【平成26年度 行政書士試験 第45問 40字記述解説(民法1)】
問題(平成26年度第45問):(平成26年度の問題については、著作権者である行政書士試験研究センター様の問題使用許諾を得ておりませんので、全文引用は避け、問題掲載ページへのリンクを貼ります。コチラです。なお、以下では著作権法で許される範囲の部分的な引用を行っております。)
(解説)
これは、出来た方が意外と多いであろう問題です。
下記のようなある程度丁寧な事例分析が出来ずとも、詐害行為取消権の性質をある程度知っていて、よく分からないけど、これしか考えられないだろ!と解答したものが、正解だった、という人がかなりいるはずです。
もっとも、「詐害行為取消権」の要件・効果を何となくでもいいから覚えていないと、厳しかったとは思います。
ちゃんと民法を勉強した方とそうでない方で、出来が二分された問題とも言えそうですね。
(1)詐害行為取消権の「取消し」とは
「詐害行為取消権」の効果の特徴については、コチラでやや詳しく解説しておりますので、是非ご一読下さい。
簡単に言えば、取引社会への影響を可能な限り小さくするため、「詐害行為取消権」における「取消し」は、(民法総則での「取消し」のように)「無かったことにする」という単純な意味ではなく、「債権者と悪いヤツとの間でのみ効力を無かったことにする」(相対的取消)ものだし、ここにいう「取消し」は、そもそも債務者から流れ出ちゃった財産を取り戻す(=債権者が当てにしていた債務者の財産(=責任財産)を元の水準にまで戻す)ためのツールにすぎないため、「債務者のもとに財産を戻せ」と請求できる権利でもある上、「財産戻せないなら金払え」と価格賠償を請求できる権利ですらある、という感じです。
つまり、同じ「取消し」という用語が使われていますが、フツ~の「取消し」とは全く違って、一定の局面について、色々な方面に配慮しながら適切に対処するための便利ツールとして観念されているのが、この「詐害行為取消権」です。
「取消し」って字面なんて知ったこっちゃねぇ!とても繊細な配慮が必要なんだよ!ってことです。
(2)問いの分析
さて、では問いの分析をしましょう。
まず、問題文の「Bに優先的な満足を得させる意図で」という言葉を見た瞬間、「詐害行為取消権」が関わってくるかも、と分かります。分からなければなりません。そして、「Xは、自己の債権を保全するために、」と問われている時点で、あぁやっぱり、と思うわけです。
したがって、「どのような権利に基づき」というのは、事例を分析するまでもなく、「詐害行為取消権」だな、と分かります。「相手」と「対応」は、事例を分析しなければ分かりませんので、事例を分析してみましょう。
(3)事例の分析
「形成権」としての詐害行為取消しの対象になりそうな行為は、3つあります。
順番に検討していきましょう。
(ちなみに、「請求権」としての詐害行為取消しの対象になりそうな人は、B・Cの二人いますが、この点については後述します。簡単に言えば、悪意のBはオッケーで、善意のCはダメです。)
①AがBに代物弁済した行為、②AからBに代物弁済を原因として「移転登記」をなした行為、③BからCに時価で売却した行為、です。
(3-1)②について
おそらく②「移転登記」をなした行為については、見落とした方が多いでしょう。
「移転登記」は、登記名義人と登記権利者が共同して行うため、ここでは登記名義人Aと登記権利者Bが共同して登記申請をしています。Aの印鑑証明書の提出や、Aが保有していた登記識別情報(パスワード)の提出(まぁこれは無いなら無いでいいんですが)など、意外にAは登記手続に関与する必要がありますので、取消しの対象になる気もする訳です。
