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強制わいせつ罪の主観的要素(百選15事件)


強制わいせつ罪における主観的要素(最判昭和45129、百選(第6版)15事件、百選(第7版)14事件)

 

[事実の概要]

 

被告人は,内妻AB(当時23歳)の手引きにより東京方面に逃げたものと信じ、これを詰問すべく、釧路市のアパート内の自室にBを呼び出した。

 

同所においてAと共に、Bに対し「よくも俺を騙したな。俺は東京の病院に行っていたけど何もかも捨ててあんたに仕返しに来た。硫酸もある。お前の顔に硫酸をかければ醜くなる。」などと申し向け、さらに札束を示しながら「この通り金はある。金さえあればどんなことでもできる。」と申し向けた上、Aをして暴力団員宅に電話をかけさせ、又「婆もぐるだから次は婆だ。お前には可愛いい子供もいるだろう。」と申し向けるなどして約二時間にわたりBを脅迫した。

 

その上、Bが許しを請うのに対し、Bの裸体写真を撮ってその仕返しをしようと考え、「五分間裸で立っておれ。」と申し向け、畏怖している同女を裸体にさせてこれを写真撮影した。

 

※つまり、被告人は、内妻Aと喧嘩して(あるいはAが耐えられなくなって)、Aが一度逃げ出し、その手助けをBはしたが、その後被告人とAは仲直りし、Bに向けて腹を立てていた被告人は、Aと一緒になって、Bに報復した、という事案である。

 

 

[裁判上の主張]

 

 

検察側は、

 

Bを裸にして写真撮影をした行為が強制わいせつ罪(刑法176条前段)にあたると主張したのに対し、

 

弁護側は、

 

強制わいせつ罪が成立するには性欲を興奮、刺激させる目的をもってなされる必要があり、本件は報復の手段としてなされたものなので、その目的を欠き、被告人に強制わいせつ罪は成立しない、と主張した。

 

[訴訟経過]

 

1審判決(釧路地判昭和4277):被告人を懲役一年に処する

 

控訴審判決(札幌高判昭和421226):本件控訴を棄却する。

 

 

第1審は、弁護人の主張に対し、

 

「本件は前記判示のとおり報復の目的で行われたものであることが認められるが、強制わいせつ罪の被害法益は相手の性的自由であり、同罪はこれの侵害を処罰する趣旨である点に鑑みれば、行為者の性欲を興奮、刺激、満足させる目的に出たことを要する所謂目的犯と解すべきではなく、報復、侮辱のためになされても同罪が成立するものと解するのが相当であるので、右事実は本罪の成立の妨げにならない。」

 

控訴審は、弁護人の主張に対し、

 

「報復侮辱の手段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を行った被告人に、その性欲を刺戟興奮させる意図が全くなかったとは俄かに断定し難いものがあるのみならず、たとえかかる目的意思がなかったとしても本罪が成立することは、原判決がその理由中に説示するとおりであるから、論旨は採用することができない。」

 

・・・と応答した。

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す

 

 

理    由

 

上記弁護側の主張に対し、

 

「刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しない」

 

・・・と、強制わいせつ罪成立に、性的意図が必要であることを明示した。

 

そして、

 

「性欲を刺戟興奮させ、または満足させる等の性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立するとした第一審判決および原判決は、ともに刑法一七六条の解釈適用を誤ったものである。」

 

・・・等として、原判決の破棄を決定した。

 

その上で、

 

「もっとも、年若い婦女(本件被害者は本件当時二三年であつた)を脅迫して裸体にさせることは、性欲の刺戟、興奮等性的意図に出ることが多いと考えられるので、本件の場合においても、審理を尽くせば、報復の意図のほかに右性的意図の存在も認められるかもしれない。」

 

また、「第一審判決の確定した事実は強制わいせつ罪にはあたらないとしても、所要の訴訟手続を踏めば他の罪に問い得ることも考えられ、また原判決の示唆するごとく、もし被告人に前記性的意図の存したことが証明されれば、被告人を強制わいせつ罪によって処断することもできる次第であるから、さらにこれらの点につき審理させるため刑訴法四一一条一号四一三条により原判決を破棄し、本件を原裁判所に差し戻すべきものとする。」

 

 

※他の罪というのは、具体的には、裸で立たせ、写真撮影した行為が強要罪(刑法2231項)に、2時間ネチネチと脅迫した行為が脅迫罪(刑法2221項、2項)にあたる可能性がある。メインはもちろん、より法定刑の重い強要罪である。

 

※ちなみに、脅迫罪の法定刑は、「2年以下の懲役又は30万円以下の罰金」、強要罪の法定刑は、「3年以下の懲役」、強制わいせつ罪の法定刑は、「6月以上10年以下の懲役」である。このように、強制わいせつ罪の方が、脅迫罪や強要罪より圧倒的に重いため、(強制わいせつ罪で勝算があると踏んだ)検察官は強制わいせつ罪一本で起訴したのだと思われる。

 

 

[コメント&他サイト紹介]

 

Aに恩を仇で返されたB、という話ですね。被告人が元凶なのだとは思いますが、Bの立場に立ってみると、Aをより強く恨む気がいたします。

 

本判例は、強制わいせつ罪の成立に、性的意図が必要であることを明示した点に意義があるのはお分かりの通りですが、丹羽教授の重要なご指摘としましては、「(性的意図)必要説は必ずしも処罰範囲限定の論理とはなっていないというべきであろう。むしろ逆に、判例においては、客観的にわいせつ行為かどうかを即断できないような行為についても、性的意図の存在を理由に本罪の成立を肯定する傾向がみられる」というものです。

 

これはどういうことかといいますと、性的意図の存在を強制わいせつ罪成立の必要条件と考えるという事は、強制わいせつ罪成立の主観面のハードルを高くしているわけですから、論理的には必ず処罰範囲の限定になっています。

 

ところが、主観面のハードルを高くした事をいいことに、判例は(「わいせつな行為」という)客観面のハードルを解釈上やや低くしているように見受けられるため、結局、主観面・客観面を併せた強制わいせつ罪成立の必要条件を全体として見たときに、必ずしもハードルが高くなったとは言い切れないぞ、という話です。

 

他サイト様は、本判例を丁寧に分析されたものはありませんでした。

どうやら刑法判例を分析されているサイトはかなり少ないみたいです。

そんな中、このサイトばかりで恐縮なのですが、強制わいせつ罪に関する論点を簡単にまとめたものとして、布野貴史弁護士が書いておられる

http://park.geocities.jp/funotch/keiho/kakuron/kojinhoueki2/22/176.html

・・・が有益であるはずです。

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