投票の秘密(最判昭和25・11・9、百選174事件)
[事実の概要]
ややこしいので、キャラを使わず説明調で説明します。
まず、昭和22年4月30日に宮城県牡鹿郡渡波町会議員選挙が行われました。
この選挙によって、落選したA・B・C・D・E・F・G・Hの8名は、本選挙において不正投票がなされた(違法な代理投票など、計10票分)という事実をつかみ、渡波町選挙管理委員会に対して、選挙の無効と、個々の当選についての異議を申立てました。
ところが、渡波町選挙管理委員会は、その異議を却下しました。
そこで、A~Hの8名は、さらに宮城県選挙管理委員会に対して訴願しました。
宮城県選挙管理委員会は、「右選挙を無効とする。但し当選者Xの外はその当選を失わない」と裁決をしました。
A~Hは、自身がまた選挙によって議員となれる可能性が欲しい訳ですから、この裁決には不服があります。
また、Xは当選したはずなのに、その当選資格を裁決によって失わされてしまったのですから、当然不服があります。
そこで、A~H及びXが、宮城県選挙管理委員会を被告として、(選挙に関する訴訟ですから、第一審として)仙台高等裁判所に訴えを提起したのです。
※ちなみに、Xだけが当選資格を失ったのは、Xの得票数は104票で、最下位での当選でして、落選者の中で最も得票数が多い方の得票数は103票で、1票差で、不正投票による投票の無効があったのであれば、当選したという地位が揺らぐ可能性があったからです。
※A~HもXも原告ですが、Xは裁決の取消のみを請求の趣旨で求めているのに対して、A~Hは、裁決の取消及び選挙無効を求めており、お互い利害はまったく一致していないことに注意すべきです。
※不正投票が10票あったという事実は、高裁も最高裁もそのように認定していますから、前提としてください。
[裁判上の主張]
原告A~Hは、
① 不正投票10票は無効であって、この無効投票は各当選者の当選の結果に異動を生ぜしめるから、選挙は無効だ、と主張した。
原告Xは、
② A~Hの訴願の内容は、選挙が法規に違反して行われたことを理由として選挙の無効を主張する選挙争訟であって、当選の有効無効を争う当選訴訟ではない。それなのに、私の当選を無効と判断した被告の裁決は違法である。
③ 不正投票10票があったことを前提とし、また、私が1票差のギリギリで当選したのだとしても、その不正投票が誰に対してなされたかを確定しなければ、誰の得票数から差し引くか判断できないはずである。
④ もしXの上記主張にすべて理由がないとしても、このような場合には当該選挙の全部又は一部の無効を宣言すべきであって、特定の当選人の当選に対する関係においてのみ、無効の宣言を為すべきではない。(A~Hの①の主張と同じ論点)
・・・と主張した。
[訴訟経過]
第1審(仙台高判昭和23・7・30):
原告Xの請求を棄却する。
昭和22年4月30日に行われた宮城県牡鹿郡渡波町会議員選挙に関し、原告Xを除く原告等の訴願に対し同年九月十二日附被告のした裁決中同原告等の異議に対し、渡波町選挙管理委員会がした決定を取消した部分を除き其の余の裁決を取消す。
右選挙における当選人X、Y、Z等三名の当選を無効とする。
※X、Y、Zは、落選者の中での最多得票数である103票から10票よりも多く差がついてはいない(つまりは、104票以上113票以下であった)ため、「不正投票が仮に全部自分に来ていたとしても当選していた」とはいえないため、無効となったのです。
※「被告のした裁決中同原告等の異議に対し、渡波町選挙管理委員会がした決定を取消した部分を除き其の余の裁決を取消す。」というのは、ややこしい表現ですが、要は決定も裁決もダメダメな内容だから効力を否定して、高裁が自分で判断した結論だけが正義だ!って事です。
高裁は、
原告の主張②について、
「原告X以外の原告等の被告に対する訴願申立理由の中には投票の無効を主張して争う部分があることが明かであって、かように投票の効力を争うことは当選争訟の理由とはなっても、選挙争訟の理由とはならないものと解するのが正当であるのに、被告のした裁定は、右投票の効力を争う部分も選挙争訟の理由となるものとして取扱っていることが明かで、この点は、従来の取扱にならったものと推則されるが、その当を得ないものといはなければならない。」
