牽連犯か併合罪か(最決昭和58・9・27、百選(第6版)102事件、百選(第7版)掲載なし)
【事実の概要】
(1) 被告人は、妻及び三男一女を擁し、分別あるべき年齢にありながら、日ごろ堅実な事業経営態度ないし生活態度に欠け、これまで安易に各種の商売に手を出してはいずれも失敗しその都度家族の尽力で事なきを得てきた。
(2) 昭和55年6月、沖繩県具志川市赤道において精肉鮮魚等の販売店を開業したものの、まもなくその経営にも行き詰り、翌56年2月末には倒産した。
(3) 同年3月1日、債権者らの追及を逃れるため、自己所有の普通乗用自動車に身の回り品や釣り道具などを積み込んで家出し、以後、自分で釣った魚を食べ、夜は右自動車内で寝たり、ときには同県沖繩市にある愛人Aのアパートに泊めてもらったりするなどの生活を送っていた。
(4) しかし、そのうち所持金を使い果たし、負債整理の目途もたたないまま悶々とした日々を送っていたものであるところ、同年6月末ころ思案に暮れたあげく、右窮状を打開し、手取り早く資金を得るためには、子供を誘拐し、その近親者の憂慮に乗じて身代金を要求しその交付をうける以外に途はないと思い立ち、子供は自分の扱いやすい小学校1年生から3年生くらいの男の子、誘拐場所は土地勘のある同県宜野湾市伊佐浜海岸付近、身代金の額は債務の内入れと新たな事業資金として必要な額に見合う500万円とすることなど徐々に具体的な計画を練り始めた。
(5) 同年7月15、16日ころから右伊佐浜海岸付近をドライブし始め、同月17日、たまたま右愛人A宅に赴いた際、同女のメモによって同女が同月末まで実家に帰って留守になることを知り、自分が右居室の鍵を預かっていたことから、同室を誘拐後の監禁場所とすることに決め、更に同月20日、右伊佐浜海岸において誘拐に便利なように右自動車の後部ドアを車内からは開かないように改造したうえ、これを運転して、同日夕方右海岸近くをところどころで家の名や電話番号を所携のメモに控えながら、適当な子供を捜していたところ、
(6) 第1 同日午後7時45分ころ、道路上において、通行中のBを認めるや、同児に対し、「雨が降っているよ、乗らないか」などと言葉巧みに申し向けて同児を右自動車後部座席に乗車させ、同所から沖縄市方向に右自動車を走行させて同児を自己の支配下におき、もって、身代金を交付させる目的で同児を誘拐したうえ、
(7) 同日午後9時15分ころ、公衆電話から同児の実母であるCの勤務先に電話をかけ、同女に対し、「あんたの子供を預かっている、まともに返してほしかったら(※第一審は、「命がほしかったら」と認定。高裁が変更。)明日の8時までに500万円を準備しなさい、明日の8時にはまた電話するから500万円は必ず用意しなさい」などと告げたほか、更に同月21日午後8時ころから同月26日午後10時16分ころまでの間、前後10数回にわたり電話をかけ、同女に対し直接または間接に、「国体通りのガソリンスタンド近くに茶色の車が止まっている、その側の溝にビニール袋があるからその中に金を入れなさい」「今日が最後の取引と思え」などと告げ、もって、同児の近親者の憂慮に乗じてその財物を要求する行為をし、
(8) 第2 同月20日午後9時15分ころ、公衆電話から前記Cに電話した際、公衆電話付近の空地に駐車中の前記自動車内において、前記Bの両手及び両足を麻縄等で緊縛し、かつその口をタオルで猿ぐつわをするなどして同児を同車内から脱出することを不能にし、更に同児を右自動車で前記愛人A宅居室に連行し、同所において、その両手、両足を右麻縄等で緊縛し、かつその口にタオルで猿ぐつわをするなどして同児を同月27日午前1時55分ころまでの間、右居室から脱出することを不能にし、もって、不法に監禁した。
(9) なお、被告人は、本件監禁中、被害児に対し、その生命、身体に危害を加えかねないような脅迫的言辞を弄したことはないばかりでなく、被害児が頭痛を訴えると鎮痛剤を与え、乏しい所持金の中から、被害児の希望する飲食物を与えたりしていたもので、被告人が被害児に対しそれなりの配慮をしていたことは十分にうかがうことができる。このことは、被害児が救出された直後の同児の様子について、同児Bの別居中の実父Dが検察官に対する供述調書において、「意外なほど元気だった。」旨供述していることによっても裏付けられる。
※ 途中で出てきた脅迫の文言の変更(「命が欲しかったら」→「まともに返してほしかったら」)は、高裁で弁護側が主張し、高裁も認めました。もっとも、意味内容は大差ないとしていますので(そりゃそうだ…)、あまり重要ではありません。
※ 最後の(9)は、高裁が基礎にした量刑事情の一部です。
【裁判上の主張】
検察側は、
第1の行為のうち、身代金目的拐取の点は、刑法225条の2第1項に、拐取者身代金要求の点は、刑法225条の2第2項にそれぞれ該当し、
第2の行為は、刑法220条1項の監禁罪に該当する、と主張した。
