[事実の概要]
被告は亡Aが中心となって昭和39年4月に設立された倉庫業等を営む、いわゆる同族会社である。亡Aは生前、被告の経営を同族で固め、長男のBを後継者と目したが、Bは病弱であり、さらに亡Aとの折り合いが悪かったため、原告に対して被告への参加を懇請した。
原告は昭和35年亡Aの長女Cと婚姻し、名古屋に本拠を置くD株式会社に勤務していたが、亡Aの要請に応え、昭和45年に被告に取締役に就任し、被告の業務全般に参画し、昭和48年には、専務取締役となり右肩書きを付した名刺を使用した。
亡Aは昭和55年3月30日に死亡したが、亡A死亡当時の被告の株主構成は、亡Aが18400株(遺産分割未了)、Aの妻Eが10300株、同長男Bが9600株、亡Aの妹の夫Fが400株、亡Aの長女Cの夫である原告が300株、亡Aの姉の夫Gが200株、その他800株の合計40000株であった。
亡A死亡により、被告の後継者をめぐってBと原告とで争いとなり、結局、長男であるBが被告の代表取締役に就任した。Bは代表取締役就任後も病弱ぎみのため、会社には昼過ぎに出社する程度で、被告の営業を中心とした業務は原告が従事していた。
なお、被告は3月決算の会社であるところ、昭和58年6月28日の第19回定時株主総会で役員改選がなされ、その結果、取締役としてB、E、原告、Fが重任された旨の総会議事録があり、登記簿上Bが代表取締役に重任している。
また、被告の定款によれば、役員の任期は就任後2年内の最終の決算期に関する定時株主総会のときまで、とする旨定められており、さらに取締役の報酬は株主総会の決議をもって定める旨の規定がある。
そして、株主総会議事録上は役員報酬の年額の定めが、取締役会議事録上も各取締役の報酬額について決議がなされた旨が記載されており、右決議の記載に従って各役員に報酬が支払われていたが、実情は亡Aの時代から代表者の一存で報酬額が定められていたものであった。
そして、原告の昭和58年度の報酬額は月額金50万円であった。
Bと原告との対立はしだいに表面化し、Bは、原告が接待費を使いすぎることが面白くなく、さらに社内旅行会不参加者への会費の返還問題、亡境秀一の遺産であるゴルフ会員権の帰属をめぐるCとB間の対立等が重なったため、Bは原告に対し、昭和58年10月11日ころ、「給料は払うから出社するな。」と通告するに至った。
そのため昭和58年10月15日午後7時30分ころ、E方に、E、B、F、原告の4取締役とCらが参集し、前記のBが原告に対して通告した件並びに今後の被告の事業執行の運営について協議がなされた。席上、Bは原告が被告での職務遂行につき強く反対し、Eも被告の運営について憂慮したことから原告に対し他の職への転身を勧め、E個人として必要な援助をしたい旨の発言がなされた。最終的には、Fから、この問題は社長であるBに一任しようとの発言がなされた結果、Bから、原告は今後被告出社しないことが宣せられ散会した。
なお、被告では、昭和58年10月15日付の取締役会議事録が作成されており、右によれば、「出席取締役四名全員」「原告を常勤から非常勤に変更する件」として「採決したところ原告を除き他の取締役は全員議案に賛成した。」との記載がある。
その後、原告は何度か被告に出社したが、Bが、従業員に命じて原告の使用していた社内の机を撤去し、原告の出社に抵抗したこともあって、原告は被告に出社して業務を行なうことを中止した。
なお、被告は原告に対し、昭和58年10月分から12月分の1か月金50万円の割合の報酬合計金150万円を支払った。その後、昭和59年1月13日午後8時ころ、E方に、E、B、Fの3取締役らが参集し、原告への報酬支払いの打切りに関し協議がなされた。Bは右打切りを強く主張したため、Fから社長一任の提案がなされた結果、原告への報酬については昭和59年1月1日以降の支払いを停止する旨決せられ散会した。
被告の昭和59年1月13日付の取締役会議事録には、右の趣旨の取締役会決議がなされた旨の記載がある。
なお、右会議に先立って、原告に対し会議に出席するよう電話連絡がなされたが、原告は出席しなかったものである。
その後、昭和59年7月13日被告の株主総会が開催され、役員に対する報酬支払いの件に関し、「Bに年額で600万円、同Eに年額で480万円を支給し、その余の役員は無報酬」とする旨の議案が可決された。
[裁判上の主張]
