戸別訪問の禁止(最判昭和56・7・21、百選173事件)
[事実の概要]
こんにちは~、是非私に投票してね~
(訴外A)
は~い、頑張ってね!(満面の笑み
え、と。次は・・・
こんにちは~、清き一票をよろしくお願いします
(訴外B)
あ、はい・・・(愛想笑い
被告人は、昭和49年6月16日施行の立川市議会議員一般選挙に際し、立候補する事を決意し、自己に投票を得る目的で、立候補届出前の6月2日、3日の2日間、同選挙の選挙人である11戸の家を訪問し、同人らに対して自己に投票するよう依頼し、もって戸別訪問するとともに、立候補届出前の選挙運動をした。
[裁判上の主張]
(検察官)
届出前に選挙運動しちゃダメだし、戸別訪問もダメだよね!
弁護側は、
公職選挙法の戸別訪問禁止規定は、憲法21条等に違反するため、被告人の行為は罪にはあたらず、無罪であると主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(東京地判昭和54・6・8):
被告人を罰金一五、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
被告人に対し、選挙権および被選挙権を有しない期間を短縮し、これを三年とする。
控訴審判決(東京高判昭和55・7・18):控訴棄却
なお、被告人は、事前運動として戸別訪問を11回行ったのであるが、
事前運動の点は、包括して公職選挙法239条1号、129条に、
戸別訪問の点は、包括して公職選挙法239条3号、138条1項に該当し、
事前運動と戸別訪問は、一個の行為が二個の罪名に触れる場合であり、観念的競合であるため、刑法54条1項前段より、犯情の重い戸別訪問の罪の刑で処断されることになっている。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
(1)多数意見
「上告趣意のうち、公職選挙法一二九条、二三九条一号、一三八条、二三九条三号の各規定の違憲をいう点については、右各規定が憲法前文、一五条、二一条、一四条に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和四三年(あ)第二二六五号同四四年四月二三日大法廷判決)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がなく、右公職選挙法の各規定を本件に適用したことが憲法前文、二一条、一五条に違反する旨の主張は、実質は単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらず、公職選挙法二五二条の規定の違憲をいう点については、同条の規定が憲法三一条に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和二九年(あ)第四三九号同三〇年二月九日大法廷判決)の趣旨に徴し明らかである」
(2)伊藤裁判官の補足意見
「周知のように、欧米の議会制民主主義国にあっては、戸別訪問は禁止されていないのみではなく、むしろそれは、候補者と選挙人が直接に接触し、候補者はその政策を伝え、選挙人も候補者の識見、人物などを直接に知りうる機会を与えるものとして最も有効適切な選挙運動の方法であると評価されている。選挙運動としての戸別訪問が種々の長所をもつことは否定することができないし、また選挙という主権者である国民の直接の政治参加の場において、政治的意見を表示し伝達する有効な手段である戸別訪問を禁止することが、憲法の保障する表現の自由にとって重大な制約として、それが違憲となるのではないかという問題を生ずるのも当然といえよう。」
「それでは戸別訪問が憲法に違反しないという論拠をどこに求めるべきであるか。この点について次ぎのようなものがあげられる。すなわち(1)戸別訪問は買収、利益誘導等の不正行為の温床となり易く、選挙の公正を損なうおそれの大きいこと、(2)選挙人の生活の平穏を害して迷惑を及ぼすこと、(3)候補者にとつて煩に堪えない選挙運動であり、また多額の出費を余儀なくされること、(4)投票が情実に流され易くなること、(5)戸別訪問の禁止は意見の表明そのものを抑止するのではなく、意見表明のための一つの手段を禁止するものにすぎないのであり、以上にあげたような戸別訪問に伴う弊害を全体として考慮するとき、その禁止も憲法上許容されるものと解されること、がそれである」
「以上のような諸理由はそれぞれに是認できないものではなく、単に公共の福祉にもとづく制限であるというのに比してはるかに説得力に富むものではあるが、私見によれば、それらをもって直ちに十分な合憲の理由とするに足りないと思われる。」
「これまで戸別訪問の禁止を合憲とする根拠とされてきたものは、それぞれに一応の理由があり、これを総体的にとらえるとき、この禁止が合理性を欠くものではないといえるかもしれないが、それだけでは、なお合憲とする判断の根拠として説得力に富むものではない。」
「戸別訪問は選挙という政治的な表現の自由が最も強く求められるところで、その伝達の手段としてすぐれた価値をもつものであり、これを禁止することによって失われる利益は、議会制民主主義のもとでみのがすことができない。そうして、もし以上に挙げたような理由のみでもつて戸別訪問の禁止が憲法上許容されるとすると、その考え方は広く適用され、憲法二一条による表現の自由の保障をいちじるしく弱めることになると思われる。」
「私は、以上に挙げられた諸理由は戸別訪問の禁止が合憲であることの論拠として補足的、附随的なものであり、むしろ他の点に重要な理由があると考える。選挙運動においては各候補者のもつ政治的意見が選挙人に対して自由に提示されなければならないのではあるが、それは、あらゆる言論が必要最少限度の制約のもとに自由に競いあう場ではなく、各候補者は選挙の公正を確保するために定められたルールに従って運動するものと考えるべきである。」
「法の定めたルールを各候補者が守ることによって公正な選挙が行われるのであり、そこでは合理的なルールの設けられることが予定されている。このルールの内容をどのようなものとするかについては立法政策に委ねられている範囲が広く、それに対しては必要最小限度の制約のみが許容されるという合憲のための厳格な基準は適用されないと考える。」
「憲法四七条は、国会議員の選挙に関する事項は法律で定めることとしているが、これは、選挙運動のルールについて国会の立法の裁量の余地の広いという趣旨を含んでいる。国会は、選挙区の定め方、投票の方法、わが国における選挙の実態など諸般の事情を考慮して選挙運動のルールを定めうるのであり、これが合理的とは考えられないような特段の事情のない限り、国会の定めるルールは各候補者の守るべきものとして尊重されなければならない。」
[コメント&他サイト紹介]
この判例については、長谷部教授の百選(第5版)解説の一読をおススメします。この解説を読んで、難しい内容を簡単な言葉で説明できるのが本当に頭の良い人である、という事を改めて実感いたしました。・・・と同時に、(触れる必要はそんなにないのに)ロールズ等哲学にわざわざ絡めて説明しているのは、(法哲学にも造詣の深い)長谷部教授らしいなぁと少し面白いです。
他サイト様としては、木村草太先生の、
http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr/e/0873b85f1d0e400691ce74a19008f15b
・・・がオススメですね。
木村草太先生の「憲法の急所」は私も何度も読みましたので、木村草太先生の記事があれば無条件で紹介するつもりだったのですが、意外と今まで取り扱った判例とリンクできる記事はなく、これが初めてのご紹介となります。
政治の現場におられる方の意見(小泉純一郎元総理大臣も含まれております)を知るには、
http://mmatusaka.exblog.jp/16060097
・・・こちらの記事がとても有益です。