取締役会決議が必要な重要な財産の処分(最判平成6・1・20、百選64事件)
[事実の概要]
―――背景事実(X社の内情)―――
原告X社は、ショッピングセンター等の経営を目的とするものであって、平成元年2月末日現在、資本金は1億6700万円、資産合計は47億8640万円余であり、もともと京都のS家によって設立され支配されてきたものであるが、S家と経営陣との間で内紛が生じ、平成元年9月19日の臨時株主総会において、新たにS家側のS太郎ら5名が取締役に選任され、引き続いて開催された取締役会において、新たにS太郎ら2名が代表取締役に選任された。
そして、同年12月1日の取締役会において、右経営陣に属する代表取締役社長Iが解任され、S太郎が代表取締役社長に選任された。
なお、平成元年2月末日現在、原告X社の発行済株式のうち、S家が6.89%を、訴外A社が17.86%を保有しており、平成二年二月末日現在では、S家が8.95%を、訴外A社が26.16%を保有していた。
S太郎は、S家の親戚に当たり、訴外A社の代表取締役として同社を経営していたものであるが、原告X社の代表取締役社長に選任された後は、原告X社の経営にも当たるようになった。
その後、S家と右経営陣との間で和解が成立し、平成2年1月19日の取締役会において、代表取締役S太郎が解任され、Iが代表取締役に再び選任された。
―――背景事実(訴外A社と原告X社の関係)―――
訴外A社は、茶の製造販売等を営み、三越百貨店その他全国の一般小売店との取引を行っているものであるが、発行済株式160万株のうち、S太郎及びその家族によって保有されている株式数の割合は80%に達している。
訴外Aと原告X社との間に商品の取引はなく、訴外Aの株主総会に原告X社が出席したりしたこともない。原告X社の87期(昭和63年3月1日から平成元年2月28日まで)の営業報告書には、本件各株式の期末現在高として7800万円(1株約845円)の帳簿価格が計上されていた。
昭和61年ころに訴外A社の株式が譲渡された実例があるが、その際の価格は一株300円であった。なお、訴外A社の株式については、昭和63年、平成元年に、額面50円に対する1割配当が行われた。
―――背景事実(被告の内情)と中心事実―――
被告は、茶の販売等を目的とする株式会社H商店を経営しており、S太郎とは旧知の間柄であり、H商店と訴外A社の取引も長年続いていた。
S太郎は、原告X社が有する本件各株式がもともとS家の保有していたものであり、利回りもさしてよくなかったので、これを処分して資産を調達した方が当時の原告X社の財務状況から適当であると考え、被告に対し、本件各株式を買い取ってくれるように依頼した。
被告は、本件各株式を取得すれば訴外A社とより緊密な関係ができ株式会社H商店の経営にとって有利になると判断し、本件各株式を7986万円(一株660円)で買受けることとし、右代金については、金融機関から融資を受けて、控訴人に振込送金した。
本件各株式の譲渡がなされたのは、S太郎が原告X社の代表取締役を解任される1日前の平成2年1月18日であった。
本件各株式は、訴外A社の発行済株式の7.56%に当たる。
なお、原告X社の定款22条1項は、「取締役会長は会社の業務を統轄し、取締役社長は、取締役会の決議にもとづき会社諸般の業務を執行し,取締役会長の業務執行を補佐する。」と定めている。昭和63年6月15日、控訴人の取締役会において、控訴人保有の他社の株式を譲渡することについて、これを承認する旨の決議がなされたことがある。もっとも、その際は額面50円による株式譲渡であった。
(cf. 高裁の事実認定をほぼそのまま引っ張ってきました。S家の親戚のS太郎は、当然下の名前は太郎ではありません。仮名です。
S太郎にとって一番大切なのは自身らが80%程度の株式を保有する訴外A社の経営です。訴外A社の株式は、大して取引のないX社ではなく、頻繁に取引関係のある被告に持っていて欲しいと考え、X社が保有していたA社の株を売ったと見ることもできるわけです。
X社としては、A社からは株式を20%程度保有されて影響を受けるのに、こちらはA社の株式をすべて手放してA社に何の影響も与えられなければ、今後の経営に響く可能性があります。そこで、本件株式譲渡は無効だ!と言いたくなる訳ですね。上記事実(特に太字にした事実)がどのように評価されているのか注意深く見てみると勉強になると思います。)
