会社の能力と目的の範囲(最判昭和27・2・15、百選1事件)
S社団はS家(現当主はY1)の所有財産を保全し、この運用利殖を図り、その収益によってS家の家族ならびにその子孫を幸福に生活させる目的を以て、当時のS家の財産全部である岡山県・・(略)・・所在の土地建物一切、及び近村所在の田畑数十町歩をその財産とし、同家の家族及び主なる親戚が社員となり大正8年に設立された。
昭和17年10月20日、当時のS社団の代表社員であったA(Y1の父で、Y2の夫)が死亡したためY1がその相続人として入社し、当時の社員はY1(被告有限責任社員)、B(Aの実弟で無限責任社員)C(Y2の実弟無限責任社員)の三名であつた。
元来Bは大学卒業後、直ちに満洲国に赴き郵政局に勤務しており、ほとんど内地に帰来せず、Cも当時東京都において会社に奉職していた。
そこで、代表社員Aの死後は、その妻であるY2がB及びCの依頼により社団の財産を管理し小作料の収受,租税公課の納付等一切の事務を行っており、BはA生前からY2が社団を管理するようになってから後も、社団から毎年1000円程度の配当を受けていた。
しかし、その後BはS社団の代表者と称して、他の社員に無断で、S社団が所有しY1及びY2らが現に居住する家屋をその代理人を通じてXに売却した。
そこで、Xが、Y1、Y2らに同家屋をS社団から譲り受けたことを主張して、明渡しを請求した。
※Bは、この家屋にとどまらず、S社団所有不動産多数を無断で別の者にも売却している。Y1、Y2らはBに売却の中止を懇請したが、一言の返信すらないのみならず引続き売却を続けており、既に社団所有不動産の大半が売却された状態となっていた。また、Bは勝手に社団代表者を名乗り、S社団を解散し、清算手続を訴外Dに委託していた。
[裁判上の主張]
原告は、
S社団から昭和19年3月20日にS社団の代表者Bからその所有の家屋を代金38000円で買受け、同年5月5日にその所有権移転登記を受けた事を請求原因として、家屋の明渡し及び担保を条件とする仮執行宣言を求めた。
被告は、この売買は、
(1)目的の範囲外ゆえに無効
「不動産其他の財産を保全し之が運用利殖を計ること」なるS社団の目的に属しない行為であって無効である。
(2)代表権の不存在ゆえに無効
代表権なき社員のした行為であって無効である。
(3)権限逸脱ゆえに無効
仮にBにS社団の代表権があるとしても、本件建物のような重要な財産を他の社員にはかることなくして売買する権能がないのに、これを他の社員の同意を得ずして売却したものであるから権限逸脱の行為であって無効である。
・・・と主張した。
[訴訟経過]
第1審判決(岡山地判言渡年月日不詳):原告の請求を棄却する。
現在参照可能な判決文には、上記事実関係が詳しく載っているのみで、理由は掲載されていない。
控訴審判決(広島高判昭和24・2・4):本件控訴を棄却する。
控訴審は、被告の(1)の主張を容れ、控訴を棄却した。
「控訴人は昭和19年3月20日頃S社団の無限責任社員訴外Bの代理人訴外Eから本件建物を他の宅地と共に代金38000円で買い受けた事実を認めることができる。」
「しかして成立に争のない甲第九号証(S社団の登記簿謄本)によれば、S社団は不動産その他財産を保存し、これが運用利殖を計ることを目的として設立せられたものであることが認められるのでBが叙上のように社団の財産である本件建物を控訴人に売却する如きは定款に定められた社団の目的の範囲内に属する行為でないのは勿論」、「Bが控訴人に本件建物を売却するにつき他の社員たるC、被控訴人Y1の同意を得なかったことが認められるのみならず、その当時社団の目的たる事業を遂行するのに本件建物を売却する必要があった事情は、控訴人提出の全証拠によるもこれを認め得ないから、S社団は本件建物を控訴人に売却する権能はなく、したがつて本件建物の売買行為は無効であるといわねばならない。」