【訴訟の経過】
第一審判決も控訴審判決も、罪数関係については同じ処理をしました。
弁護側は量刑についてのみ争っており、罪数関係は端的に処理されています。
第一審判決(那覇地判昭和56・12・22)
主 文
被告人を懲役10年に処する。
未決勾留日数中60日を右刑に算入する。
理 由
「被告人の判示第一の所為中、身代金目的拐取の点は刑法225条の2第1項に、拐取者身代金要求の点は同条の2第2項にそれぞれ該当するところ、右身代金目的拐取と拐取者身代金要求との間には手段結果の関係があるので、同法54条1項後段、10条により一罪として重い拐取者身代金要求罪の刑で処断することとし、その所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第2の所為は同法220条1項に該当するところ、以上は同法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により重い判示第一の罪の刑に同法47条但書の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役10年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中60日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法181条1項但書を適用して被告人に負担させないこととする。」
控訴審判決(福岡高那覇支部判昭和57・6・25)
主 文
原判決を破棄する。
被告人を懲役8年に処する。
原審における未決勾留日数中60日を右刑に算入する。
理 由
「原判決が適法に確定した事実(ただし、原判決罪となるべき事実の第一、一一行目「あんたの子供を預かっている、命がほしかったら、云々」とある部分のうち、「命がほしかったら」とあるのを「まともに返してほしかったら」と改める。)に原判示各法条を適用するほか、原審における未決勾留日数の算入につき刑法21条、原審及び当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑事訴訟法181条1項但書をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。」
※ 第一審判決と控訴審判決に量刑に差が出たのは、【事実の概要】に載せた(9)等の事情を、控訴審が重視したからです。罪数関係は全く話題にのぼっていません。
【判示内容】
主 文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中320日を本刑に算入する。
理 由
「なお、身代金取得の目的で人を拐取した者が、更に被拐取者を監禁し、その間に身代金を要求した場合には、身代金目的拐取罪と身代金要求罪とは牽連犯の関係に、以上の各罪と監禁罪とは併合罪の関係にあると解するのが相当であり、これと同旨の原判断は、正当である。」
【コメント&他サイト紹介】
今回の誘拐は、組織犯罪ではなく、一個人の犯罪ですが、意外と周到に準備して行うものなのだなぁ、という感想を抱きました。
本件では三つの罪名(身代金目的拐取罪、身代金要求罪、監禁罪)が出てきており、それぞれの関係が問題となりえます。
「身代金目的拐取罪と身代金要求罪」は、包括一罪か牽連犯か争われている中、本判決は牽連犯になると明言しました。
「身代金目的拐取罪と監禁罪」及び「身代金要求罪と監禁罪」は、ともに牽連犯か併合罪か争われている中、本判決は併合罪とする立場を採用しました。
牽連犯か否かの基準は、最大判昭和24・12・21の「牽連犯は……数罪間にその罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となるという関係があり、しかも具体的にも犯人がかかる関係においてその数罪を実行したような場合」であるか否かです。これは、「罪質上」の、客観的・類型的な牽連関係のみならず、その事案における「具体的」な牽連性が必要としたものです。……とはいうものの、前者の罪質上の関係なんて、立法者に聞いてくれって話です。
判例が牽連犯を認めているのは、構成要件自体が牽連関係を予定する書き方をしている場合(ex.偽造罪と行使罪)のほかは、住居侵入罪と○○罪(窃盗、強盗、傷害、殺人、強姦、放火)、偽造文書行使罪と○○罪(詐欺、恐喝)というパターンがほとんどです。これをとりあえずそのまま覚えちゃいましょう。
というのも、「「その罪質上通例」か否かは、判例がとった結論によるというほかないので、結局のところ、牽連犯とは、判例が認めた結合犯類似の犯罪類型である」(安田拓人・島田聡一郎・和田俊憲「ひとりで学ぶ刑法」(有斐閣、2015年)78頁[島田聡一郎])ため、実際の基準は誰にも分からないからです。