575条
1項 まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは、その果実は、売主に帰属する。
2項 買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。ただし、代金の支払について期限があるときは、その期限が到来するまでは、利息を支払うことを要しない。
【ある程度勉強が進んでいる人向け(法学部3年生レベルくらい?)】です。
「果実」とは、「特定物」とは、という部分の理解が曖昧であれば、まず予備校本や学者本でそのあたりを読んでから見てくださいませ。
手持ちの基本書のみを参考に、後はちゃちゃっと自分の頭で考えてまとめたものなので、内容の正確性に関してあまり自信はありませんが、ご学習の一助となりましたら幸いです。
1、【575条2項の「利息」を遅延損害と見る考え方(多数説)を前提にした世界観による説明】
1―0 575条1項の文言から見る575条の射程
「まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じた」というのは、「目的物」が「特定」されていることを前提とした概念だということをまず確認しておきましょう。
①「特定物」売買か、②「不特定物」売買であっても目的物が「特定」されている状況を前提とした条文なのです。
例えば、馬30頭引き渡すという(不特定物売買の)契約締結後、売主側があらかじめ40頭程度厩舎で飼育していた馬のうちの一頭が子供を産んだとしましょう。売主としては、その「子供を産んだ馬」を引き渡すべき義務はありません。引渡し期限がまだ先なのであれば、その子馬を育てて、引き渡すべき馬のうちの1頭にすることすら売主の自由なのです。
1-1 575条のない世界
ルール1:果実は、原則として元物の所有者のものである(89条)
ルール2:特定物売買においては、(特約のない限り)売買契約時に所有権が移転する(176条、555条、最判昭和33・6・20)
ルール3:不特定物売買においては、(特約のない限り)目的物を特定すれば、所有権が移転する(176条、401条2項、555条、最判昭和35・6・24)
この3つのルールからは、
帰結if:特定物売買契約締結(あるいは不特定売買において目的物の特定)後から、(特約のない限り)、果実は原則として買主のもの
・・・ということになります。
つまり、(特約のない限り)買主は、(575条が存在しない世界においては、)目的物引渡しの前から果実を手に入れることができるわけです。
しかし、そうだとすると、引渡しまでの間、売主は、買主という他人の物(果実)も一緒に管理する必要があります。
ここで大事なのは、契約の目的物(元物)を管理し、引き渡すのは売主の義務(400条)であり、果実を引き渡すのも買主の物なのですから売主の義務ですが、果実を管理するのは(特約のない限り)売主の義務ではない、という点です。
ということは、売主は、買主に対して、理由もないのに買主の物を保管してあげたんだぞ、ということで、管理・保存費用の償還請求が出来るのです。
575条が無ければ、こんな感じの処理になります。
1-2 575条がしたいこと(制度趣旨・存在理由)
上の処理でも誰かが困る訳ではないのですが、「買主が果実を得るけど、その果実の管理費用は買主が支払わなきゃダメなのか…あ~管理費用の算出がとても面倒!」ということで、「果実の管理費用の処理」を不要にする制度にしました。
すなわち、
帰結if:特定物売買契約締結(あるいは不特定売買において目的物の特定)後から、(特約のない限り)、果実は原則として買主のもの
・・・を修正して、
帰結true:引渡し後から、果実は買主のもの
・・・にしました。これを実現したのが、575条1項なのです。
つまり、買主の果実取得時期を、「引渡し」時に遅らせることで、「売主が他人(買主)の物を管理する」状態をなくし、「果実の管理費用」概念が出てこなくて済むことにしました。
ただ、このままだと(基本的には「引渡し時までに得た「果実」の価値」>>「その「果実」の管理費用」であるため、)帰結ifよりも買主が(果実の取得開始時期が遅れちゃうという形で)損しちゃいます。
処理が面倒という理由で、575条を設けているのに、買主が損をする結果は許容できません。
そこで、民法は575条2項を設け、買主は、「引渡し」時から代金の「利息(仮)」を支払えばよい、として買主にメリットを与え、利益の調整を図りました。
ここまでを一言でまとめますと、法律関係の簡便さを追求し、575条1項で、買主のデメリットとなる「果実取得時期を遅らせる」処理をする代わりに、575条2項で、買主にメリットを与えたのです。
(cf. は??575条2項で売主の買主に対する利息支払請求権が発生することが、買主のメリット??とお思いの方もおられるでしょうが、すぐ下で解説しておりますので、とりあえず読み進めてください。)
1-3 575条2項にいう「利息」って何?
