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役員報酬・退職慰労金(百選62事件)


役員報酬・退職慰労金(最判昭和391211、百選62事件)

 

[事実の概要]

 

原告は、名古屋鉄道株式会社の株主、被告は名古屋鉄道株式会社である。

 

名古屋鉄道株式会社では、従来から、退任した役員に退職慰労金を与えるにはその都度、株主総会から一任を受けて取締役会が、会社の業績、退任役員の勤続年数、担当業務、功績の軽重等に基づく一定の基準に従って金額を決定していた。

 

そして、被告会社は、昭和331118日に、その本店において、第75回定時株主総会を開催し、同株主総会において、辞任常任監査役Aに対する慰労金贈呈につき、その金額、時期及び方法等を取締役会に一任する旨の決議(以下、本件決議という)をなした。

 

この決議に基づいて、取締役会はAに対して役員慰労金600万円、社員退職金200万円の計800万円を支給した。

 

Aに対する慰労金の支給に不服のある原告が、第75回定時株主総会における本件決議の無効確認を求めて出訴したのが、本訴訟である。

 

[裁判上の主張]

 

原告の無効確認の主張は、

 

(1)退職慰労金は報酬か(報酬規制に服するか)

 

退職慰労金は、報酬にほかならない

報酬規制の趣旨は、会社役員のいわゆる御手盛りによる報酬額の決定を許すと、会社の利益を省みず役員自身の利益のみを図り専権におちいる弊害が生ずるので、その防止のために設けられたものである。

そして、会社役員が自己の将来の退職の場合に備え又従来の同僚役員に対する関係を考慮して右報酬額の決定を不当に決定することが十分考えられ、結局右の弊害が生ずることとなるので、退任役員に対する報酬額の決定の場合にも報酬規制の適用がある。

 

(2)本件決議は、報酬規制に反するか

 

本件決議の対象となった右監査役に対する退職慰労金は、被告会社の取締役会で金800万円と決議されていることからも明らかなように餞別の域を超えている。そして、本件決議は、右退任監査役に対する報酬額につき限度額の制限を付せず、一切を挙げて被告会社取締役会の決議に一任したもので、報酬規制に違反すること明白である。

 

・・・というものであった。

 

これに対して、被告は、

 

(1)退職慰労金は報酬か(報酬規制に服するか)

 

報酬規制の対象には、退任役員に支給される退職慰労金は含まれない

退任役員に対する退職慰労金は、会社が任意に支給するものであり、現職役員において支給を受けることのできる同条の報酬とは、その性質を異にする。従って退任役員に対する退職慰労金を報酬とする見解は当らず、寧ろ餞別の一種と解するのが正当である。

 

(2)本件決議は、報酬規制に反するか

 

仮に退職慰労金が報酬規制の対象となるとしても、本件決議は、報酬規制に反しない

本件決議は、従前より被告会社において採られており、かつ我が国における有力な大会社の多くが採用していると同様の被告会社における長年の間に生じたところの不文律となっている一定の基準に従うべき旨の制限を付して、右退任監査役Aに対する退職慰労金等の支給等に関する決定を取締役会に委任していることにほかならない。

このような退任役員に対する慰労金支給額の決定等については、本件決議と同様の方法が、右のように我が国の有力会社の多くに採用されていて、これは既に商慣習を形成している。従って本件決議は同条に違反していない。

 

・・・と反論した。

 

cf. 被告は他に、原告の本訴は、株主権の濫用か、又は無効確認の利益を欠くという主張をしていますが、裁判所に否定されており、掲載する実益もないため、無視しました。報酬規制は、現会社法においては、361等です。本判決当時の商法では、269条でした。)

 

 

[訴訟経過]

 

1審判決(名古屋地判昭和36919):原告の請求を棄却する。

 

控訴審判決(名古屋高判昭和371031):本件控訴を棄却する。

 

 

1審判決は、

 

(1)   退職慰労金は報酬か(報酬規制に服するか)について、

 

「退任監査役に対する慰労金は、商法第二百八十条の準用する同法第二百六十九条の報酬に該当するものと解するのが相当である。すなわち、株式会社の監査役の退任慰労金は、既に監査役の地位を去った者に対し、その在職中における職務執行の対価として支給されるものであるから同条にいわゆる報酬とみるのが相当だからである。」

 

「もっとも退任慰労金の名称が付されていても、その金額等に鑑み、過去の在職中における職務執行の対価として支給されるものと認められないものは、同条の報酬ではない。」

「成立に争いのない乙第七号証によれば、本件決議に基づき被告会社の退任監査役Aに対して支給された慰労金は役員慰労金600万円、社員退職金200万円合計金800万円であることが認められる。右の退職金合計金800万円は、とりもなおさず同条の報酬とみるべきである。」

