取締役の説明義務と一括回答(東京高判昭和61・2・19、百選37事件)
[事実の概要]
被告は、東京建物株式会社、原告は被告の株主である。
被告は、昭和60年3月29日に第167期定時株主総会を開催した。
それに先立ち、原告は質問書を提出していた。
その内容は、
❶株主総会の運営に関する原告の意見、
❷原告が代表である訴外A社が被告に設計監理を委託した契約に基づき被告がしたA社ビルの設計・監理の仕事に関する原告の不満
・・・であった。
そして、株主総会当日、議場において原告は、
(一)監査報告書に「取締役の職務の遂行に関する不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実は認められない」と記載されているが、この記載からすれば、法令定款違反の重大でない事実は存在したこととなるが、重大でない違反行為としてどのようなものがあったか
(二)重大か重大でないか、例をあけて説明せよ
(三)不正の行為又は法令定款違反行為として罰則を適用されると重大な事実に該当すると理解してよいか
(四)不正の行為又は法令定款違反行為という事実があったとき、監査役はどのような責任をとるか、また議長はどのような責任をとるか
(五)企業内容の開示についてどういう方針か
(六)第166期(=前営業期)株主総会の詳しい記録の閲覧を申入れたが、断わられた。議事録でなくて、詳しい記録だ。これを公開しないのは法の精神に反するではないか
(七)業務上のことがらは会議の目的事項に入らないのか
・・・という質問を行った。
被告は、
原告を含む事前に質問書を提出した株主に対しては、一括回答の方法により回答した。
その回答は、事前に提出された全質問に対して回答した訳ではなかったが、質問の中で会議の目的たる事項に関係のないもの、抽象的なもの、意味不明のものを除き、項目毎に分けて回答説明をしており、説明の程度も一応客観的に合理的と考えられる詳しさであった。
被告は❶に対しては、改正商法の趣旨を十分に配慮して総会を運営していく旨説明したが、❷については回答しなかった。
また、議場における質問(一)~(七)に関しては、
いずれも説明義務の対象ではないとして、回答しなかった。
[裁判上の主張]
原告は、被告の上記株主総会決議の取消しを求めて出訴した。
その理由は、
(1)決議方法の旧商法237条の3(現会社法314条)違反
一括回答は、誰の質問に対する回答であるかも分からない取締役の一方的説明にすぎず、これでは説明義務を果たしたことにはならない。そして、被告が原告の提出した質問書に対し、回答しなかった点で説明義務違反である。
(2)決議方法の著しい不公正
議長は、総会の秩序を維持し、議事を整理しなければならないのに、これを怠たり、原告の(一)~(七)の質問中に別の株主の勝手な発言や大勢の株主による質問妨害を許し、あるいは議事を進行させるなどして原告の質問権を侵害した。
また、取締役は、原告の質問に対してはとぼけて知らないふりをし、ろくろく説明をしようとしなかったのに、別の株主に対しては平身低頭して説明し、その顔色をうかがう有様であった。
・・・というものであった。
これに対し、被告側は、
(1)決議方法の旧商法237条の3(現会社法314条)違反
❶は議事運営という議長の権限の行使に対するいわれなき非難であって、会議の目的たる事項に関しない。❷も、訴外A社、被告間の個別取引上の問題であり、現在訴外A社が申立人となり被告を相手方として東京簡易裁判所において民事調停事件が進行中であり、これは、会議の目的たる事項に関しない質問である。いずれについても、説明義務は発生しない。
(2)決議方法の著しい不公正
(一)は監査報告書の文言(これは商法二八一条ノ三第二項一〇号にもとづくモデル書式にならい、現在、大多数の上場会社が使用している文言である)についての揚げ足取りに過ぎない。
(二)、(三)は、監査報告書の前記文言の法的解釈を尋ねるものであって、説明義務の対象とならない。
(四)は抽象的・仮定的事例について取締役・監査役がどのように対処するかを問うもので、これまた説明義務の対象ではない。
(五)は一般的・抽象的な問題を問うものであって、会議の目的事項に関連がない。