(ちなみに、破産法上の否認権(=詐害行為取消権より強力だけど、機能的には同じ機能を果たす権利です。「破産」していた場合に、債務者の財産の総清算を破産管財人が行うための武器の一つが、この否認権である一方、「破産」は何とか回避して債務整理する場合に用いるのが、詐害行為取消権なのです。)においては、「登記」行為も原則として、否認の対象です(破産法164条参照)。否認の対象は、条文上単に「行為」とされているからです。(破産法160条参照))
しかし、詐害行為取消権においては、「移転登記」のような対抗要件具備行為は、取消しの対象とはならない、と判例は考えています(最判昭和55・1・24)。
民法424条1項本文は、取消しの対象を「法律行為」としていて、対抗要件の具備のような履行行為に過ぎない行為は、含まれないと考えた、というのが一つの説明です。
(※なお、このような理屈からは、〔2020年4月施行の〕債権法改正後の424条は取り消しの対象を「行為」と規定している為、理解を修正すべきか検討する必要があります。)
ですので、②は、解答すべきでない事になります。
(3-2)③について
では、③(BからCに時価で売却した行為)はどうでしょう。
形成権としての、詐害行為取消権は、「債務者」の法律行為の取り消しなので、BC売買の取消しは主張できません。債務者の行為じゃないからです。
したがって、③も対象ではないので、回答してはいけません。
ついでにここで、転得者「C」に対して、「請求権」としての「詐害行為取消権」が使えるか否かも検討しておきましょう。
本問における転得者Cは、「上記事情を知らない」とされています。つまり、善意です。善意の転得者Cに主張できることは何もありません。424条1項但書を見れば分かりますよね。
なお、転得者が「登記」を具備したから、もはや転得者には何も主張できない、などと勘違いしないで下さいね?
転得者Cが仮に悪意であれば、「登記」を具備していても、甲土地の返還を請求できます。併せて「登記」の抹消を請求することになるだけです。
(3-3)①について
結局、一番分かり易い①が、回答の対象となる「法律行為」です。
けれど、一応要件に照らしてちゃんと考えておきましょう。
(3-3-1)「代物弁済」は法律行為か
まず、売買ならともかくAB間で行われたのは、「代物弁済」です。
「代物弁済」は、債権者と弁済者との間で結ばれる「契約」ですので、「法律行為」に該当します。
(cf. これに対して、「弁済」って「法律行為」(=契約、単独行為、合同行為の上位概念。ある法律効果を欲する意思表示により、その通りの効果が得られる行為)ですかね?
フツーに考えれば違います。単なる履行行為です。「債務の消滅」という効果が発生しますが、これは「弁済」によって目的を達成したからであり、弁済者の「債務を消滅させる」という意思によるものではない、というのが通説です。
ということは、(3-1)の「登記の具備」と何ら変わらないはずです。
しかし、「弁済」は、424条にいう「法律行為」に含まれることとされています。
大人の事情です。
「登記」を取消し対象にしなかったのは、実は「対抗要件部分だけの取消し」を認めるのは、紛争の抜本的な解決に却って資さない、という実質的な理由がありました。
他方、「弁済」は、取消し対象にしないと、「債権者のヒキョーな抜け駆け行為」に何らの歯止めも設けられなくてマズイっていうこれまた実質的な理由があるのです。
ここから分かるのは、「取消し」、「法律行為」とかいう言葉は、424条においては、ホント繊細な解決が求められるので、ややねじ曲がる、ということです。形式的に考えちゃダメって事ですね。)
(3-3-2)「代物弁済」行為の詐害性
次に、Bは「代物弁済」を受領しただけですが、これも「債権者を害する」行為(詐害行為)なんですかね?
