決議無効確認の訴えと決議取消の主張(最判昭和54・11・16、百選45事件)
[事実の概要]
原告X1は,Y社の株式268株を保有する株主にして、昭和47年5月18日被告を設立以来、昭和50年5月30日の定時株主総会終結時まで被告会社監査役の地位にあったものである。また、原告X2は、Y社の株式600株を保有する株主である。
被告は、Y社である。
Y社は、昭和50年5月30日に提示株主総会を開催し、
「決議事項
(1) 役員定数変更及び役員改選の件
(2) 受権資本の変更の件
(3) 第三期(自昭和49年4月1日、至昭和50年3月31日)営業報告書、貸借対照表及び損益計算書ならびに欠損金処分案承認の件
(4) 役員の報酬額の件」
・・・を決議した。
しかし、本件計算書類(営業報告書、貸借対照表、損益計算書)については、総会提出前に監査役の監査を受けていなかった。
※ 現在では、営業報告書は事業報告に名称変更されている上、会計監査人による監査の対象から除外されているようです。しかし、計算書類には含まれるため、監査役による監査の対象であることは変わらないようです。
[裁判上の主張]
原告らは、第三回定時株主総会の無効確認を主位的に請求すると共に、第1審係属中の昭和52年5月24日に、株主総会の決議を取り消すよう予備的に請求した。
なお、時系列を改めて整理しておくと、
昭和50年5月30日 第三回定時株主総会開催
昭和50年8月20日 総会決議無効確認の訴えを提起
昭和52年5月24日 決議取消しの請求を追加
・・・である。
無効原因・取消原因としては、
定時株主総会において承認を得るべき会社の計算書類は、あらかじめ監査役の監査を受けることが必要である(現会社法436条、438条)が、被告が昭和50年5月30日の株主総会に提出した計算書類は監査役の監査を受けていない瑕疵がある、というものであった。
被告は、
(1) 無効の瑕疵はない
(2) 取消しの訴えの予備的請求は、決議取消しの訴えの出訴期間の経過後であり、旧商法248条1項(会社法831条1項)に反する
・・・と主張した。
※ 監査役の監査を経ていないことが、少なくとも取消しの瑕疵であることは全ての判決の前提となっています。また、取消しの訴えの予備的請求が決議の日から3ヶ月以内に行われていないことのみならず、無効確認の訴え自体が決議の日から3ヶ月以内に行われていることもきちんと確認しておいてください。
[訴訟経過]
第1審判決(横浜地判昭和53・3・3):原告らの主位的請求を棄却し、予備的請求の訴を却下する
その理由としては、
(1) 無効の瑕疵について
「本件総会の会日以前に本件計算書類を監査役に提出しなかつた違法は、決議取消の訴の事由にとどまり、決議無効の事由とするには本件計算書類の内容において、虚偽、その他瑕疵の存在を要するものと解するのが相当である。しかるに、原告らは、本件計算書類の内容において、虚偽、その他瑕疵の存在はこれを主張しない旨釈明するので、本件主位的請求は理由なきに帰する。」
(2) 取消しの訴えについて
「株主総会の決議無効の訴は、決議の日より3月内に提起すべき出訴期間の制限の有するところ、本件総会の決議は昭和50年5月3日になされたものであり、主位的請求の訴が提起されたときに、決議取消の訴が提起されたとみなしても、前記出訴期間を徒過していることは明らかであり、不適法な訴といわなければならない。」
※ 昭和50年5月3日というのは、第1審判決の誤った事実認定です。控訴審判決によって5月30日と訂正されています。仮に5月30日ではなく5月3日であったとすれば、第1審判決のいうように、決議取消しの訴えを予備的に請求する余地はありません。
控訴審判決(東京高判昭和53・3・3):原判決中、控訴人らの予備的請求に関する部分を取消し、右部分につき本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
その理由としては、
(1) 無効の瑕疵について
「当裁判所も、本件総会において承認決議のなされた本件計算書類は監査役の監査を経ていない旨の控訴人らの主張事由は、決議取消の訴の理由たるにとどまり、決議無効の理由とはならないので、右決議の無効確認を求める控訴人らの主位的請求は理由がないものと判断する。」
