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一時使用と不法領得の意思(百選30事件)


一時使用と不法領得の意思(最決昭和551030、百選(第6版)30事件、百選(第7版)32事件)

 

[事実の概要]

 

第一に、被告人Xは、昭和541228日午前0時ころ、広島市内の給油所備付けの駐車場において,たまたまエンジンキー付きであったA所有にかかる普通乗用自動車一台(日産セドリック、時価250万円相当)を窃取し、


第二に、被告人Xは、公安委員会の運転免許を受けないで、同日午前410分ころ、広島市内の道路において、前記普通乗用自動車を運転した

 

被告人Xとしては、自動車を所有者Aに無断で乗り出す際、午前530分ころまでにはこれをもとの場所に返すつもりであった。また、この間(午前0時~午前530分までの間)右自動車の所有者であるAにおいてこれを自己使用する意思は全くなかった

 

 

[裁判上の主張]

 

 

検察側は、

 

第一の行為は、窃盗罪(刑法235条)にあたり、

第二の行為は、無免許運転罪(道路交通法64条)にあたると主張した。

 

弁護側は、

 

第一の行為については、被告人Xとしては、もとの場所に返すつもりであったのであるから、使用窃盗にすぎず、無罪であると主張した。

 

 

[訴訟経過]

 

 

1審判決(広島地判昭和5533):被告人を懲役10に処する

 

控訴審判決(広島高判昭和5563):本件控訴を棄却する

 

 

1審判決は、弁護側の主張(=使用窃盗であり、不可罰)に対し、

 

「なるほど、被告人は、判示日時ころ前記乗用自動車を所有者に無断で乗り出す際、同日の午前530分ころまでにはこれをもとの場所に返すつもりであったこと及びこの間右自動車の所有者であるAにおいてこれを自己使用する意思の全くなかったことが認められる」

 

しかし、「他方、右自動車は、昭和54年型のニッサンセドリック(セダンのSGLE型、2000cc)で、右Aにおいて、昭和549月ころ代金264万円で購入した後、勤務先の部下のBに、数回運転させたことがあるほかは、専ら右Aがこれを運転しており、事件当日も、同人の会社の取引先の給油所の駐車場(同所は、夜八時以降は無人になるが、この間は歩道と右駐車場との境に鉄鎖を張り渡してある。)に駐車したもので、たまたまエンジンキー付きであったとはいえ、これを被告人が乗り廻すことを暗黙にもせよ承諾したものでないことは明らかであり、」

 

「また被告人は、5時間半にわたり右自動車を完全に自己の支配下に置く意図の下に同駐車場から乗り出して、同所から数キロメートル離れた国鉄広島駅新幹線口前付近に至り、更に同所から広島市流川町付近を経て宇品海岸あたりまで運転する予定でいたことが認められるのであるから、かかる事実関係の下では、当初被告人が本件自動車を乗り出す時点において、窃盗罪の構成要件である不法領得の意思を有していたものと認めるのが相当である。」

 

・・・とした。

 

量刑不当を理由に控訴した弁護側に対し、控訴審は、

 

「被告人は昭和541030日広島地方裁判所において、カメラなどの窃盗と二回に亘る自動車の無免許運転等の罪により懲役10月、2年間刑の執行猶予の判決を受け、折角更生の機会を与えられたにも拘らず、その行状を慎しむところがなく、右判決の宣告後一旦は両親(実父、義母)の許に戻ったものの、間もなく家出し、爾来、駅の待合室などで寝泊りし、知り合った労務者から小遣い銭を貰うなどして、無為徒食の生活を送るうち、本件各犯行に及んだものである。」

 

・・・と、前科等を理由に実刑判決もやむをえないと、量刑不当の控訴を棄却した。

弁護側は、再び使用窃盗は不可罰ではないか、という点を上告理由として持ち出し、上告した。

 

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

 

 

理    由

 

「被告人は、深夜、広島市内の給油所の駐車場から、他人所有の普通乗用自動車(時価約二五〇万円相当)を、数時間にわたって完全に自己の支配下に置く意図のもとに、所有者に無断で乗り出し、その後四時間余りの間、同市内を乗り廻していたというのであるから、たとえ、使用後に、これを元の場所に戻しておくつもりであつたとしても、被告人には右自動車に対する不正領得の意思があったというべきである」

 

 

[コメント&他サイト紹介]

 

大判大正4521は、不法領得の意思について「権利者を排除して他人の物を自己の所有物として其の経済的用法に従いこれを利用若しくは処分する意思」としています。

 

権利者排除意思を要求することによって、使用窃盗を不可罰とし、可罰性の限定を図り、

経済的用法に従うことを要求することによって、毀棄隠匿罪との区別をし、犯罪の個別化を図っているということは、この定義の暗記と共に、おそらく刑法各論の前期の授業でやるようなお話ですよね。

 

同時に、この定義がガタガタと崩れてきているという話も聞いたことがあるはずです。本判決は、不法領得の意思の定義上、権利者排除意思を要求している部分にヒビが入った事案という位置づけです。

 

この定義を前提として、論文で書く場合は、私見ですが、キーを回してアクセルを踏むだけで、(ガソリンさえ入っていれば、)お手軽に遠く離れた場所へ行けてしまう「自動車」の特性や、高価性などを理由に、例えばこのような場合は、今回のように数時間だけ利用する意思については、「一時的に使うだけの意思」ではなく、「権利者を完全に排除したうえで、再び権利者の下に戻す意思」と評価することになるのでしょうね。

 

この定義は、事実上基準としての機能を果たしていませんので、この定義を必ずしも前提とする必要はない気もしますね。

 

他サイト様ですが・・・30個前後見て回ったのですが、一読の価値がある(と私が考える)サイト様は発見できませんでした。

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