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牧会活動と犯人蔵匿罪(百選43事件)


牧会活動と犯人蔵匿罪(神戸簡判昭和50・2・20、百選43事件)

 

[事実の概要]

 

被告人は、日本キリスト教団尼崎教会牧師であり、伝道活動に従事していた。
また、被告人は、信者A女の息子Bには父親がいなかったので、進学時等にBの保証人となったり、日常の相談相手になったりしていた。

 

B及びその友達Cは、兵庫県立尼崎高等学校で、叛軍斗争委員会のメンバーであり、かねてから県下一斉学力テスト反対のハンスト等を行っていたが、

全国に頻発した学園紛争に刺激されて、同メンバーを中心とする数名の生徒とともに、同高校内の頽廃ムードを一掃するため学舎の一部をバリケード封鎖してたてこもることを企図し、

 

「201教室と202教室を封鎖する。事前に校務員等に見つかったときは封鎖作業中同人をロープで縛って教室に軟禁する。教職員が排除に来たときは脅しのため人身や建物に害を与えない所に火炎ビンを投げる。警察官が排除に来たときは速やかに封鎖を解き逃走する。」

・・・等の事前の謀議をし、尼崎高校内で火炎ビン約46本を製造する等の準備をしたうえ、

尼崎高校の校舎内に故なく侵入し、椅子や机によって、教室の封鎖作業を開始した。

 

ところが、あっけなく校内巡回中の校務員に見つかり、これを軟禁しようとしたが失敗し、校務員に逃げられたため、警察への通報を予想したメンバーは、狼狽しながらも、思い思いに逃走した。

 

警察の追跡を確信したB及びCは、警察の捜査から逃れるため、被告人に相談した。
被告人は、「お前らがやったのか!」と怒り、2時間にわたり説得し、反省を求めた。

 

その甲斐あって、B及びCの表情にも幾分落ち着きの色が見えてきた。

被告人は、Bらの長い将来を誤らせないためには、暫く労働しながら深い思案をすることができる場所が必要であると考えた。

しかし、このままBらを尼崎においておくことは、過激派グループからの接触や、Bらが警察から逃れるために、自ら過激派グループに接触する可能性があるため、心の通じ合えるD牧師がいる竜野市の教会に一週間程度Bらを託そうと考え、D牧師に、くれぐれも過激派グループとの連絡をとらせないようにお願いし、一週間身柄を預けた

 

その間、被告人は、Bらの将来、特に復学の問題について思い悩んでいた。被告人は、学園紛争の処分事例をあさり、条件付退学による復学という事例を見つけ出した。退学処分はやむをえないとしても、この事例のような復学に一縷の望みを託して、これに全力を傾注することを決意した。

また、被告人は、この間、警察が尼崎教会を訪れ、Bらの行方を尋ねられた際に、Bらの自らへの信頼こそBらの更正には不可欠と固く信じていたため、心ならずもこれを知らないと答えていた

そして、D牧師からBらが反省の態度を示し始めていること、共犯の少年らが次々と逮捕されていることを聞き及んで、ここらが警察に出頭させる頃合であると被告人は判断し、D牧師に出頭するようBらを説得するよう頼み、Bらは尼崎中央警察署に任意出頭した

その後、被告人は、退学処分は避けがたいとしても、翌春の2年への編入試験に合格すれば復学を認めるとの条件付退学を学校当局に強力に働きかけて、これを実現し、B・Cは翌春見事に復学に成功し、さらには、それぞれ大学へと進学した。

B・Cは、高校封鎖事件につき、神戸家庭裁判所尼崎支部において、不処分の決定を受けた。

 

yumi10

 

イイハナシダナ~

・・・じゃなかった!犯人を匿った事は許せん!

 

 

[訴訟上の主張]

 

刑法第103条(犯人蔵匿等)
「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する」

yumi6

 

ほ~ら、ダメって書いてたでしょ?

犯人蔵匿罪にあたるよね?

 

 

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最初から出頭させるつもりだったし、「蔵匿」にはあたらない!それにこれは正当行為だ!