[裁判上の主張]
原告X社は、原告が訴外A社の額面普通株式12万1000株の株主であることを確認する請求をしました。
その根拠として、
(1) 定款違反の点について
本件株式譲渡は、取締役会の決議を経るよう要求している定款22条1項違反であり、無効である。全ての業務執行について取締役会の決議を経ることが現実的でないとしても、保有株式の譲渡行為は、通常の取引行為ではなく、定款22条1項にいう「会社諸般の業務」に該当し、取締役会の決議が必要である事に変わりはない。現に、過去、保有株式の譲渡行為について取締役会の決議を経ていた事がその証左である。
(2) 法令違反の点について
本件株式譲渡は、旧商法260条2項1号(現会社法362条4項1号)の「重要ナル財産ノ処分」(「重要な財産の処分」)に該当するため、取締役会決議が必要であり、それを経ていないのであるから、結局本件株式譲渡は旧商法260条2項1号に反し無効である。そして、被告はS太郎から要請されて本件株式譲渡を受けたのであり、その事情について悪意であった。従って、かかる無効を被告に対抗できる。
(3) 権限濫用の点について
S太郎は、平成2年1月19日の原告X社の取締役会において代表取締役を解任される直前に、訴外A社における自己の支配権を確立するために本件株式譲渡を行ったものであり、本件株式譲渡は、代表取締役の権限の濫用として無効である。そして、被告は悪意であったのであるから、かかる無効を対抗できる。
・・・と主張した。
これに対して、被告は、
(1)定款違反の点について
原告の定款22条は、取締役会の権限を定める旧商法260条1項と同様の趣旨を定めたものにすぎず、取締役会の要決議事項を定めた規定ではない。要決議事項を定めた規定であるとすれば、すべての業務執行事項に取締役会の決議を必要とすることになり、会社の業務執行は事実上頓挫する。
(2)法令違反の点について
仮に原告主張のような事実があるとしても、本件各株式が「重要ナル財産」に該当するとはいえない。
(3)権限濫用の点について
仮に原告主張のような意図で本件株式譲渡がなされたとしても、それのみで代表権の濫用ということはできず、本件株式譲渡によって原告にいかなる損害が生じたのかが明らかにされなければ論議の余地はないというべきである。本件株式譲渡は、簿価以上の価格で行われたものであり、原告には何らの損害も生じていないのであるから、代表権の濫用はない。
[訴訟経過]
第1審判決(東京地判平成4・3・3):原告の請求を棄却する
第1審判決は、事実を認定し、評価しているのみで見るべきところはない。
控訴審判決(東京高判平成4・12・15):本件控訴を棄却する
控訴審判決は、
(1) 定款違反の点について
「原告の定款22条1項は、その文理からして、代表取締役の権限の行使を具体的に制限し、本件株式譲渡のような行為について、取締役会の議決を必要とする旨を定めたものと解することは困難である。もっとも、原告においては、昭和63年6月に保有株式の譲渡につき取締役会が承認の決議をしたことがあるけれども、右が額面の価格による譲渡であったことなどに照らすと、定款22条1項の規定があるからというより、他の理由から取締役会の決議がなされたものとみるのが相当であるから、右取締役会の決議があるからといって、保有株式の譲渡につき取締役会の議決を必要とするとはいえない。」
(2) 法令違反の点について
「本件各株式は、原告の帳簿価格によると7800万円であり、原告にとって価格的には相当な財産であるといえるが、他方、原告は、本件各株式によって訴外A社から配当を受領していただけであって、原告の営業を維持発展させるためにどうしても保有しなければならない財産であるとまで認めることはできず、本件各株式を売却してもその代価を取得できることや本件各株式の帳簿価格と原告の資産額との対比などをあわせ考えると、本件株式譲渡をもって商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分」ということはできない。」
(3) 権限濫用の点について