だって、Bに甲土地が取られましたが、BのAに対する債権はそれで消滅したわけですから、(仮に甲土地が相当な価格で代物弁済されたのであれば)プラスマイナスゼロとも考えられそうじゃないですか。
この点は、知っておられる方が多いですよね。
一部の債権者への弁済については、判例は、原則としては詐害行為には当たらないけれど、「唯だ、債務者が一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもって弁済したような場合にのみ詐害行為となる」、としています(最判昭和33・9・26)。
また、それが「代物弁済」であった場合については、相当な価格で代物弁済に充てる行為も詐害行為とした判例はありますが(大判大正8・7・11)、少し先例としての価値に疑問があるようです。
何故なら、土地を相当価格で売却したような場合であれば、不動産が費消しやすい金銭に替わったことで、事実上担保としての価値が大きく下がったと評価できますが、土地が、「債務の弁済」に充てられた場合(=代物弁済の場合)、相当な価格でありさえすれば、(債務者の手元にお金が入る訳ではないのですから、)費消するおそれなど無く、担保としての価値が下がったとは評価できないからです。つまり、相当価格でありさえすれば、「代物弁済」を「弁済」と異なる取扱いをする理由がないのです。
もっとも、一般的には、「代物弁済」は、通常の「弁済」とは異なり、非義務的な行為であって、わざわざ自分からアクションを起こしているのだから、そのような行為に対する規制は厳しくていいよね、と考えられています。「債権者がどう困る」って話ではないので、ちょっと理由としては弱い気もしますけどね。
(※ 前提知識: 判例は、債務者が土地を売却した場合は、相当価格での売却も原則として詐害行為にあたるとしています(大判明治39・2・5)。)
まぁでも、「代物弁済が相当な価格でされたか否か」、「Bに他の債権者を害する意思まであったかどうか」は、本問の問題文の記載からは分かりません。
そのため、この詐害行為取消しの主張が認められるかは、本問からは分かりません。
だから、問題文は、Xの対応のみ聞いている訳ですね。
Xとしては、詐害行為取消しが認められる可能性に賭けて、AB間の代物弁済の取消しや価格賠償の請求をすることになります。
(4)事例の分析を踏まえた上での解答作成
では、以上の分析を踏まえまして、問いに答えていきましょう。
「誰を相手として」、「どのような対応をとればよい」のでしょうか。
(4-1)Xの請求の相手方
まず、詐害行為取消権は、相対的取消であることから、債務者ではなく、受益者又は転得者を相手方として行使すべきものです(大連判明治44・3・24)。
ですので、債務者Aは相手方ではありませんね。
そして、本問の善意の転得者Cに対しては、上述のように取消権としての主張も請求権としての請求もできません。
よって、相手方は、悪意の受益者Bです。
(4-2)Xがすべき対応
詐害行為取消権の効果を再度思い出してみましょう。
ざっくり言えば、行為の取消し、返還等の請求、(返還請求できない場合は)価格賠償の請求の3つがありましたね?
あと、重要な事ですが、詐害行為取消権は、「裁判所に請求する」形でしか権利を行使できません。従って、「訴えを提起する」と解答に明記することが絶対必要になります。
これを前提に今回の事例について考えてみます。
請求の相手方であるBは、既に甲土地の所有権を有していません。
また、Bに「Cから所有権取り戻してこい!抹消登記してくれるように頼んでこい!」と請求したところで、詐害行為取消権の効果は、Cには及ばない訳ですから、何の効果もありません。
そこで、甲土地の返還請求については、諦めるしかありません。
したがって、出来るのは❶「代物弁済の取消し」と、❷「価格賠償の請求」の二通りです。
よって、Xがすべき対応としては、
❶「代物弁済の取消しを求めて訴えを提起する」
❷「裁判所に価格賠償を求める訴えを提起する」
❶+❷「代物弁済を取消し、価格賠償を求める訴えを提起する」
・・・のいずれでもよいと思われます。
ちなみに、❶のみでは、解決になるか否か不透明です。
「代物弁済の取消し」のみ求め、請求認容されたとしましょう。
次にXとしては、Bから甲土地の代金分の金銭を吐き出させなければなりませんから、AのBに対する不当利得返還請求権をXが代位行使する必要があります。
ですが、そもそも「代物弁済の取消し」は「相対的取消」であり、債務者Aには効果が及んでいないのですから、Aとの関係では、AB間の代物弁済はなお有効とも考えられ、「法律上の原因」があり、不当利得返還請求権がそもそも存在しないと考える余地があります。それゆえ、解決になるか不透明なのです。
しかしながら、❶も十分解答として成立しますし、仮に満点は無理だったとしても、部分点は必ずあります。
個人的には、❶がもし減点されるのであれば、少し納得いきません。(Xにとって経済的に最適な対応ではなかったとしても、)一つの対応としてありうるからです。問題文の聞き方が悪かったんじゃないの?って思ってしまいます。
(5)解答例
さて、超長くなりましたが、以上をまとめて解答例を示しておきましょう。
(解答例)
詐害行為取消権に基づき、Bを相手として、代物弁済を取消し、価格賠償を求める訴えを提起する。