石井記者事件(最判昭和27・8・6、百選77事件)
[事実の概要]
―――長野地方裁判所―――
(裁判長)
証人として宣誓しなさい!
私は・・・私は・・・私は記者だ!
取材源を秘匿する義務がある!
宣誓はできない!
被告人は、朝日新聞社記者として、朝日新聞社松本支局に勤務していた者である。
被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件について検察官の請求により証人として召喚され、長野地方裁判所に出頭し同裁判所において裁判官から前示被疑事件の犯罪事実の要旨を告げられた上、証人として宣誓することを命ぜられたところ、即時宣誓をなすこと及び証言を拒んだ。
※なお、この被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件というのは、税務署員の汚職事件における逮捕状執行を報じた記事をめぐって、逮捕状請求の事実と逮捕状記載の被疑事実を記者に漏らした公務員がいるかもしれないという事件である。
※証人及び宣誓について、軽く説明しておくと、
刑事訴訟法143条は、「裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる」と規定している。
もっとも、この「特別の定のある場合」として、149条は、医師、歯科医師、弁護士等列挙されている業種の業務上の秘密については、証言を拒むことができると規定している。しかし、ここに記者は含まれていない。
刑事訴訟法154条は、「証人には、この法律に特別の定のある場合を除いて、宣誓をさせなければならない」と規定しており、宣誓しなかった証人には、後述するように刑罰が用意されている。
また、宣誓する事の意味であるが、
刑法169条(偽証罪)は、
「法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する」と規定しているので、
宣誓した人は、嘘をつくことに対してとんでもないリスクが課されることになるのである。(後述する宣誓しない罪より、宣誓したのに嘘をついた場合の偽証罪の方が、はるかに重い)
[裁判上の主張]
刑事訴訟法161条1項は、
「正当な理由がなく宣誓又は証言を拒んだ者は、十万円以下の罰金又は拘留に処する」
・・・と規定している。
(検察官)
この罪にあたるよね!
弁護側は、
① 被告人の判示行為は新聞記者として憲法第21条に規定する言論及び表現の自由に従い記事の出所を秘匿する新聞倫理を遵守したものであるから刑事訴訟法第161条第1項の「正当な理由」がある
② 被告人の判示行為は刑法第35条の正当行為にあたるため、違法性がないし、新聞記者である被告人に対して証人として記事の出所を明かにする供述を求めることは社会通念上期待され得ないから適法行為の期待可能性なく責任を阻却すべきだ
・・・と主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(長野簡判昭和24・10・5):
被告人を罰金3000円に処する。
右罰金を完納することができないときは金200円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
控訴審判決(東京高判昭和25・7・19):控訴棄却
※当時の3000円は、そこそこ高額である事は、労役場で1日働いても200円の価値しか認めていない事からも分かるはずである。
第1審は、
弁護側の①の主張に対して、
「わが国の現行法上新聞記者に特別の証言拒否権は認められていないと解すべきところ、本件において被告人は単に記事の出所についての証言を拒んだだけではなく前記判示事実に摘示したように証人として宣誓すること及び証言全部を拒否し、被告人の提出の上申書は前示解釈に反して新聞記者に特別の拒否権があることを理由とするものであるから正当な理由によって拒んだものとは認め難く右主張は採用することができない。」
弁護側の②の主張に対して、
「新聞記者が証人として宣誓又は証言を拒む行為を正当な業務に因って為すものと認めることはできないのみならずわが国法は新聞記者にも証言を期待し記者もまたこれに従う義務があるものと解すべきであるから右各主張も採用することはできない。」
・・・として、弁護側の主張を斥けている。
控訴審でも敗れた弁護側は、
主張①を中心に、上告理由を構成し、上告した。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
(1)「正当な理由」―――刑事訴訟法149条類推適用の可否