・・・と、被告である宮城県選挙管理委員会の対応を批判はしたものの、
「しかしながらこれは単に取扱の形式にすぎずその判断した実質は、右投票の有効無効の点であり、その投票が無効であることによって当選の結果に影響を及ぼす虞のある候補者が何人かということであり、裁定も右の虞のある候補者の当選丈を無効と宣言した結果となったのであるから、形式上選挙争訟として選挙の無効を宣言しないから、突然当選争訟の場合と同じ実質上の結果を得ているのである。以上の理由により右裁定が当選争訟として取扱うべきを選挙訴訟として取扱ったという理由丈では右裁定を取消す実質的の必要はない。況や原告Xは右訴願を選挙訴訟として取扱った被告の態度を是認しつつ当選の有効無効の判断をしたことがいけないと判難するのであるから、この主張は採用できない。」
・・・と判断した。
原告の主張③について、
「元来右選挙は秘密投票によって行はれるのである。何人と雖も自己又は他の選挙人の投票した候補者の氏名を陳述する義務はないのであるから、右無効投票と雖も之が何人に対してなされたかを明にすることは選挙の争訟手続上調査すべきものでないし、又これを明にしなければ右選挙の結果を判断できないということもない。」
・・・と一蹴している。
原告の主張④(及び①)について、
「投票の無効を理由として選挙の結果を争う訴訟は当選訴訟であって、選挙の効力を争う選挙訴訟には当らないものと解すべきであるから、地方自治法第六十七条(町村制第三十二条)の適用はなく当然に特定の当選人の当選の効力を決断しなければならないのである。原告Xの右主張も到底採用することができない。」
・・・と、形式的には選挙無効訴訟だけれど、実質は当選訴訟であるという上記認定を引き継いで、これを一蹴している。
これに対して、A~Hは諦めたものの、Xが上告。被告である宮城県選挙管理委員会も上告した。
Xは、上告理由の中で、主張③を補強し、
秘密投票主義は、正当な選挙人が正当にその選挙権を行使した場合に自己の投票した候補者の氏名を何人に対しても陳述する義務のないことを定めるもので、不正投票者までをも保護するものではなく、本件のような場合には、不適法な投票が誰になされたか審理確定し、その投票を当該候補者の得票から差し引いて当選人を決定すべきである、と主張した。
[判示内容]
主 文
本件各上告を棄却する。
上告費用は各上告人の負担とする。
理 由
(1)主張③について
「本件のように選挙権のない者又はいわゆる代理投票をした者の投票についても、その投票が何人に対しなされたかは、議員の当選の効力を定める手続において、取り調べてはならないことは、既に当裁判所の判例の趣旨とするところであるから、(昭和二三年(オ)第八号同年六月一日第三小法廷判決)原審が本件無効投票が何人に対してなされたかを確定しなかったからといって、違法であるとすることはできない。それ故、所論は採用できな
い。」
(2)主張④について
「本件のように無資格者その他による帰属不明の無効投票が他の有効投票中に混入されたときは、それら無効投票を各当選者の得票から差引いて見て、最高位落選者より下位となる者は、これを当選者と決定することができず、従って、これが当選を無効とすべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである。(昭和二三年(オ)九八号同年一二月一八日第二小法廷判決)されば、これと同趣旨の解釈をした原判決には所論の違法は認められない。」
・・・と判示し、上告を棄却した。
[コメント&他サイト紹介]
論点化すれば、投票の秘密は絶対に守らなきゃダメっていうとても簡単なものなのですが、事例はやや複雑でしたよね。
他サイト様に、本判例について詳しく分析されたものは見当たりませんでしたので、「憲法判例(仮)」様の、
http://blog.livedoor.jp/cooshot5693/archives/52657918.html
・・・反対意見も含めた判決の全文が載っているこの記事を紹介させていただくことにします。