原告は、被告に対し、報酬の支払いが停止された昭和59年1月1日から、(「就任後2年内の最終の決算期に関する定時株主総会のとき」という)任期満了時である昭和60年6月14日までの報酬について、1か月金50万円の割合による金員合計873万3333円及びその利息並びに遅延損害金38万1657円の支払いを求めた。
(cf. 上記事実に対する第1審・控訴審・最高裁の処理がそれぞれ異なり、その差異をクローズアップして紹介するために、当事者の主張はあえて紹介しません。端的にだけ言うと、原告は、取締役会決議、株主総会決議が無効であるという主張や、解雇権の濫用という主張を繰り広げています。)
[訴訟経過]
第1審判決(大阪地判平成1・9・27):
一 被告は、原告に対し、金150万円及び内金50万円に対する昭和59年2月1日から、内金50万円に対する昭和59年3月1日から、内金50万円に対する昭和59年4月1日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
これは要するに、昭和59年1月から昭和59年3月分までの報酬についてのみ原告の請求を認めたということである。
その論理は、
「被告では昭和58年10月15日の取締役会において、原告を常勤取締役から非常勤取締役に変更する旨の決議がなされ、ついで昭和59年1月13日、原告を無報酬とする旨の取締役会決議がなされたものと評価することができる。この点について、原告は右両日の会議は取締役会ではなく親族会議にすぎない旨主張するが、被告のような同族会社においては、取締役会が親族会議の一面を併有していたものと解するのが相当であり、右の会合が取締役会でないということはできない。」
「ところで、取締役の報酬額は、一旦決定された後は、当該取締役の同意なくして一方的に変更し得ないのが原則であるが、常勤取締役から非常勤取締役に変更になった場合のように職務内容に変更が生じたときは、例外的に報酬額を変更することも許されると解される。」「もっとも、その場合にも営業年度の中途で無報酬とすることは特段の事情のない限り許されないものと解される。これを本件についていえば、被告は3月期決算であるから、原告への報酬は昭和59年4月分以降について支給しない旨定められたものというべく、被告の前記取締役会決議によっても、原告の昭和59年1月分から同年3月分までの報酬については支払いを拒否できないものといわなければならない。したがって、右の限度で原告の請求は理由がある。」
・・・というものであった。
控訴審判決(大阪高判平成2・5・30):
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、金320万9677円及び内金50万円に対する昭和59年2月1日から、内金50万円に対する同年3月1日から、内金50万円に対する同年4月1日から、内金50万円に対する同年5月1日から、内金50万円に対する同年6月1日から、内金50万円に対する同年7月1日から、内金20万9677円に対する同年8月1日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二七分し、その一〇を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。
これは要するに、原告には昭和59年1月1日から昭和59年7月13日までの限度で報酬請求権があると認めた、ということである。
その論理は、
「会社と取締役との関係は、株主総会の取締役選任決議に対し、取締役が就任を承諾することにより成立する委任ないしは準委任契約関係であり、取締役報酬はその金額が定められると報酬についての特約の内容となるから、契約の拘束力により、一旦定められた取締役報酬は、原則として、当該取締役の同意がない限り、その任期中にこれを一方的に減額ないしは無報酬とすることは許されないと解すべきである。」「しかしながら、取締役報酬は職務執行の対価であるから、任期途中に取締役の職務内容に著しい変更があれば、取締役報酬もそれに応じた変更を加える必要があるし、また、定款に定めがないときは、そもそも、株主総会に取締役報酬金額を定める権限があるから、任期途中の取締役の職務内容に著しい変更があり、かつ、それを前提として株主総会が当該取締役の報酬の減額ないし不支給の決議をしたときには、例外的に、会社は、当該取締役の同意を得ることなく一方的にその報酬を将来に向かって減額ないし無報酬とすることができると解すべきである。」