575条は、1項で買主にデメリットを与え、2項で買主にメリットを与える、という趣旨の規定でしたよね。
ですが、冷静に考えてみると、2項って買主のメリットになっていますかね?
そもそも、(特約もないのに)代金の利息を支払う義務って、どんな局面で発生するんでしょう。
債権総論・契約総論をフツーに学んだ者の理解からすれば、買主はフツーに取引する限りにおいて、(特約のない限り)代金以外の+αのお金を支払う義務なんてありません。
(取引がいずれ完了することを前提として、)例外的に、買主に+αのお金を支払う義務が発生するのは、(代金支払が先履行であるか、引渡し(の提供)を受け同時履行関係が無くなることによって、)履行遅滞に陥った場合の遅延損害金です。
そこで、学説の多数説は、「利息」という言葉をムリヤリ「+αのお金」と読み替え、この「利息」という言葉は「+αのお金」である「遅延損害金」を意味するのだ、と理解します。
そして、「遅延損害金」は、415条の原則から言えば、「違法な履行期限の徒過」により発生するのが原則であるところ、575条2項は「引渡し」をも発生の要件とすることで、「遅延損害金」が発生する時期を通常より後にズラす可能性を認めたのです。これが買主のメリットです。
つまり、575条2項は、「違法な履行期限の徒過」という要件から、「違法な履行期限の徒過+引渡し」という要件にすることで、遅延損害金発生時期を遅らせる可能性を認めた、415条の特則だと理解するのです。
(cf. 補足です。本来は、要件事実論の問題なのですが、なるべく要件事実論の言葉を使わずに説明します。
「違法な履行期限の徒過」という際の、「違法な」というのは、同時履行の抗弁権や留置権が存在しないのに履行期に履行をしない、という状況を指します。つまり、相手が同時履行の抗弁権を持っている状況では、いつまで経っても相手は「違法な」状態にはなりません。そこで、買主を履行遅滞にしたい売主としては、同時履行の抗弁権を消滅させるために、自分の債務の履行、すなわち「引渡し」(あるいは「引渡し」の提供)をすることになります。
とすれば、同時履行関係にある場合には、買主が「違法な履行期限の徒過」状態にあるのであれば、たいていの場合は売主は「引渡し」をしています。そして、この場合は、「違法な履行期限の徒過(引渡し含む)」=「違法な履行期限の徒過+引渡し」なのです。ということは、売主の義務と買主の義務が同時履行関係にある場合には、遅延損害金説からすれば、575条2項は、全く買主のメリットにはならない、ということです。
買主側の「代金支払」が先履行の場合や、売主側が、「引渡し」をせず、「引渡し」の提供にとどめたような場合にのみ、「履行遅滞」に陥るためには本来は売主の「引渡し」は不要なので、575条2項が買主にとって意味を持ってくることになります。)
2、【575条2項の「利息」を法定利息と見る考え方(判例)を前提にした世界観による説明】
2-1 575条の前提とする世界観
さて、以上の考え方と、判例(大判昭和6・5・13)は異なる考え方です。
世界観からして異なります。
まず議論の前提として、1-1「575条のない世界」に、以下のような「金銭」に関する分析が加わります。
そもそもおよそ「金銭」というものは、同額であれば、貰うのが早ければ早いほど得をします。運用できるからです。「今日貰う100万円」と「1年後に貰う100万円」は、「今日貰う100万円」の方が、価値が高いのです。
今日貰った「100万円」を、1年後にどのくらいに出来るかは、実際には個人の才覚によりますが、それを計算する必要に迫られた場合は、(特約のない限り)「法定利息」(404条)で計算します。
さて、売主と買主との間で売買契約が結ばれたとしましょう。
特定物であれば、(特約のない限り、)契約締結時点で、所有権が買主に移るのでしたよね。
これとパラレルに考えると、(特約のない限り、)売主は「契約締結時点での代金額」を本来は手に入れるべきなのです。
あくまで空想のお話ですが、「契約締結時点」で買主が「目的物」について概念上オイシイ思いをするのであれば、売主も「契約締結時点」において、「代金」について概念上オイシイ思いをすべきなのです。
