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かすがい現象(百選105事件)


 

「かすがい」現象(最決昭和29・5・27、百選(第6版)105事件、百選(第7版)105事件)

 

【事実の概要】

 

(1) 被告人は、昭和22年5月ごろ、Aと結婚したが、A一家(特にAの母B)との折合が悪かった事等から、徐々に関係が悪化し、昭和27年8月8日、被告人の人を介しての再三の復縁要求にも関わらず、実家に帰っていた妻Aと協議離婚した。

(2) 被告人は、昭和27年9月6日の午後9時頃、昼間Aの実家で蓄音器などをかけていて、酒盛りをしていたのが気になって、同家玄間から隙間見たが、何もみえないので同家左手から裏手に廻り、あかり取りの高窓から約1時間覗き見したところ、午後10時頃、Aとかねてとかくの噂を耳にしていたDが茶の間炉端におり、寝ころんでいたAと親しそうにしていたのをみて、右噂は真実であると考え、Aとの離婚はAの母Bの差金によるもので、いつかは復縁できるものと信じていたのにAが心変わりしたと考えた。

(3) そして、A(当時24歳)を殺害して意趣をはらそうと決意し、Aが寝間に入るのを見届け、直ちに自宅に引き返し、台所にあった鉈を持ち、午後10時30分頃、直ちにAの実家の厩出入口から家屋内に侵入し、寝静まっているのを確かめ、地下足袋のまま流場において水を一杯飲んで気をおちつけ、茶の間を上り、框から南側十畳間に就寝していたAの母B(当時45歳)の姿を認めるや、この際Bをも殺害して日頃の恨みをはらそうと考えた。

(4) 炉端附近にあった座布団二枚に片足を乗せて足音がしないようにBの傍に近づき、前示所携の鉈で熟睡中のBの顔面を数回斬りつけ、その足でAの寝室である同家納戸に至り、物音に眼を醒したAと言い争った挙句、被告人のただならない剣幕に驚いたAが「許してくれ」と哀願したにも関わらず、即座に右鉈を以てAの後頭部を数回斬りつけ、更に被告人に取り縋ったAを仰向けに押し倒し、「俺の腕をみせてやる」とAのズロースを引き破って、陰部その他下腹部等数十回にわたって斬りつけ、布団をかけた。

(5) 更にBの傍に就寝していたC(当時13歳)が眼を醒まし枕から頭を上げたのを認めるや、突嗟にこれをも殺害しようと考え「お前もか」と言いながら、右鉈を以てその顔面等を数回斬りつけた上、苦しさの余り布団から這い出し、うつ伏せになっている前記Bを炉端で後頭部を二、三回、右鉈を以て斬りつけ、更に仰けにして「俺は○○だよく聞け、過去4年間の御恩返しに来た、今日は充分その御恩返しをして行くから」と申し向け、陰部を滅多切した上、同家台所で濁酒を二、三杯飲んで前記厩出入口から逃走した。

(6) よって、B及びAは間もなく,Cは翌7日午前3時頃、いずれも同所において頭蓋骨折並びに脳出血挫滅を伴う頭部外傷に基づく脳障害のため死亡せしめ、もって殺害の目的を遂げた。

 

※ 第一審判決は、Aの母Bと被告人との確執や、離婚の経緯、被告人の素行の悪さを長々と認定していますが、そこはさすがにカットしました。本当は、被告人が殺害に至るまではもう少しだけ複雑です。被告人とCとの関係は明示されていませんでしたが、名前から察するに、Cは被告人から見て、おい(義理の兄の息子)なのだと思います。

 

【裁判上の主張】

 

検察側は、被告人の行為は、

住居侵入罪(刑法130条)、3つの殺人既遂罪(刑法199条)にあたる、と主張した。

 

【訴訟の経過】

 

第1審判決(秋田地大館支部判昭和28・4・13)

 

  主   文

 

被告人を死刑に処する。

押収の鉈一丁は没収する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

 

  理   由

 

「法律に照らすに、判示住居侵入の点は刑法第130条、罰金等臨時措置法第2条、第3条に、判示殺人の点は刑法第199条に各該当するが、以上は手段結果の関係にあるから刑法第54条第1項後段、第10条を適用して重い殺人の罪に従って処断することとし、以上は同法45条前段の併合罪であるが、被告人の前歴、性行、並びに本件犯行の態様等諸般の情況から考察するときは、本件記録中に窺い得られる被告人の有利な二、三の事情の如何に拘わらず犯情の最も重い右Cに対する殺人につきその所定刑中死刑を選択し、同法第46条第1項本文に従い他の刑を併科せず、被告人を死刑に処する。」

 

