川崎民商事件(最判昭和47・11・22、百選125事件)
[事案の概要]
―――時代背景―――
全国商工団体連合会下部の神奈川県民主商工会川崎支部に属するX会は、中小零細業者を会員として、税務指導相談や対税務署交渉等を主目的とするものであるが、設立以来勢力を増してきた。
X会は、東京国税局管内の民主商工会の中でも最も勢力の強いものの一つであり、その会員が集団で税務署に対してデモをかけその圧力で自己の要求を貫徹しようとしていた。
他方、国税庁においては、民主商工会の介在が適正な税務執行、調査等を妨げる癌となっており、その会員の納税申告額は一般の納税者より低額になされている疑いがあるとして、各国税局に対し、民主商工会員に対する所得調査を徹底的に行うよう指示した。
そして、その指示を受けた東京国税局は、川崎税務署にその旨を伝達し、川崎税務署は、管内の民主商工会員の所得税確定申告の調査に着手した。
―――具体的な事実の推移―――
諭吉が1人~♪
諭吉が2人~♪
(収税官吏)
税務調査だ!帳簿を見せろ!
ひ、ひぃ~抜き打ちで来た~。
被告人は、X会の会員であったが、自宅店舗において川崎税務署の収税官吏が被告人に対する所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとするに際し、何回来るんだ、だめだ、だめだ、事前通知がなければ調査に応じられない等と大声をあげたり、収税官吏の身体を引っ張るなどして、検査を拒んだ。
[裁判上の主張]
旧所得税法63条
「収税官吏は、所得税に関する調査について必要があるときは、」納税義務者等に質問し又は、「帳簿書類その他の物件を検査することができる」
旧所得税法70条は、
「検査を拒み、妨げ、又は忌避した者」(10号)や「質問に対し答弁をなさない者」(12号)は、「1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」
・・・と規定していた。
(検察官)
検査拒否は、所得税法70条違反だ!
・・・として、起訴されたのである。
被告人は、
① 上記時代背景、被告人のような零細業者を相手に収税官吏が3人もいたこと、現場にはカメラマンや私服警官もいたことを論拠として、民主商工会の組織破壊をたくらむ弾圧であり、もはや税務行政とは無縁な違法、不当な権力行使で調査権の濫用である。
② X会の会員に対する確定申告の事後調査の際は、事前にX会事務局員に通知がなされる事が慣行となっていたのに、本件調査は約束を無視し、先例に違反したもので違法な調査権の行使である。
③ 所得税法63条の質問調査権は憲法38条及び35条に違反する
・・・ゆえに無罪だ!と主張した。
※③の主張をより詳しく説明すると、旧所得税法70条10号、63条の規定が裁判所の令状なくして強制的に検査することを認めている点が、憲法35条に反し、旧所得税法70条10号、12号、63条の規定に基づく検査、質問の結果、所得税逋脱(旧所得税法69条)の事実が明らかになれば、税務職員は右の事実を告発できるという点が、右検査、質問は、刑事訴追をうけるおそれのある事項につき供述を強要するものであり、憲法38条に反する、というものである。
[訴訟経過]
第1審判決(横浜地判昭和41・3・25):
被告人を罰金1万円に処する。
但し、本裁判確定の日から2年間刑の執行を猶予する。
控訴審判決(東京高判昭和43・8・23):控訴棄却
第1審は、
被告人の①の主張に対し、
「当日本件現場にニユースカメラマンや私服の警官が居合せたとするも、右は川崎税務署又は小松正等が同行を命じ又は依頼したものとは認め難く、又被告人方のような零細業者に収税官吏三名が調査に赴いたことは大袈裟で、被告人をして反感を懐かしめるものがあるが、これをもって右調査を違法と断ずるを得ないとこであり、本件調査が民主商工会の組織破壊をもつてなされた行為と認めることはできない。但し右のような状況下でなされた本件犯行は犯罪の情状として考慮されるべきものである。」
被告人の②の主張に対し、
「本件調査時前において、X会員に対する確定申告の事後調査に際し、たまたま事前に右民商事務局員に連絡されたり、又事務局員立会のもとで調査された事実は認められるが、右が行政上の慣行、先例の域に達したものと認められず、右主張は理由がない。」
被告人の③の主張に対し、
「旧所得税法第六三条の質問調査権は憲法第三八条及び三五条に違反する旨の主張につき按ずるに右調査は純粋に行政的な手続きであって、適正な課税標準と税額の確定を唯一の目的とするものであり、憲法第三八条、第三五条は刑事手続における供述の不強要、住居侵入、捜索押収に対する保障を目的とする規定であって、本件のような行政手続に適用されないものであるから右主張は理由がない。」
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
(1)主張③のうち憲法35条違反について
「旧所得税法七〇条一〇号の規定する検査拒否に対する罰則は、同法六三条所定の収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものであるが、同法六三条所定の収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であって、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない」
「また、右検査の結果過少申告の事実が明らかとなり、ひいて所得税逋脱の事実の発覚にもつながるという可能性が考えられないわけではないが、そうであるからといって、右検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。けだし、この場合の検査の範囲は、前記の目的のため必要な所得税に関する事項にかぎられており、また、その検査は、同条各号に列挙されているように、所得税の賦課徴収手続上一定の関係にある者につき、その者の事業に関する帳簿その他の物件のみを対象としているのであって、所得税の逋脱その他の刑事責任の嫌疑を基準に右の範囲が定められているのではないからである。」
「さらに、この場合の強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、同法七〇条所定の刑罰を加えることによって、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであり、かつ、右の刑罰が行政上の義務違反に対する制裁として必ずしも軽微なものとはいえないにしても、その作用する強制の度合いは、それが検査の相手方の自由な意思をいちじるしく拘束して、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたいところである。国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定しがたいものであるところ、その目的、必要性にかんがみれば、右の程度の強制は、実効性確保の手段として、あながち不均衡、不合理なものとはいえないのである。」
「憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはできず、前記規定を違憲であるとする所論は、理由がない。」
(2)主張③のうち憲法38条違反について
「同法七〇条一〇号、六三条に規定する検査が、もっぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であって、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存することは、前示のとおりであり、これらの点については、同法七〇条一二号、六三条に規定する質問も同様であると解すべきである。」
「そして、憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例とするところであるが、右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。」
「しかし、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。」
[コメント&他サイト紹介]
タヌキとキツネの化かしあいみたいな印象を私はこの事案の概要から受けました。そういう時代だったんだなぁ、という感じですね。
他サイト様は、まず憲法判例解説様の
http://ameblo.jp/ut-liberi-esse-possimus/entry-10208089746.html
・・・が、やや字体が見辛いですが、実力のある方が分かりやすく説明して下さっている点でオススメです。
より深い理解に到達することを目指すのであれば、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/726right_to_keep_silence.htm
・・・甲斐教授のこの記事がオススメです。
また、イデオロギー感満載ですが、民商側から見た当時の背景を知るには、
http://www.sekimoto-tax.ne.jp/chosho/g-mi-04-07html.html
・・・このページが有益かもしれません。