発起人の開業準備行為(最判昭和33・10・24、百選5事件)
[事実の概要]
原告は野球競技の興行等を行う株式会社(通称、大映スターズ)であり、被告はA株式会社取締役社長のYである。
Y及び訴外Bらは、各種織物の整練・売買その他これに附帯する一切の業務を営むことを目的とする訴外A株式会社の設立を計画発起していたが、いまだ設立登記未了で設立登記(昭和30年9月12日)をしていない昭和30年1月ごろからYは代表取締役と称してA会社名義で事実上営業をしていた。
そして、昭和33年3月12日Yは、A株式会社取締役社長Yの名において、原告である大映スターズと下記要旨の請負契約を締結した。
(イ)原告は昭和33年3月21日桐生市新川球場において申請外トンボ・ユニオンズ球団との間に非公式試合を実施すること
(ロ)原告が右試合に参加せしめる人員は大映及びトンボ各球団25名宛、審判3名、本部員3名とすること
(ハ)東洋整練株式会社は原告に対し
(1)右試合出場報酬金として金15万円也を試合開始前に支払うこと
(2)東京桐生間バス利用による往復旅費及び昼食、夕食費を含む休息宿泊費を支払うこと
(3)使用球の実費として一個当り500円の割合で支払うこと
(4)審判に対する経費として一人当り宿泊費金1500円、出場料金1000円、日当金200円の割合による金員を支払うこと。
(5)ホームラン競争の賞金として一人当り金500円支払うこと
この契約を実際にまとめたのは、訴外Bであったが、Yも主催者を代表して挨拶をするなど、Yは上記契約締結に関する経過事実をすべて了知していた。
そして、原告は上記契約に基き昭和33年3月21日桐生市新川球場においてトンボ・ユニオンズ球団との間に非公式試合一試合を実施した。
しかしながら、A株式会社は出場報酬金15万円、東京桐生間往復旅費金34000円、使用球実費金4200円の支払をしなかった。
そこで、原告はA株式会社に対し前項の報酬金及び費用等合計金188200円の支払を求めるための提訴の準備として、同会社登記簿謄本を取寄せたところ、はからずもそのような会社は未だ存在しないことが判明し、更に調査した結果、A株式会社名義の土地建物等不動産は全く存在せずすべて被告Y名義となっていること、また、被告が前記契約を締結したのは、A株式会社のためその取締役社長としてなしたものである事実が明らかとなったため、(A社ではなく)Yに対して訴えを提起した。
[裁判上の主張]
原告は、上記18万8200円及び遅延損害金の支払いを求めた。
その理由としては、
「法人としてA社の存在がみとめられない以上、被告は代表すべき法人が存在しないのにもかかわらずその代表者としての資格において原告との間に右契約をしたものであって、この関係はあたかも無権代理の場合と同様であるから、民法第117条第1項の規定を類推して原告は被告に対し前記契約による履行又は損害賠償の選択権を有するものと解すべきところ、原告は本訴において右契約の履行として報酬金15万円及び費用等38200円以上合計金188200円也の支払を求める」・・・と主張した。
被告は、
(1)A会社はその後昭和30年9月12日に設立されるに至ったのであるから、契約上の債務は設立後の会社に帰属すべきであり、Y個人が負担すべきいわれはない。
(2)仮に、債務が設立後の会社に帰属しないとしても、民法117条の規定は実在しない法人の代表者として他人との間に締結した法律行為につき類推適用されるべきではなく、この意味でYが債務を負担するいわれはない。
・・・等と反論した。
[訴訟経過]
第1審判決(年月日不明):
1、被告は原告に対し188200円及びこれに対する昭和30年8月31日以降完済まで年6分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
3、この判決は仮に執行することができる。
4、被告が15万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。
第1審判決は、事実の認定と当事者の攻撃防御方法が載っているのみで、さして参考になる部分はない。原告の完全勝訴判決である。
控訴審判決(東京高判昭和32・3・20):本件控訴を棄却する。
