招集手続の瑕疵と取締役会決議の効力(最判昭和44・12・2、百選66事件)
[事実の概要]
被告Y社は、原告X社を受取人として、約束手形2通を振り出した。
約束手形2通は、金額100万円のものと金額80万円のものであり、
いずれも、支払地は東京都墨田区、支払場所は中央信用金庫――支店、振出地は東京都、振出日は昭和39年9月14日、振出人Y社代表取締役A、受取人原告X社との記載がなされている。
そして、右手形はいずれも適法に呈示されたが、Y社は支払わなかった。
なお、Y社代表取締役Aは、本件手形振出当時、X社代表取締役を兼ねていた。
また、Y社においては、形式的には取締役会の承認があったが、上記取締役会は、取締役Bに対する招集通知がなされておらず、Bおよび取締役Cの出席がないまま、その他の取締役4名全員の出席によってなされたものであった。
ちなみに、Bは取締役会に出席したことが一度もない名目上の取締役であった。
[裁判上の主張]
X社は、手形金180万円及びこれに対する満期後の法定利息(年6分)の支払を求めた。
これに対し、Y社は、
① Aの権限濫用ゆえに無効、あるいは利益相反行為であるのに取締役会の適法な事前承認を得ていない点で無効である
② 本件手形振出は、適法な取締役会決議を経ておらず、結局原因関係が無効であるから、Y社は手形金の支払義務を負わない
・・・と主張した。
X社は、適法な取締役会決議の存在を論証するために、上告理由において、
③ Bは名目上の取締役にすぎず、取締役会に出席した事もなかったのである。名目的にすぎない取締役は旧商法259条の2(現会社法368条1項)の招集通知を受ける取締役の中に含まれない、と解すべきである。
④ Y社がX社から借入れにより事業資金を調達することは当時としてはやむを得ない事情にあり、仮にB・Cが取締役会に出席したとしても上記承認決議の意思決定には影響が無かった。
・・・と主張した。
(cf. 争点は、適法な取締役会決議の有無です。これが今回のテーマであり、本事例の最高裁判決が判断した全てです。本件が利益相反取引にあたるか否か、権限濫用の有無は結局、高裁も最高裁も判断していません。)
[訴訟経過]
第1審判決(東京地判昭和42・4・3):
被告は原告に対し、180万円およびこれに対する昭和39年10月13日から完済までの年6分の割合による金員を支払わなければならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
第1審判決は、当事者の攻撃防御方法が載っているのみで、見るべきところはない。
控訴審判決(東京高判昭和43・8・9):
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、一・二審とも被控訴人の負担とする。
控訴審判決は、
被告の主張②(=適法な取締役会決議を経ておらず、原因関係が無効)に対し、
「右取締役会の開催については、当時の取締役の一人であるBに対し招集通知をせず、同人および取締役Cが出席しないまま決議がされたことは,被控訴人の自認するところであるから、右取締役会における承認決議は、その招集手続が商法259条の2に違反し、無効であるというべく、したがって、取締役会の有効な承認がないままされた被控訴人主張の借金契約ならびに該借金支払のための本件約束手形振出行為は、すべて無効である。」
「よって、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴手形金請求は理由がないから、これを認容した原判決を取消し、民訴法89条、96条を適用して、主文のとおり判決する。」
・・・と判断した。
[判示内容]
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
(1)原告の主張③(=名目上の取締役には、招集通知を送付する法的義務は発生しない)に対して、
「取締役会を招集するにあたり、取締役全員に対してその通知を発しなければならないことは、商法二五九条ノ二の規定に徴して明らかであり、所論のように、たんに名目的に取締役の地位にあるにすぎない者に対しては右通知を発することを要しないと解すべき合理的根拠はないから、原判決に所論の違法はない。」
(2)原告の主張④(=仮に出席していても結論は変わらなかった)に対して、
「取締役会の開催にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集手続に瑕疵があるときは、特段の事情のないかぎり、右瑕疵のある招集手続に基づいて開かれた取締役会の決議は無効になると解すべきであるが、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、右の瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である(最判昭和39・8・28参照)。」
「第一審判決は、右の法理に基づき、被上告会社取締役会において本件取引に対する承認決議がなされた際の事情を認定したうえ、右取締役会に出席しなかった訴外Bおよび同Cに対しては取締役会の招集通知がなされなかったが、右Bはいわば名目的に取締役に名を連ねているにすぎず、したがって、同人らに対して適法を招集通知がなされ、同人らが取締役会に出席しても、前記承認の意思決定に影響がなかつたものと認められるとし、本件承認決議が有効になされたものとの判断を示したところ、上告人は、原審において右判断を援用し、本件決議の有効性を主張していることが認められるから、上告人は、原審において前記特段の事情を主張していたものと解すべきである。」
「しかるに、原判決は、本件取締役会の開催については、取締役の一人であるBに対し招集通知がなされなかったこと(Cに対する招集手続の有無については確定するところがない。)、BおよびCが前記取締役会に出席しないまま前記承認決議がなされたこと、右両名がのちに右決議内容を承認した事実は認められないことを確定しただけで、上告人の前記主張については格別の判断を示さないまま本件承認決議は無効であると断定し、これが有効であることを前提とする上告人の請求を排斥しているのである。」
「してみれば、原判決には当事者の主張に対する判断を遺脱した違法があるが、右主張の成否は原判決の結論に影響を及ぼすものであるから、同旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。」
[コメント&他サイト紹介]
本判決が示した「その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるとき」という基準における「特段の事情」は基本的には、とても論証しづらいです。
何故なら、取締役は経営のプロとして、各々の取締役が報告することで得られる取締役会で参照可能なあらゆる情報をもとに、自由闊達な議論をし、それを踏まえた上で決断することが求められているのであり、「当該取締役が出席して、新たな情報を報告し、あるいは意見を表明することで結論に影響を与える可能性」はなかなか排除できないからです。
しかし、本件Bのように名目的取締役であれば、新たな情報を報告する可能性はまず無く、意見の影響力も微小でしょうから、比較的「特段の事情」を論証しやすいように思います。
注意すべきは、「今回は既に取締役4名が全員一致で決議していたのであり、B・Cが決議に参加し、仮に反対したとしても、4対2で結論に変わりはないため、特段の事情を肯定できる」というような論証は絶対にしてはならない、ということです。このような理屈では、取締役会という会議体を設けた会社法の趣旨が完全に没却されてしまいます。
他サイト様としては、「ロア・ユナイテッド法律事務所」様の、
http://www.loi.gr.jp/knowledge/businesshomu/homu02/houmu03-05-01.html
・・・このページが見やすくて素晴らしいと思います。