(六)は閲覧請求権のない書類について閲覧できなかったことにつき苦情を述べるもので、適法な質問と言い得ない。
(七)は前記3(二)の設計監理問題にからむものかと思われるが、抽象論であって、会議の目的事項に関しないものである。
このように、第一六七期定時株主総会における原告の質問は、いずれも説明義務の対象ではなく、質問権の侵害はない。
・・・と主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(東京地判昭和60・9・24):原告の請求を棄却する
理由としては、
(1)決議方法の旧商法237条の3(現会社法314条)違反
「被告の取締役は、株主総会のあり方等の質問について改正商法の趣旨を十分に配慮して総会を運営していく旨説明していることが認められるから、原告の質問書のうち❶の事項については説明義務が尽くされたと認められる。また、❷の事項は会議の目的たる事項に関しないものというべきである。したがって、・・・原告の主張は理由がない。」
(2)決議方法の著しい不公正
「これらはいずれも会議の目的に関しない一般的事項について説明を求めるものというべきであり、取締役にはこのような事項についての説明義務は認められない。また、右各証拠によっても議長の議事運営が著しく不公正であったとは認められないから、この点に関する原告の主張も理由がない」
・・・として、原告の主張を一蹴している。
これに対して、原告が控訴したのが、本判決。
控訴理由として、「(1)決議方法の旧商法237条の3(現会社法314条)違反」の理由の一つとして、「株主総会において質問状の質問者は明らかにされなかったが、これを明らかにしない説明は説明義務に違反するものである。なぜなら、被控訴人の株主総会においては株主が質問をしようとする際必ず名前を明らかにすることを要求し、これを明らかにしないときは説明を拒否するが、このことが合法であるならば、質問状に対する説明でも質問者を明らかにしなければならないはずであるから」という主張を追加した。
[判示内容]
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理 由
原告の第1審段階での主張に対して、第1審と同じ立場に立ち、第1審を引用する事を示した上で、原告の新たな主張に対して、
「質問者がその氏名を明らかにすることの要否と説明の範囲とは異別の問題であるとともに、説明は質問者に対しその求めた事項について行われるのであるから、説明の対象に質問者の氏名が含まれると解すべき余地のないことは明らかである。もっとも、多数の質問状に対し、質問者の氏名を明らかにすることなく一括説明をする場合は、個々の質問者において自己の質問状に対し説明があったかどうか必ずしも判然としないことが生じ得ないとも限らないが、そのときは前述のように改めて質問するのが相当であり、かつすれば足りることであり、本件において質問状の質問者を明らかにしなかったことは何ら説明義務を尽さなかったこととならない。」
・・・と判示した。
[コメント&他サイト紹介]
第1審や本判決の簡素な認定より、被告の主張する認定の方が詳細で、勉強になる気がします。
本判決は、いわゆる東京建物事件と呼ばれ、一括回答の適法性を最初に認めた点で意義があります。また、質問状(質問書)による事前質問は、総会での質問を補助するものでしかなく、事前質問に対する不回答のみによって説明義務違反が認められることはありません。
第1審判決は、説明義務の範囲についても言及しており、「会議の目的に関しない一般的事項」か否かを基準としているようです。これは、「株主が会議の目的事項について合理的判断をするのに必要かどうか」を基準とする学説の考え方よりも、少し漠然とはしていますが、認定において差がでることはめったになさそうです。
他サイト様としては、説明義務に関する基礎の基礎を説明されているものとして、「御器谷法律事務所」様の、
http://www.mikiya.gr.jp/Accountability.html
一括回答の雰囲気が分かるものとして、「山々を見まもる会」様の、
http://island.geocities.jp/yy_mimamoru/zakkan1106.html
・・・が一読の価値があるように思います。