控訴審判決は、
被告の主張(1)(=債務はA社に帰属すべき)に対し、
「思うに、株式会社設立準備中の発起人が、設立中の会社の執行機関として、その資格において、かつその権限の範囲においてなした行為から生ずる権利義務は、後に成立すべき設立後の会社に当然帰属するとの法理は、一般的にはこれを是認することができるけれども、その権限の範囲は厳に会社を成立させるために必要な行為に限ると解すべきものである。」
「そして発起人として会社を成立せしめるために必要な行為とは、株主を募集し(商法第174条)、株式の割当をなし(商法第176条)、その他法に直接の規定あるものの外、これらと密接不可分の関連に立つ行為をも包含すると解すべきではあるが、本件契約が一面設立せられるべき会社の経営発展ないし宣伝のため、発起人たる控訴人がその代表資格において締結したものとしても、それは所謂設立せらるべき会社の開業準備行為に属し、到底会社設立に必要な行為と目すべからざること多言を要しないところである。従ってかかる行為によって生じた権利義務が、設立後の前示会社に当然帰属する謂われなく、この点に関する控訴人の主張は理由がない。」
被告の主張(2)(=民法117条の類推適用をすべきではない)に対し、
「被控訴会社は前示契約締結に際し、A株式会社なるものが既に存在し、控訴人がその代表取締役としての権限を有するものと信じ、且つかく信ずるにつき過失の責むべきものがなかったこと明らかであるところ、右会社は実際には存在しなかったのであるから代表せられる本人に該当すべき者なく、厳格にいえば右存在しない会社の代表者として被控訴人と契約をした控訴人は、民法に所謂無権代理人にあたらないけれども、あたかも無権代理の場合と相類似するから、代理に関する民法第117条第1項の法意を類推適用し、相手方の選択に従い右契約の履行の責に任ずべきものと解するを相当とする。」
・・・と判示した。
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
被告の主張(1)(=債務はA社に帰属すべき)に対し、
「原審判示の本件契約は、会社の設立に関する行為といえないから、その効果は、設立後の会社に当然帰属すべきいわれはなく」
・・・と一蹴し、
被告の主張(2)(=民法117条の類推適用をすべきではない)に対し、
「右契約は上告人が無権代理人としてなした行為に類似するものというべきである。もっとも、民法117条は、元来は実在する他人の代理人として契約した場合の規定であって、本件の如く未だ存在しない会社の代表者として契約した上告人は、本来の無権代理人には当らないけれども、同条はもっぱら、代理人であると信じてこれと契約した相手方を保護する趣旨に出たものであるから、これと類似の関係にある本件契約についても、同条の類推適用により、前記会社の代表者として契約した上告人がその責に任ずべきものと解する」
・・・と判示した。
[コメント&他サイト紹介]
本判決は、発起人の権限の範囲(=被告の主張(1)の点)について、範囲の明確な外延は明らかではないものの、本件のような開業準備行為が「会社の設立に関する行為といえない」と明言しています。
論証する場合は、高裁が採ったような「会社を成立させるために必要な行為に限る」という基準や、「会社の形成・設立それ自体を直接の目的とする行為のみに限定する」という学説の基準などを用いた方が、論証しやすいですよね。
また、発起人の責任(=被告の主張(2)の点)については、最高裁の論理は明確で、これをこのまま論証すれば、それで万事オッケーです。太字にしたキーポイントを繋げれば、綺麗な論証となっているはずです。
他サイト様としては、会社法立案担当者の葉玉先生のブログである「会社法であそぼ。」様の
http://kaishahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_fea4.html
・・・が必見と言えるでしょう。
また、論証形式で書かれているものとして、「ある法学徒の学習メモ」様の
http://blog.livedoor.jp/lawboy09/archives/482356.html
・・・が一読の価値があるかもしれません。