福岡県青少年保護育成条例事件(最判昭和60・10・23、百選119事件)
[事案の概要]
被告人は、当時16歳であった少女と、同女が18歳未満であることを知りながら、ホテルや車内で十数回にわたって性交渉に及んでいた。
控訴審の確定した事実によれば、より具体的には、
被告人は、昭和56年頃、未だ中学を卒業したばかりの初対面の同女を、それと知りながらドライブに誘い、海岸で駐車させた自動車の中で「俺の女にならんか」と言って、いきなり性交したのを手始めに、本件までに少なくとも15回以上も、主に車の中、ときに被告人方で同女と性交を重ねていた。
また、二人が会っている間は専ら性交に終始しており、結婚の話などしたことは全くなかったという事実がみとめられる。
[裁判上の主張]
福岡県青少年保護育成条例は、
第3条1項において、小学校就学時から満18歳未満までの者を青少年と定義した上で、
10条1項において、「何人も、青少年に対し、淫行又はわいせつの行為をしてはならない」とし、違反者に対して、16条1項で、2年以下の懲役または10万円以下の罰金を科すものとしていた。
被告人の行為は、「淫行」にあたる!
「淫行」じゃない!真剣な交際だ!
被告人側は、
① 民法731条は、婚姻適齢を男は18歳、女は16歳と定めており、婚姻に父母の同意が必要なくなる(→父母の同意に関する点の弁護側の主張は誤りであり、後に見るように裁判所に突っ込まれている)から、かかる年齢に達した男女間の合意に基づく性交は、福岡県青少年保護育成条例10条1項の「淫行」に含まれず、又同条例3条1項にいう「青少年」とは女子の場合16歳未満の者を指すものと解するのが合理的であり、本件は、右各年齢に達した男女の合意による性交であり、淫行にはあたらないから、被告人は無罪である。
② 被告人は、婚姻を暗黙の前提とし真剣な恋愛関係において性交をしたものであり、右性交は淫らなものとはいえず、淫行には該当しないため、被告人は無罪である
・・・との主張を展開した。
[訴訟経過]
第1審判決(小倉簡判昭和56・12・14):被告人を罰金5万円に処する
控訴審判決(福岡高判昭和57・3・29):控訴棄却
第1審判決は、簡易裁判所の判決であり、理由のみを述べた2ページ程度の簡素なものであった。
控訴審判決は、
弁護人の①の主張に対して、
「本条例三条一項は「青少年」を小学校就学の始期から一八歳に満たない者と定めており、その中から他の法令により成年者と同一の能力を有する者を除くとしているほかには何らの限定も加えていないから、本件被害者(当時一六歳)が「青少年」として本条例の保護を受ける者であることには疑いがない。」
・・・と一蹴し、
未成年者の婚姻について父母の同意が必要とした弁護人の指摘部分を、
「民法737条は未成年者の婚姻については父母の同意を必要としており、これを不要とする所論は右規定を見落としたものと思われる」と訂正まで入れている。
そして、②の主張に対しては、
事案の概要で示したような事実を認定し、
「以上の事情に徴すれば、被告人は、同女を単なる自己の性欲の対象としてしか扱っていなかったものと認めるほかはなく、被告人の弁明は措信し難い。この様な態様での性交が青少年を傷つけ、その健全な育成を図るうえで重大な障害となることは明らかであり、本件性交が本条例一〇条一項にいう「淫行」に該当すると認めるのが相当である。」
・・・と判示している。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
(1)本条例にいう「淫行」とは
「本条例は、青少年の健全な育成を図るため青少年を保護することを目的として定められ(一条一項)、他の法令により成年者と同一の能力を有する者を除き、小学校就学の始期から満一八歳に達するまでの者を青少年と定義した(三条一項)上で、「何人も、青少年に対し、淫行又はわいせつの行為をしてはならない。」(一〇条一項)と規定し、その違反者に対しては二年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を科し(一六条一項)、違反者が青少年であるときは、これに対して罰則を適用しない(一七条)こととしている。これらの条項の規定するところを総合すると、本条例一〇条一項、一六条一項の規定(以下、両者を併せて「本件各規定」という。)の趣旨は、一般に青少年が、その心身の未成熟や発育程度の不均衡から、精神的に未だ十分に安定していないため、性行為等によって精神的な痛手を受け易く、また、その痛手からの回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ、青少年の健全な育成を図るため、青少年を対象としてなされる性行為等のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものであることが明らかであつて、右のような本件各規定の趣旨及びその文理等に徴すると、本条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である。」
「このような解訳は通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであり、「淫行」の意義を右のように解釈するときは、同規定につき処罰の範囲が不当に広過ぎるとも不明確であるともいえないから、本件各規定が憲法三一条の規定に違反するものとはいえず、憲法一一条、一三条、一九条、二一条違反をいう所論も前提を欠くに帰し、すべて採用することができない。」
(2)本件行為は、「淫行」にあたるか
「本件につき原判決認定の事実関係に基づいて検討するのに、被告人と少女との間には本件行為までに相当期間にわたって一応付合いと見られるような関係があったようであるが、当時における両者のそれぞれの年齢、性交渉に至る経緯、その他両者間の付合いの態様等の諸事情に照らすと、本件は、被告人において当該少女を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性行為をした場合に該当するものというほかないから、本件行為が本条例一〇条一項にいう「淫行」に当たるとした原判断は正当である。」
[コメント&他サイト紹介]
百選25事件(どぶろく裁判)で優秀な弁護士を見ましたが、これは逆ですかね。判決文の中で、基礎中の基礎である民法規定の読み落としを指摘されるのは、この弁護士さんも相当凹んだでしょう。ましてや、それが百選に載る判例の控訴審判決なんですから運が悪いですよね。
他サイト様としては、甲斐教授の
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/809criminal_procedure.htm
・・・の記事が分かりやすいですね。
これは、今まで何個か紹介してきた甲斐教授のページの中でもとりわけ必読だと思います。当たり前のように使っている合理性の基準が、何故「合理性」を基準としているのか、文面審査の位置付けなど、とても勉強になります。