 

(2)   本件決議は、報酬規制に反するかについて

 

「乙第五号証と同証人の証言、被告会社が我が国における一流電鉄会社である点及び右退職金は、前記のようにうち金600万円が役員慰労金、うち金200万円が社員退職金で合計金800万円である事実によれば、本件決議は、右退任監査役Aに対する退任慰労金の支給等につき、長年の間に亘って形成された被告会社の一定基準に従うべき制限を暗黙のうちに付したうえで、その決定を取締役会に一任したものと認めるのが相当である。」

 

「役員の報酬決定につき右のような制限を付してなした本件決議は、同法第二百六十九条に定める株主総会の決議として有効なものであつて、同条に違反し、無条件でその決定を取締役会に委任した無効の決議といえない」

 

・・・と判断して、(1)は原告の主張を認めたが、(2)で原告の主張を斥け、原告の請求は棄却された。

 

控訴審判決でも、(2)の点に関して、

 

「成立に争がない乙第六号証、甲第二号証の一、二及び当審証人Bの証言を総合すれば、被控訴会社においては退職した役員に対し慰労金を与えるには、従来その都度株主総会の議に付し株主総会から金額、時期、方法を取締役会に一任せられ、取締役会は自由なる判断によることなく、会社の業績はもちろん、退職役員の勤続年数、担当業務、功績の軽重等から割出した一定の基準により慰労金を決定し、右決定方法は慣例となっていたところ、本件Aの慰労金の決議に当たって、株主総会は右慣例によって定めるべきことを黙示して右決議をなしたことが窺われる。従って原審も判断したごとく右決議は有効である。」

 

・・・として、原告の主張を斥けた。

 

[判示内容]

 

 

主    文

 

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

 

 

理    由

 

(1)   退職慰労金は報酬か(報酬規制に服するか)について

 

「株式会社の役員に対する退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二八〇条、同二六九条にいう報酬に含まれるものと解すべく、これにつき定款にその額の定めがない限り株主総会の決議をもつてこれを定むべきものであり、無条件に取締役会の決定に一任することは許されない」

 

(2)本件決議は、報酬規制に反するかについて

 

原判決の認定(=慣例の存在と、本件決議が慣例によってこれを定めるべきことを黙示して右決議をなしたこと)を是認し、

 

「被上告会社の前記退職慰労金支給決議は、その金額、支給期日、支給方法を無条件に取締役会の決定に一任した趣旨でなく、前記の如き一定の基準に従うべき趣旨であること前示のとおりである以上、株主総会においてその金額等に関する一定の枠が決定されたものというべきであるから、これをもって同条の趣旨に反し無効の決議であるということはできない。」

 

・・・として、結局原告の(2)の主張を斥けた。

 

[コメント&他サイト紹介]

 

「お手盛り」防止という趣旨からは、本判決のように、枠(それも黙示の枠)の存在が取締役の裁量を縛るのだ、という理屈を採るためには、具体的事案におけるその枠の存在を明瞭に描き出さないと説得力は持たないと思います。

 

下級審裁判所は、この枠(支払基準)について、報酬規制の趣旨から、数値を代入すれば支給額が一義的に算出されるものでなければならない、としています。

 

本件においても、「功績の軽重」という取締役会の裁量に委ねられている部分があるのが気になりますが、「退職役員の勤続年数、担当業務」は、裁量の余地が小さく、支給額を一義的に算出し得る変数だと思います。

 

「功績の軽重」に関しては、そもそも「功績」なんてものは、素人の株主のみならず玄人の取締役も大して正確に評価できるものではありません。従って、会社の業績(=チームとしての経営陣の成績)と個々の取締役の「功績」評価はある程度一致している必要があるように思います。

 

また、「功績の軽重」という変数は、裁量の余地があるため、そもそも支給額全体に占める割合が小さい必要があり、その上、一定の合理的な基準を帰納的に推測できるものである必要があるといえるのではないでしょうか。(「功績の軽重」に関する記述は完全な私見です)

 

他サイト様としては、「中小企業ビジネス支援サイト」様において、高橋弘泰弁護士が書いておられる

 

http://j-net21.smrj.go.jp/well/law/column/4_5.html

 

他は、2010年のものですが、「43navi.com」様の1億円以上の高額報酬、相応しい?それともお手盛り?」というタイトルの

 

https://www.43navi.com/column/detailkomimi.html?n=672

 

・・・が一読の価値があると思います。

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