「本件においては、前記認定のとおり、昭和58年10月15日の取締役会決議に基づき控訴人の職務内容は常勤取締役から非常勤取締役へと変更されて著しく負担が軽減されているし、また、これを前提として被控訴人の株主総会は昭和59年7月13日控訴人の取締役報酬を無報酬とする決議をしているから、右見地に基づき、控訴人の同意がなくても、被控訴人の右株主総会決議により、控訴人は翌7月14日から取締役報酬請求権を失ったものといわなければならない。してみると、控訴人は、被控訴人に対し、昭和59年1月1日から同年7月13日までの間の取締役報酬請求権(月額50万円)を有していることになる。」
・・・というものであった。
[判示内容]
主 文
一 原判決中、上告人の敗訴部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。
二 被上告人は、上告人に対し、別紙目録金額欄記載の金員及び同目録内金欄記載の各金員に対する同目録起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理 由
(1) 判断基準定立
「株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない。」
(2)あてはめ
「これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によると、(一) 被上告会社は、倉庫業を営む株式会社であり、上告人は、昭和四五年一二月から昭和六〇年六月一四日に任期満了により退任するまで被上告会社の取締役であった、(二) 被上告会社においては、その定款に取締役の報酬は株主総会の決議をもって定める旨の規定があり、株主総会の決議によって取締役報酬総額の上限が定められ、取締役会において各取締役に期間を定めずに毎月定額の報酬を支払う旨の決議がされ、その決議に従って上告人に対し毎月末日限り定額の報酬が支払われており、その額は昭和五八年一二月現在五〇万円であった、(三) 被上告会社の株主総会は、昭和五九年七月一三日、上告人が常勤取締役から非常勤取締役に変更されたことを前提として上告人の報酬につきこれを無報酬とする旨を決議したが、上告人はこれに同意していなかった、というのであるから、株主総会において上告人の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議がされたことによって、上告人がその任期中の報酬の請求権を失うことはないというべきである。」
「前記事実関係の下においては、上告人の本訴請求は理由があるので、右部分を棄却した第一審判決を取り消し、昭和五九年七月一四日から昭和六〇年六月一四日までの間の報酬合計五五二万三六五六円及びこれに対する各月分についての翌月一日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分についても上告人の請求を認容すべきものである。」
・・・要は、昭和59年1月1日から昭和60年6月14日までの間の報酬請求権を肯定しており、原告の完全勝訴である。
[コメント&他サイト紹介]
同じ事案で、第1審・控訴審・上告審とこれだけ判断が綺麗に分かれるのですから面白いですよね。
本判決の事案は、同族会社の中のドロドロした争いの一環として、代表取締役Bが、原告の顔も見たくないし、1円たりとも渡したくない!という感じでやり過ぎた事例ですので、(同族会社ゆえに)職務内容に対応した報酬制度が不存在であったり、(Bがムチャしたゆえに)いきなり無報酬としたりする等やや特殊性が強く、判例の射程がどこまで及ぶのか(職務内容毎に定まる報酬制度を前提に、(正当な理由があれば)職務内容が一方的に変更される事に同意をしていた場合はどうか、無報酬とするのではなく減額するにとどめた場合はどうか)は精査する必要がありそうです。
もっとも、簡明な処理を目指すのであれば、本判決の論理は一般化できるものと考え、いったん報酬が定まれば、報酬は(確定的に)委任契約の内容となり、取締役の(明示又は黙示の)同意がない限り、報酬額を変更することができない、というシンプルな基準で事案を処理するのが良いと思います。
他サイト様としては、あまりオススメのページは見当たらなかったのですが、
「湊総合法律事務所」様の、
http://www.kigyou-houmu.com/130/13009/
「法律事務所が解説する企業法務ブログ」様の、
http://hsloffice.blogspot.jp/2013/04/blog-post_18.html
・・・このページが、本判決の要旨が簡潔にまとまっていて一読の価値があるかもしれません。