「S太郎が旧知の間柄にある被告に本件各株式を譲渡した事情は前記認定のとおりであり、この譲渡によって訴外A社に対する自己の支配をより完全なものにしなければならないような事情が当時あったと認めるに足りる証拠はまったくないことに照らすと、右支配権確立の意図から本件株式譲渡をしたものと推認することはできない。そして、他に右譲渡が原告の利益を不当に害する目的で行われ、又はこれによって原告に経済的損害を与えたとは認め難いから、本件株式譲渡をもって代表権の濫用ということはできない。」
・・・として、原告の主張をすべて斥けた。
[判示内容]
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
(2)法令違反の点について
「商法260条2項1号にいう重要な財産の処分に該当するかどうかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解するのが相当である。」
「これを本件についてみるに、本件株式の帳簿価額は7800万円で、これは上告人の前記総資産47億8640万円余の約1.6%に相当し、本件株式はその適正時価が把握し難くその代価いかんによっては上告人の資産及び損益に著しい影響を与え得るものであり、しかも、本件株式の譲渡は上告人の営業のため通常行われる取引に属さないのであるから、これらの事情からすると、原判決の挙示する理由をもって、本件株式の譲渡は同号にいう重要な財産の処分に当たらないとすることはできない。」
「さらに、本件株式は訴外A社の発行済み株式の7.56パーセントに当たり、訴外A社はX社の発行済み株式の17.86パーセントを有しているのであり、訴外A社は平成2年5月30日に開催されたX社の株主総会に出席した上、取締役選任に関する動議を提出したことがうかがわれるのであるから、本件株式の譲渡はX社と訴外A社との関係に影響を与え、X社にとって相当な重要性を有するとみることもできる。」
「また、本件株式譲渡の翌日である平成2年1月19日に開催されたX社の取締役会において本件株式及びX社の有するG酒造株式会社の株式400株をHに譲渡することの承認決議がされたことがうかがわれ、昭和63年6月15日にX社の取締役会でされたX社の有する株式の譲渡承認決議は株式会社K商店の額面50円の株式4000株及びJ株式会社の額面50円の株式1万3500株を対象とするものであることがうかがわれるのであり、X社においてはその保有株式の譲渡については少額のものでも取締役会がその可否を決してきたものとみることもできる。」
「そうすると、原判決には審理不尽、ひいては法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すこととする。」
[コメント&他サイト紹介]
「重要な財産」の認定が如何に微妙な問題であるかが本判決から読み取れますね。
「当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い」という判例の挙げた要素から、本判決の事情を見てみると、「財産の価額」は帳簿価額で7800万円ですから、少なくとも少額とは認定しづらいでしょう。「その会社の総資産に占める割合」は、「約1.6%に相当」するとの事ですので、これは一般に(1%が目安の一つと言われていますので)大きいと評価できそうです。
「当該財産の保有目的」は、X社がそもそもA社株式をどのように取得したのかに目を向けると、S家が持っていたA社株式を買い取ったにすぎず、配当目的と認定することも不可能ではないです。しかし、現経営陣からしてみると、S家の影響力に振り回され、経営判断が歪められないために、牽制の意味でA社株式を持っておきたいのは明らかです。ですので、現在の保有目的としては、A社との間の相互保有関係をも考慮に入れるのが自然でしょう。とすれば、「重要」性を肯定的に捉えられる事実があるというべきだと思います。
「処分行為の態様」は、簿価以上の対価と引換えであり、訴外Aが債務超過で支払い能力に疑問があるという事実もない訳ですから、これは本件では「重要」性について否定的に捉えられる事実のようです。「会社における従来の取扱い」は、最高裁が最後に言及した事実を前提にすれば、少額でも取締役会決議を経てきていたと見る余地がある訳ですから、本件では「重要」性について肯定的に捉えられる事実でしょう。
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