※ 処断刑の形成は、一般的に、「①科刑上一罪の処理→②刑種の選択→③累犯加重→④法律上の減軽→⑤併合罪の加重→⑥酌量減軽」の順で行われます(刑法69条、72条参照)。今回は、①科刑上一罪の処理では、「住居侵入罪とAへの殺人罪」、「(住居侵入罪と)Bへの殺人罪」、「(住居侵入罪と)Cへの殺人罪」のそれぞれについて、先に牽連犯として処理し、「重い殺人の罪に従って処断する」ことにして、住居侵入罪についての処理は終わったものとし、「(牽連犯となった)Aへの殺人罪」と「(牽連犯となった)Bへの殺人罪」と「(牽連犯となった)Cへの殺人罪」の3つの犯罪がある事を前提に、②刑種の選択で、「(牽連犯となった)Cへの殺人罪」につき死刑を選択しました。そして、③④の事由はないですし、⑤については、46条1項がありますし、そもそも死刑の加重について論じる余地はありません。そして、⑥もないため、処理終了、というわけです。死刑を選択したので、「かすがい」現象の問題点がはっきり見えにくくなってしまっていますね。詳しくは、下記の【コメント】欄をご参照ください。

 

※ 上で、(住居侵入罪と)の部分にかっこ書きをつけたのは、住居侵入罪はあくまで1個であり、複数回評価すべきではない、とする考え方が学説で支配的だからです。

 

控訴審判決(仙台高秋田支部判昭和28・12・1)

 

  主   文

 

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

 

  理   由

 

「よって、刑事訴訟法第396条により本件控訴を棄却すべきものと認め、同法第181条1項により当審の訴訟費用は全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。」

 

※ 控訴審では、罪数は全く争点となっておらず、控訴を棄却しただけですので、判決文の中に罪数処理は一切出てきません。

 

※ これに対し、弁護側は、住居侵入罪と3件の殺人罪は、住居侵入罪を「かすがい」とした一罪の関係にあり、これを数罪とした原判決は、住居侵入の後に犯した法火と強盗殺人は一罪として処断すべきとした大審院判例(大判昭和5・11・22)に反するとともに、法令適用の誤りがある、として上告した。

 

【判示内容】
  主   文

 

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

 

  理   由

 

「事実審の確定した事実によれば所論三個の殺人の所為は所論一個の住居侵入の所為とそれぞれ牽連犯の関係にあり刑法54条1項後段、10条を適用し一罪としてその最も重き罪の刑に従い処断すべきであり、従って第一審判決にはこの点に関し法条適用につき誤謬あること所論のとおりであるが、右判決は結局被害者Cに対する殺人罪につき所定刑中死刑を選択し同法46条1項に従い処断しているのであるから、該法令違背あるに拘わらず原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとはいい得ない。」

 

【コメント&他サイト紹介】

 

第一審が言っている事の理解におそらく時間がかかるだろうと思いましたので、第一審判決の後に、補足をいっぱい書きました。

「かすがい現象」というのは、「本来併合罪であるべきA、Bの2個の罪が第3のC罪とそれぞれ科刑上一罪の関係に立つときは、Cの結合作用により、全体として一罪となる」(田宮裕、百選解説(第4版))ことです。この「かすがい現象」に否定的な学説は多いですが、判例はこれを肯定しました。

 

学説が「かすがい現象」に否定的な理由を、上の田宮先生の定義を利用して説明します。C罪が住居侵入罪(130条、法定刑は「3年以下の懲役又は10万円以下の罰金」)、A罪、B罪が共に強姦罪(177条、法定刑は「3年以上の有期懲役」=「(12条1項より)3年以上20年以下の懲役」)とします。(つまり、甲さんの家に押し入り、甲宅に住む甲と乙をその場で強姦したようなケースを想定しています。押し入った点がC罪、甲への強姦がA罪で、乙への強姦がB罪です。)

C罪が存在せず、A罪とB罪だけであれば、両罪は併合罪となり、「最も重い刑」である強姦罪について併合罪加重した結果、処断刑は「3年以上30年以下の懲役」となります(47条)。

しかし、本判例のように、C罪が存在し、C罪がA罪ともB罪とも牽連関係があるがゆえに、A罪とB罪とC罪は全部ひっくるめて牽連関係にある、と理解すれば、「最も重い刑」である強姦罪の法定刑が、そのまま処断刑となり、「3年以上20年以下の懲役」になっちゃうわけです。

C罪が存在する方が、当然犯人はより多くの罪を重ねたわけですから、もっと悪いはずなのに、C罪が存在することによって、かえって刑罰が軽くなっちゃう可能性があるわけです。これは不合理ですよね。誰が見ても不合理です。

 

学説では、第一審判決と同様の考え方(住居侵入罪を複数回評価する考え方)のほか、最初の殺人(今回の判例の事案で言えば、母Bの殺害)についてのみ住居侵入罪との牽連犯を認め、それと他の殺人罪とを併合罪として処理する考え方や、先に3つの殺人を併合罪として処理してから、それと住居侵入罪とを牽連犯として処理する考え方等があります。

いずれの考え方も、上で述べたような「かすがい」現象によって生じる不合理を避けようとするものですが、上記の最高裁判例によって否定され、「かすがい」現象は結局正面から認められることになりました。

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