「刑訴一四三条は「裁判所はこの法律に特別の定ある場合を除いては何人でも証人としてこれを尋問することができる」と規定し、一般国民に証言義務を課しているのである。証人として法廷に出頭し証言することはその証人個人に対しては多大の犠牲を強いるものである。個人的の道義観念からいえば秘密にしておきたいと思うことでも証言しなければならない場合もあり、またその結果、他人から敵意、不信、怨恨を買う場合もあるのである。そして、証言を必要とする具体的事件は訴訟当事者の問題であるのにかかわらず、証人にかかる犠牲を強いる根拠は実験的真実の発見によって法の適正な実現を期することが司法裁判の使命であり、証人の証言を強制することがその使命の達成に不可欠なものであるからである。従って、一般国民の証言義務は国民が司法裁判の適正な行使に協力すべき重大な義務であるといわなければならない。」
「ところで、法律は一般国民の証言義務を原則としているが、その証言義務が免除される場合を例外的に認めているのである。すなわち、刑訴一四四条乃至一四九条の規定がその場合を列挙している。」「これらの証言義務に対する例外規定のうち、刑訴一四六条は憲法三八条一項の規定による憲法上の保障を実現するために規定された例外であるが、その他の規定はすべて証言拒絶の例外を認めることが立法政策的考慮から妥当であると認められた場合の例外である。そして、一般国民の証言義務は国民の重大な義務である点に鑑み、証言拒絶権を認められる場合は極めて例外に属するのであり、また制限的である。従って、前示例外規定は限定的列挙であって、これを他の場合に類推適用すべきものでないことは勿論である。新聞記者に取材源につき証言拒絶権を認めるか否かは立法政策上考慮の余地のある問題であり、新聞記者に証言拒絶権を認めた立法例もあるのであるが、わが現行刑訴法は新聞記者を証言拒絶権あるものとして列挙していないのであるから、刑訴一四九条に列挙する医師等と比較して新聞記者に右規定を類推適用することのできないことはいうまでもないところである。それゆえ、わが現行刑訴法は勿論旧刑訴法においても、新聞記者に証言拒絶権を与えなかつたものであることは解釈上疑を容れないところである。」
(2)「正当な理由」―――憲法21条(主張①)との関連
「憲法の右規定は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであつて、新聞記者に特種の保障を与えたものではない。それゆえ、もし論旨の理論に従うならば、一般人が論文ないし随筆等の起草をなすに当つてもその取材の自由は憲法二一条によって保障され、その結果その取材源については証言を拒絶する権利を有することとなるであろう。憲法の保障は国会の制定する法律を以ても容易にこれを制限することができず、国会の立法権にまで非常な制限を加えるものであつて、論旨の如く次から次へと際限なく引き延ばし拡張して解釈すべきものではない。憲法の右規定の保障は、公の福祉に反しない限り、いいたいことはいわせなければならないということである。未だいいたいことの内容も定まらず、これからその内容を作り出すための取材に関しその取材源について、公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない。論旨では新聞記者の特種の使命、地位等について云為するけれども、憲法の右保障は一般国民に平等に認められたものであり、新聞記者に特別の権利を与えたものでないこと前記のとおりである。国民中の或種特定の人につき、その特種の使命、地位等を考慮して特別の保障権利を与えるべきか否かは立法に任せられたところであって、憲法二一条の問題ではない。それゆえ、同条を基礎として原判決を攻撃する論旨は理由がない。」
[コメント&他サイト紹介]
刑訴149条に列挙されている、証言拒絶権を一定の場合に有する業務の中には、「宗教の職に在る者」なんかも含まれているのですから、類推適用はともかくとして、立法論としては、別に記者が入ってもいいんじゃないかと思いますけど、どうなんでしょうね。
他サイト様としては、まず、
おそらく現在では証言拒絶権を語る上で欠かせないであろうNHK記者証言拒絶事件(最決平成18・10・3)について触れられているものとして、
http://ameblo.jp/mabofp/entry-11140894475.html
http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/focus/106.html
本サイトで紹介する回数が増えてきましたが、わかりやすい上にクオリティがとても高い「憲法判例解説」様の、
http://ameblo.jp/ut-liberi-esse-possimus/entry-10281459121.html
http://ameblo.jp/ut-liberi-esse-possimus/entry-10278108233.html
・・・が、とてもとてもオススメです。
余力のある方は、こちらも毎度おなじみ甲斐教授の
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/807shield_of_newssource.htm
・・・が役に立つはずです。