2項詐欺における処分行為と利得との関係(最判昭和30・4・8、百選(第6版)54事件、百選(第7版)56事件)
[事実の概要]
被告人はりんごの仲買を業とするものである。
昭和23年3月16日、被告人は、Aとの間で、昭和23年3月24日頃までに、りんご「国光」500箱を上越線沼田駅まで被告人が輸送し、同駅で引き渡すという条件で、売買契約をした。
ところが、その代金62万5000円を同月21日頃に受領しながら、被告人は履行期限が過ぎても、その履行をしなかった。
Aは再三の督促をしたが、被告人は貨車が入らない、と言い訳をしていた。
昭和23年4月10日には、被告人は貨車がもう駅に入っているからリンゴを積んでいるはずだと告げ、翌日にAが鶴泊駅に行ったところ貨車があり、被告人も来て同駅員と交渉し、この貨車に被告人のリンゴを積んで沼田駅に送る旨話した。
そして、被告人はAに対して、「この貨車が君の方に行くのだから安心してくれ」と告げ、被告人の使用人がリンゴ約400箱位を実際に積み込むのをみて安心して帰宅した。
しかし、被告人は同日、鶴泊駅から沼田駅にリンゴ422箱を輸送委託の手続をしていたが、これを翌12日にリンゴの輸送先を小田原駅に変更し、履行しなかった。
Cf. おそらく、被告人はリンゴの仲買業者なので、リンゴの輸送を内容とする契約は複数抱えており、別の(小田原駅での引渡しを内容とする)契約を履行し、その引渡しの過程をAに見せることで、Aを騙すのに利用した、という事案です。
[裁判上の主張]
検察側は、被告人の行為は、2項詐欺罪(刑法246条2項)に該当すると主張した。
これに対し、弁護側は、
Aが、債務が弁済されるものと誤信したとしても、Aはこの誤信に基づいて財産上の利益を与える特定の行為をしておらず、被告人はそのAの誤信に基づく特定の行為によって財産上の利益を得たとはいえない、として無罪を主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(青森地鰺ヶ沢支判昭和26・10・26):被告人を懲役1年6月に処する。
控訴審判決(仙台高秋田支判昭和27・5・9):控訴棄却
第1審判決は、事実を認定し、淡々と法令を当てはめているにすぎず、見るべきところはない。
控訴審判決も、弁護側が事実認定を争っているにすぎず、さして見るべきところはない。
[判示内容]
主 文
原判決及び第一審判決を破棄する。
本件を青森地方裁判所に差し戻す。
理 由
弁護側の上記主張(=特定の処分行為及び財産上の利益がない)を事実上認めた。
すなわち、
「刑法246条2項にいう「〔人ヲ欺罔シテ〕財産上不法ノ利益ヲ得又ハ他人ヲシテ之ヲ得セシメタル」罪が成立するためには、他人を欺罔して錯誤に陥れ、その結果被欺罔者をして何らかの処分行為を為さしめ、それによって、自己又は第三者が財産上の利益を得たのでなければならない。」
「しかるに、右第一審判決の確定するところは、被告人の欺罔の結果、被害者Aは錯誤に陥り、「安心して帰宅」したというにすぎない。同人の側にいかなる処分行為があったかは、同判決の明確にしないところであるのみならず、右被欺罔者の行為により、被告人がどんな財産上の利益を得たかについても同判決の事実摘示において、何ら明らかにされてはいないのである。同判決は、「因て債務の弁済を免れ」と判示するけれども、それが実質的に何を意味しているのか、不分明であるというのほかはない。」
「あるいは、同判決は、Aが、前記のように誤信した当然の結果として、その際、履行の督促をしなかったことを、同人の処分行為とみているのかもしれない。」
「しかし、すでに履行遅滞の状態にある債務者が、欺罔手段によって、一時債権者の督促を免れたからといつて、ただそれだけのことでは、刑法二四六条二項にいう財産上の利益を得たものということはできない。その際、債権者がもし欺罔されなかったとすれば、その督促、要求により、債務の全部または一部の履行、あるいは、これに代りまたはこれを担保すべき何らかの具体的措置が、ぜひとも行われざるをえなかったであろうといえるような、特段の情況が存在したのに、債権者が、債務者によって欺罔されたため、右のような何らか具体的措置を伴う督促、要求を行うことをしなかったような場合にはじめて、債務者は一時的にせよ右のような結果を免れたものとして、財産上の利益を得たものということができるのである。」
「ところが、本件の場合に、右のような特別の事情が存在したことは、第一審判決の何ら説示しないところであるし、記録に徴しても、そのような事情の存否につき、必要な審理が尽されているものとは、とうてい認めがたい。ひっきょう、本件第一審判決には、刑法246条2項を正解しないための審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、同判決およびこれを支持して控訴を棄却した原判決は、刑訴四一一条一号により破棄を免れないものである。」
[コメント&他サイト紹介]
2項強盗罪において処分行為が不要であるのとは異なり、2項詐欺罪においては、処分行為は必要と理解されています。この処分行為は、2項恐喝罪においても2項詐欺罪においても不作為のもので足りる、とされています。もっとも、2項恐喝においては、被害者は錯誤しているわけではないため、処分行為の認識は問題となりませんが、2項詐欺においては、少なくとも「利益処分の外形的事実の認識」の存在は必要とされているのです。
このように、処分行為や財産上の利益について、2項強盗、2項恐喝、2項詐欺を対比させて整理すると理解が深まるように思います。百選解説でいうと、本判決の解説である54事件だけでなく、59事件(黙示の処分行為と恐喝罪)の解説をも併せて見て頂けるときっとご学習が進むはずです。