(2) 取消しの訴えについて
「法が決議取消の原因として定める手続上の瑕疵も、決議無効の原因として定める内容上の瑕疵も、決議の効力を否定すべき原因となる瑕疵たる点においては本来異なるところはなく、ただ、会社関係における法的安定の要請から、前者は瑕疵の程度が比較的軽いものとして、法が出訴期間の定めをおき、右期間の経過とともに決議の効力を争うことを遮断しているにすぎない。」
「かかる法の趣旨に照らすときは、本件におけるが如く、控訴人らが、取消の訴を提起しうる適格を有する株主として、前叙のとおり決議取消の原因となる瑕疵を理由に、決議の効力を否定しようとする訴訟を、取消訴訟の出訴期間たる決議の日より3月内に提起している場合においては(本訴の提起が右期間内である昭和50年8月20日になされていることは、記録上明らかである。)、それが決議無効確認の訴として提起されていても、当該瑕疵を理由とする決議取消請求を予備的に含むものと解するのが相当である。」
「けだし、決議取消の原因となりうる瑕疵を理由に決議の効力を否定しようとする訴旨が明確に窺知される以上、かく解しても出訴期間を定めた法意に何ら反するところはなく、逆に、訴訟形態が異なることを理由に、かかる場合にも出訴期間の経過とともに決議の効力を争いえなくなる遮断効が生ずることを認めることは、瑕疵の法的評価の責任を、挙げて提訴者の負担とするもので、失当たるを免れないからである。」
「本件において決議取消の予備的申立が明示されたのは出訴期間経過後の昭和52年5月24日であることは、記録上明らかであるが,右は当初からの訴に包含されていた前叙の訴旨を文言上明確にしたにとどまるものというべく、本件において、如上の観点から予備的請求としての決議取消の訴が出訴期間内に提起されたものと認めることを妨げるものではない。」
[判示内容]
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
「商法が株主総会決議取消の訴と同無効確認の訴とを区別して規定しているのは、右決議の取消原因とされる手続上の瑕疵がその無効原因とされる内容上の瑕疵に比してその程度が比較的軽い点に着目し、会社関係における法的安定要請の見地からこれを主張しうる原告適格を限定するとともに出訴期間を制限したことによるものであって、もともと、株主総会決議の取消原因と無効原因とでは、その決議の効力を否定すべき原因となる点においてその間に差異があるためではない。」
「このような法の趣旨に照らすと、株主総会決議の無効確認を求める訴において決議無効原因として主張された瑕疵が決議取消原因に該当しており、しかも、決議取消訴訟の原告適格、出訴期間等の要件をみたしているときは、たとえ決議取消の主張が出訴期間経過後にされたとしても、なお決議無効確認訴訟提起時から提起されていたものと同様に扱うのを相当とし、本件取消訴訟は出訴期間遵守の点において欠けるところはない。」
[コメント&他サイト紹介]
本判決は、決議無効確認の訴えには、決議取消しの訴えが包含されていると考えられることを明らかにしています。今回のような問題を解決するだけであれば、このように言及すれば足り、必ずしも訴訟物に踏み込む必要はありません。
一歩進んで、決議無効確認の訴えが提起された場合で、本件とは異なり、決議取消しの訴えが当事者によって明示的に請求されなかったときには、裁判所は決議取消し判決をなしうるでしょうか。これは、決議取消し訴訟及び無効確認訴訟の訴訟物は何であるか、という問題と不可分の問題です。
訴訟物に関しては、梅津教授の本判決の百選解説をご参照ください。一元論(=取消しの訴え、無効確認の訴え、不存在確認の訴えの訴訟物を「決議の効力を否定する旨の宣言を求めること」と一元的に捉える考え方)からは、上記場合においても裁判所は取消し判決をなしうる事になります。反面、それ以外の考え方(例えば、転換説)からは、裁判所が当事者の主張をまたずに取消し判決をすることは許されない事になると思います。
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