生じるときは、会社名義でなされた取引であっても、相手方は会社という法人格を否認してあたかも法人格のないと同様、その取引をば背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することを得、そして、また、個人名義でなされた行為であっても、相手方はあえて商法504条をまつまでもなく、直ちにその行為を会社の行為であると認め得るのである。けだし、このように解しなければ、個人が株式会社形態を利用することによって、いわれなく相手方の利益が害される虞があるからである。」
・・・と一般論を述べた上で、本件事案について、
「右事実を前示説示したところに照らして考えると、上告会社は株式会社形態を採るにせよ、その実体は背後に存するA個人に外ならないのであるから、被上告人はA個人に対して右店舖の賃料を請求し得、また、その明渡し請求の訴訟を提起し得るのであって(もっとも、訴訟法上の既判力については別個の考察を要し、Aが店舖を明渡すべき旨の判決を受けたとしても、その判決の効力は上告会社には及ばない)、被上告人とAとの間に成立した前示裁判上の和解は、A個人名義にてなされたにせよ、その行為は上告会社の行為と解し得るのである。しからば、上告会社は、右認定の昭和四三年一月末日限り、右店舖を被上告人に明渡すべきものというべきである」
・・・と判示した。
[コメント&他サイト紹介]
被告の弁護人にとって、これほど負けを確信しながら戦わなければならなかった事件はないのではないでしょうか。被告が勝てる見込みが全くない勝負です。被告としては、移転先を見つけるまでの時間が稼げればよかったのかもしれませんね。(もしそうだとすると、それを知りながら弁護士は受任していいのか、という法曹倫理の問題にも派生しそうですね。・・・完全に余談ですが。)
本件は、法人格否認の法理を最高裁が採用していることを明言している点、濫用事例と形骸化事例の2種類があることを指摘している点が重要です。また、括弧書きの中で述べている既判力については別途、考慮すべき旨を傍論として述べている点も地味に重要です。
他サイト様は、素晴らしい内容のものが多かったです。
まず、本判決にも触れながら法人格否認の法理を簡単に説明しているものとして、「弁護士江木大輔のブログ」様の、
http://ameblo.jp/egidaisuke/entry-11325889587.html
法人格の否認の法理に関する情報が高レベルで、過不足なく、かつ見やすくまとまっているものとして、「tgls33 Twonote」様の
http://d.hatena.ne.jp/tgls33/20050414/1113458605
新会社法制定による法人格否認の法理への影響にも言及しているものとして、「株式会社アルテスタ」様の
http://www.artista.co.jp/article/13219532.html
司法試験レベルを遥かに超えるものの、アクセス可能な文献を多数紹介され、一部引用も参照できるものとして、「うまなり」様の
http://www.geocities.jp/li025960/home/topics/d05.html
法人格否認の法理関連の論点がわりとコンパクトにまとまっているものとして、岡山大学法学部の資料と思われる
http://www.law.okayama-u.ac.jp/~ryusuzu/022a02.htm
・・・が全て一読の価値があると思います。