苫米地事件(最判昭和35・6・8、百選189・211事件)
[事実の概要]
原告は、昭和24年4月25日の衆議院議員総選挙において当選し、衆議院議員となっていた。
衆議院議員は、歳費として1か月あたり、57000円を受け取ることになっていた。
しかし・・・
(総理大臣――吉田茂)
突然ですが、衆議院を解散します!
え?・・・え!?あ、あれ?解散って内閣不信任の後にされるものなんじゃないの!?
(総理大臣――吉田茂)
私が・・・正義だ!
・・・あ、ダメだ・・・話が通じない・・・
第3次吉田内閣は、抜き打ちで解散を行うために、手続を急ピッチで進めていたのである。
具体的には、
8月22日に定例閣議で、解散の結論に達し、
25日には、総理大臣が上奏し、
26日の持ち回り閣議によって、本件解散の詔書案等について閣僚のうちの一部による賛成署名が為され、その余の閣僚の賛成のないままで詔書案は26日の夜、直ちに天皇に送付され、これに天皇の署名が為され、
27日に御璽が押捺され、
28日に、閣議において証書を即日公布することが決定され、直ちに解散詔書が発布され衆議院議長に伝達された。
・・・という経過を辿ったものであった。
[訴訟上の主張]
国は、私がまだ衆議院議員だって事を認めてね。
あと、5か月分の歳費285000円を払ってよ!
原告の請求の根拠は、要約すると、
① (衆議院の不信任決議を前提としない)憲法第7条のみに基いてなされた今回の衆議院解散は、違憲である。
② 憲法第7条3号によれば、天皇の衆議院解散行為には、内閣の助言と承認が共に必要である。そして、内閣の助言と承認は、全閣僚の一致で行う閣議決定による必要がある。でも、今回8月26日の時点では、詔書案に閣僚の一部しか同意していないのに、天皇に送付され、署名を得ている。これでは、天皇への助言があったとはいえない。また、天皇の解散詔書発布への承認の閣議決定もないので、承認があったともいえない。だから、今回の衆議院解散は、憲法第7条にすら反している。
・・・という主張であった。
これに対して、被告は、
③ 衆議院解散という最も政治性の強い行為については、政治的責任を負わない裁判官が判断できるものではない、という反論がメインであり、
補充的に、①と②についても、反論した。
[訴訟経過]
第一審判決(東京地判昭和28・10・19):
被告は原告に対し金二十八万五千円を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
・・・第一審判決は、被告の③の主張は斥け、原告の①の主張は否定したが、②の主張を認め、原告が勝訴した。
今なら言える・・・私こそが・・・正義だ!
(総理大臣――吉田茂)
むぅ~・・・(まだ根にもっておったか・・・)
控訴審判決(東京高判昭和29・9・22):請求棄却、原告敗訴
・・・被告の③の主張は斥けたが、原告の①の主張も②の主張も認めず、適法な解散であったと認定した。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
一言で言えば、被告の③の主張を認容した。
「本件解散無効に関する主要の争点は、本件解散は憲法六九条に該当する場合でないのに単に憲法七条に依拠して行われたが故に無効であるかどうか、本件解散に関しては憲法七条所定の内閣の助言と承認が適法に為されたかどうかの点にあることはあきらかである。」
「しかし、現実に行われた衆議院の解散が、その依拠する憲法の条章について適用を誤ったが故に、法律上無効であるかどうか、これを行うにつき憲法上必要とせられる内閣の助言と承認に瑕疵があったが故に無効であるかどうかのごときことは裁判所の審査権に服しないものと解すべきである。」
「日本国憲法は、立法、行政、司法の三権分立の制度を確立し、司法権はすべて裁判所の行うところとし(憲法七六条一項)、また裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するものと規定し(裁判所法三条一項)、これによって、民事、刑事のみならず行政事件についても、事項を限定せずいわゆる概括的に司法裁判所の管轄に属するものとせられ、さらに憲法は一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを審査決定する権限を裁判所に与えた(憲法八一条)結果、国の立法、行政の行為は、それが法律上の争訟となるかぎり、違憲審査を含めてすべて裁判所の裁判権に服することとなったのである。」
「しかし、わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであって、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。この司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきものである。」
「衆議院の解散は、衆議院議員をしてその意に反して資格を喪失せしめ、国家最高の機関たる国会の主要な一翼をなす衆議院の機能を一時的とは言え閉止するものであり、さらにこれにつづく総選挙を通じて、新な衆議院、さらに新な内閣成立の機縁を為すものであつて、その国法上の意義は重大であるのみならず、解散は、多くは内閣がその重要な政策、ひいては自己の存続に関して国民の総意を問わんとする場合に行われるものであつてその政治上の意義もまた極めて重大である。すなわち衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であって、かくのごとき行為について、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にありと解すべきことは既に前段説示するところによってあきらかである。そして、この理は、本件のごとく、当該衆議院の解散が訴訟の前提問題として主張されている場合においても同様であって、ひとしく裁判所の審査権の外にありといわなければならない。」
「本件の解散が憲法七条に依拠して行われたことは本件において争いのないところであり、政府の見解は、憲法七条によって、すなわち憲法六九条に該当する場合でなくとも、―憲法上有効に衆議院の解散を行い得るものであり、本件解散は右憲法七条に依拠し、かつ、内閣の助言と承認により適法に行われたものであるとするにあることはあきらかであって、裁判所としては、この政府の見解を否定して、本件解散を憲法上無効なものとすることはできないのである。」
「されば、本件解散の無効なことを前提とする上告人の本訴請求はすべて排斥を免れないのであって、上告人の請求を棄却した原判決は、結局において正当であり、上告人の上告は理由がない。」
[コメント&他サイト紹介]
やはり、最高裁判決の文章は、丁寧で美しいですね。地裁判決と読み比べてみると、その違いは明らかであるように思います。今回も大した量では無かったため、判示部分は、ほぼ全文引用しました。
そして、丁寧に分析されている他サイト様が見当たらない・・・google検索にかけて、最初の5ページくらいは一通り目を通しているんですが、探し方が悪いのでしょうか。
教授さん方や、ロースクール生さんが判例分析をしたページは、各判例に数ページはあると踏んでいたのですが、あるのは論点化して短縮して記載されているページばかりですね・・・
http://blog.livedoor.jp/cooshot5693/archives/52888627.html
・・・「憲法判例集(仮)」様のこのページは、判例の全文が載っているに過ぎないのですが、多数意見以外の意見を丁寧に見れる点で、本ページよりも、詳しいので、載せておきます。