※控訴審においては、他に原告(控訴人)が控訴審段階で新たに主張したS社団は清算手続に入っており、事実上の清算行為として本件家屋を控訴人に売却したものであって、定款上(目的による)制限があったとしても、善意の第三者に対抗できない、という主張がなされていた。これに対して控訴審判決は、「S社団の解散登記精算人就任登記」が未だなされていない事や、「社団として欠損がなく、又他に社団を解散すべき客観的事情は少しもなかった」事から、事実上清算社団であったという原告Xの主張を斥けている。
[判示内容]
主 文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所に差戻す。
理 由
原判決を引用した上で、次のように反論している。
「しかしながら、右社団の定款に定められた目的は不動産、その他財産を保存し、これが運用利殖を計ることにあることは原判決の確定するところであるが、このことからして、直ちに原判決のごとく本件建物の売買は右社団の目的の範囲外の行為であると断定することは正当でない。財産の運用利殖を計るためには、時に既有財産を売却することもあり得ることであるからである。(このことは、本件社団は不動産その他財産の保存、運用、利殖を計るものであつて不動産のほか有価証券等の財産をも含むことは勿論であるが、有価証券について考えれば、既有の有価証券を売却処分することが、その運用、利殖の一方法であることは疑のないところであってその理は不動産についても、別異であるとは云えない。)」
「のみならず、仮に定款に記載された目的自体に包含されない行為であっても目的遂行に必要な行為は、また、社団の目的の範囲に属するものと解すべきであり、その目的遂行に必要なりや否やは、問題となっている行為が、会社の定款記載の目的に現実に必要であるかどうかの基準によるべきではなくして定款の記載自体から観察して、客観的に抽象的に必要でありうべきかどうかの基準に従って決すべきものと解すべきである。」
・・・このように定款に定められた目的の範囲の一般論を述べた上で、本件事案について、
「しかして、本件建物の売却もこれを抽象的に客観的に観察すればまた、同社団の定款所定の目的たる財産の保存、運用、利殖のために必要たり得る行為であることは云うまでもないのであるから原判決が前記の理由により本件建物の売却を以て同社団の目的の範囲外にありとしこれを前提として同社団は本件建物を上告人に売却する権能はないものとしたのはあやまりである。(原判決は、さらに、他の社員の同意の欠缺を云為するけれども、既に本件建物の売却が同社団の目的の範囲内にありとする以上、他の社員の同意のないということは、無限責任社員の代理権に対する制限となるは格別それがために、原判決説示のごとく同社団に本件建物売却の権能なしとすることはできない。)」
・・・と判示している。
[コメント&他サイト紹介]
Y1、Y2が可哀想・・・という価値判断が先に立ってしまう事件ですよね。最高裁は、少なくとも社団の目的解釈の部分で被告を救済するのはオカシイと言っている訳です。
本判決は、大審院の立場を踏襲して、最高裁で初めて会社に対しても民法43条(現・民法34条)が類推適用をされることを前提として、さらに目的の範囲内解釈の具体的な基準を示した点に意義があるものとされています。
正直、この論点に関しては、上記判例の文言を暗記するのみで事足りると思いますが、前田重行教授の百選解説は一読する価値があるかもしれません。
要約すれば、法人の権利能力が定款所定の目的によって制限される(=現・民法34条を会社に類推適用する)という考え方を現在まで採っているのは、日本以外にはあまりなく、学説においては類推適用を否定する考え方が多数であるというような事が載っています。
他サイト様としましては、岡山大学法学部の鈴木隆元先生の2002年の講義資料と思われる
http://www.law.okayama-u.ac.jp/~ryusuzu/022a03.htm
・・・が、会社の能力に対する制限を総論的に見るのにいい・・・かもしれません。