ここから、売主は、本来「代金の支払期限到来時」や、「買主が履行遅滞に陥った時点」ではなく、「契約締結時点」の「代金額」を手に入れるべきですから、(特約のない限り)「契約締結時点」から法定利息を請求することができる、とも言えるわけです。これを具体化する民法の条文はありませんから、このような利息請求権はありませんが、概念上このように考えることも可能、ということです。
このような世界観が、おそらく理解の前提になっています(全て私見)。
2-2 575条がしたいこと(制度趣旨・存在理由)
上のような分析を前提にすると、買主は、「契約締結時点」からの「(法定)利息」を取られない分、常に少し得をしている、と考えられます。
そこで、575条1項は、(本来、所有者である買主に帰属するはずの)「果実(-果実の管理費用)」を「引渡し」までは売主に帰属させ、売主に利益を与えることで、バランスを取りました。
内田先生の「民法Ⅱ債権各論」に載っている
〔果実〕-〔管理費用〕=〔代金の利息〕
とみなした、というのは、このような意味です。
なお、これは1、【遅延損害説】で述べた利害調整とは、「利息」の中身が異なる訳ですから、利害調整の内容が全く異なります。
そして、575条2項は、概念上のみ存在した「利息請求権」を制度化することで、「引渡し」後は、「売主」が利息を得、「買主」が果実を得るという本来の形に戻し、この技巧的な利害調整を終了することを基本的には宣言しているわけです。
大村先生の「基本民法Ⅱ債権各論」に載っている、
「引渡時に、果実収取権と利息債権とが、それぞれ相手方に移転する」というのも、このような意味に理解できると思います。
(cf. 補足です。制度上、買主は利息債権なんて持っているはずがないのですから、売主に移転しようがありません。ここでいう利息債権は、「契約締結時から運用していれば、少なくとも法定利息分くらいは稼げたんだ」という運用利益こそが、その内実なんだと思います。)
2-3 575条2項にいう「利息」って何?
以上の説明から分かる通り、文字通りの「利息」です。
575条2項は、売主が潜在的に有していたとも考えられる利息請求権を実体法化したものです。
買主が履行遅滞に陥っているか否かを問わず、売主が「引渡し」をした時点で、売主は「利息請求権」を有することになります。
3、【575条1項の帰結の説明】
この世界観の違いは、575条2項の解釈や、要件事実には大きな差を生み出します。
しかし、どちらの世界観を前提にしても、575条1項の帰結に差が生じる理由はあまりありませんので、判例の処理を前提に、帰結だけ書いておきます。
① 買主「代金支払」未履行、売主「引渡し」未履行
⇒575条1項のルール通り、果実は「売主」に帰属。
② 買主「代金支払」履行済み、売主「引渡し」未履行
⇒575条1項のルールからは、引き渡されていない以上、果実は「売主」に帰属するように見えるが、買主側が既に履行を終えてメリットを得る機会がなくなっているのに、売主側にのみ果実の帰属というメリットを与える理由はないので、575条1項が適用されない局面と考え、89条・176条の原則に戻り、果実は「買主」に帰属する(大判昭和7・3・3)。
③ 買主「代金支払」未履行、売主「引渡し」履行済み
⇒89条・176条の原則通り(あるいは575条1項の反対解釈により)、果実は「買主」に帰属。
④ 買主「代金支払」履行済み、売主「引渡し」履行済み
⇒89条・176条の原則通り(あるいは575条1項の反対解釈により)、果実は「買主」に帰属。
※ この理屈は、売主が引渡し債務の履行遅滞に陥っている場合でも変わりません。
買主が代金支払いをしたのであれば、果実は「買主」に帰属するし(上の区分の②)、代金支払いをしていないのであれば、(売主が履行遅滞であっても)果実は「売主」に帰属します(上の区分の①、大連判大13・9・24)。
――― 終 ―――
頭の中でまとめるの凄くめんどくさかった・・・。
手元にある基本書の内容を、ちゃちゃっと半日でムリヤリ整理してみたら、こうなった、という内容ですので、どこかに色々誤認があるかもしれません。