 

 

 

[訴訟経過]

 

なし(本判決が簡裁判決だから)

 

[判示内容]

 

主    文

 

被告人は無罪

 

理    由

 

「刑法一〇三条に所謂蔵匿とは、官憲の発見逮捕を免かれるべき隠匿場所を供給することを指称するのであるが、処罰を免かれさせる意図の存在を要件としない我国法制の下において、被告人の前記所為が蔵匿に該るか否かは一の問題である。警察に対する強い恐怖心とそれを敵視することによって、警察に極度の拒絶反応を示し、ともすれば積極的に被告人や保護者らの手の届かない所への逃避を企てる両少年を、過激グループから切り離して反省せしめた後官憲へ出頭せしめる意思の下に、何とか説得を続けながら量的消極的に自己の手許又はその支配可能の範囲に移した行為、即ち自己の手からの逸出を防ぐための場所を提供した被告人の行為が果して蔵匿と評価しうるものであろうか。疑なしとしない。」

 

「それはさておき、被告人の右行為が蔵匿と評価しうるものであるとしても、当裁判所は、それは違法性を欠くものと思料する。」

 

「正当な業務行為として違法性を阻却するためには、業務そのものが正当であるとともに、行為そのものが正当な範囲に属することを要するところ、牧会活動は、もともとあまねくキリスト教教師(牧師)の職として公認されているところであり、かつその目的は個人の魂への配慮を通じて社会へ奉仕することにあるのであるから、それ自体は公共の福祉に沿うもので、業務そのものの正当性に疑を差しはさむ余地はない。一方、その行為が正当な牧会活動の範囲に属したかどうかは、社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照らし、具体的実質的に評価決定すべきものであって、それが具体的諸事情に照らし、目的において相当な範囲にとどまり、手段方法において相当であるかぎり、正当な業務行為として違法性を阻却すると解すべきものである。」

 

この大枠の判断枠組みの中で、判例は、

 

「牧会活動は、形式的には宗教の職にある牧師の職の内容をなすものであり、実質的には日本国憲法二〇条の信教の自由のうち礼拝の自由にいう礼拝の一内容(即ちキリスト教における福音的信仰の一部)をなすものであるから、それは宗教行為としてその自由は日本国憲法の右条項によって保障され、すべての国政において最大に尊重されなければならないものである。尤も、内面的な信仰と異なり、外面的行為である牧会活動が、その違いの故に公共の福祉による制約を受ける場合のあることはいうまでもないが、その制約が、結果的に行為の実体である内面的信仰の自由を事実上侵すおそれが多分にあるので、その制約をする場合は最大限に慎重な配慮を必要とする。」

 

・・・として、牧会活動が憲法20条の保障の下にある事を明言し、

長い(悪くいえば冗長な)事実認定を経て、

 

「両少年を取巻く前記諸般の事情を考え、彼等の将来に思いを致せば、第三者的傍観者はいざ知らず、その渦中に身を投じ彼等と共に真摯に悩む神ならぬ通常人にとっては、被告人の採った右処置以外に適当な方途を見出すことは至難の業であったであろうし、それは正に緊急を要する事態でもあったのである。しかも、その間にあっても、右高校封鎖事犯の捜査は、他の少年達の出頭等によって取立てていう程の遅滞もなく進展していたし、両少年も八日後には牧会が効を奏し、自己の責任を反省し自ら責任をとるべく任意に警察に出頭したことではあるし、右程度の捜査の支障は、前述の憲法上の要請を考え、かつ、その後大きくは彼等が人間として救済されたこと、小さくは彼等の行動の正常化による捜査の容易化等の利益と比較衡量するとき、被告人の右牧会活動は、国民一般の法感情として社会的大局的に許容しうるものであると認めるのを相当とし、それが宗教行為の自由を明らかに逸脱したものとは到底解することができない。本件の場合、国家は信教の自由を保障した憲法の趣旨に照らし、右牧会活動の前に一歩踏み止まるべきものであったのである。これを要するに、被告人の本件牧会活動は手段方法においても相当であったのであり、むしろ両少年に対する宗教家としての献身は称賛されるべきであった。」
「以上を綜合して、被告人の本件所為を判断するとき、それは全体として法秩序の理念に反するところがなく、正当な業務行為として罪とならないものということができる。」

・・・と結論づけている。

 

[コメント&他サイト紹介]

 

事案の概要を多めに引っ張りました。アツい話ですよね。

別に私がキリスト教信者で、脚色を加えているという訳ではありません。

逆に、普通に(ドキュメンタリー系の)読み物として面白いだろうと考えて、キャラによってチャカさずに、

ほぼ簡裁の事実認定から引っ張ってきました。

 

ただ一つ気になるのは、この簡裁判事が、

「牧師は、中に迷える羊が出れば何を措いても彼に対する魂への配慮をなさねばならぬ」や「それは牧師の神に対する義務即ち宗教上の職責である」等キリスト教について熱く語っているという点ですね。

面白い事には面白いのですが、キリスト教信者なのかな~と邪推されてもおかしくないぐらいの語り具合でした。

 

他サイト様の記事としては、mabo-daigoのリーガルクエスト様の

http://ameblo.jp/melodies-memories/entry-11481722794.html

・・・がとても分かりやすいですね。ただ、内容が粕谷先生の百選解説の記述ほぼそのままである点が、著作権的にやや気になりますが。

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